第32話 戦車

 白骨の巨馬が迫る。

 戦場の土を蹴立てて、進路上のスケルトンを蹄で容易く踏み潰し、地響きを戦塵を引き連れてサイラスに迫る。


「いやいや、間近に見るとデカすぎんだろ」


 戦車を引く2頭の骨の馬は、サイラスの倍以上の体高だった。その蹄にかかれば、サイラスは為す術もなく地面の染みに変わるだろう。


「ま、もちろん素直に潰されるつもりはないがな!」


 轟音。爆風。巨馬の頭蓋が爆炎に包まれる。サイラスが放った火霊石が炸裂したのだ。だが、地響きは収まらない。爆煙を割って巨馬の頭蓋が姿を現す。その白い頭骨にはひび割れひとつ入っていない。


「こういうのは足を潰すのが鉄則なんだがねえ」


 続いて脚に向かって手斧が放たれるが、それも乾いた金属音を立ててあっさりと弾かれた。


「とても無理そうだな」


 投擲用の手斧を投げたゴゴロガだ。普通のスケルトンであれば一撃で砕けるだけの威力があるが、かすり傷ひとつつけられていない。


「のんびりおしゃべりしてる暇はなさそうだ」

「そのようだッ!」


 二人は左右に分かれて横っ飛びする。そのあとを地響きを立てて戦車が通り過ぎていく。二輪のそれの轍は深く、まるで大地を引き裂いているようだった。戦車の左右には肋骨を思わせる棘が無数に生えており、触れればたちまち引き裂かれてしまうだろうことが容易く想像できる。


 車上でデュラハンが鞭を振るう。通り過ぎた戦車は進路を変え、無数のスケルトンを轢き潰しながら旋回する。骨片を巻き上げながら進むその先にはサイラスがいた。


「ひとまず標的は俺ってわけね。光栄なこって」


 サイラスは右に左に転げ回って戦車の突撃を躱す。隙を見ては火霊石を投げつけるが、骨馬はもちろん、デュラハンや戦車自体にも傷一つ付けられなかった。


「いくらなんでもずるいだろ、それは」


 サイラスは悪態を付きながら、足元に転がっていたスケルトン兵の馬上槍を拾い上げる。穂先に聖水を振りかけ即席の聖別を行う。そして突進してくる戦車へと真っ直ぐに構えを取った。


「槍術なんて神学校以来なんだがね」


 槍の石突を地面に突き刺し、穂先を戦車に向ける。両足を踏ん張り、歯を食いしばる。地響きが迫る。足裏にまで振動を感じる。音もなく嘶く白骨の馬が視界を埋める。


「少しは止まれやぁぁぁあああッッ!!」


 穂先が馬の眉間に突き立つ。聖水が不死者の穢に反応し、白い煙を上げる。槍の柄が大きく撓む。石突が、靴の踵が後退し、地面を削る。白骨の馬が棹立ちになり、サイラスを蹴り飛ばす。サイラスの身体が木の葉のように宙を舞い、地面に叩きつけられる。


「へっ、やっと止まりやがった……」


 サイラスの霞む視界には白骨馬の頭蓋に走ったわずかな亀裂が映っていた。音もなく嘶く白骨馬に向けて、口元をわずかに歪めて笑ってみせる。そして、その口から大量の血が溢れ、そのまま動かなくなる。


「いい仕事だ、サイラス」


 戦車が止まった瞬間、ゴゴロガが躍りかかった。全力で振り下ろされた戦斧の刃がデュラハンの鎧に激突し、甲高い金属音と共に火花を散らす。デュラハンが体勢がわずかに崩れる。


 ――仰ぎ見る御身の力の一滴ひとしずく、しばし我が身にお貸しください!


「<聖鎧:天意無崩>!」


 白銀の鎧を身にまとった少女――<聖鎧>を発動したアイラが振るう三節棍が、体勢を崩したデュラハンの身体を吹き飛ばす。そのまま空中で追撃し、嵐のような連撃を加える。一打ごとにデュラハンの鎧が凹み、歪み、装甲が一枚ずつ剥がされていく。


 だが、デュラハンもされるがままではない。脊椎製の鞭を振るいアイラを弾き飛ばして着地する。その姿はすでに片腕がなく、胸部装甲も剥がれ落ちていた。中身は空洞で、甲冑の裏には赤く明滅する魔法陣が描かれていた。


「なるほど、それが弱点ですね!」


 一度は距離を取られたアイラだが、地面を蹴って即座に攻撃を再開する。先程までは闇雲に全身を乱打していたが、今度の狙いは明白だ。甲冑の中に見えた魔法陣を壊すべく攻撃を集中させる。


<聖鎧>の持続時間はわずか1分。サイラスとゴゴロガが作った隙をついて痛撃を与えたが、残された時間の中でとどめを刺さなければならないのだ。悠長にやれる余裕はない。


 脊髄の鞭をいなしながら、アイラは三節棍を振るう。一撃ごとにデュラハンの魔法陣が欠けていく。魔法陣が欠けるごとにデュラハンの動きが鈍くなる。


「これでおしまいです!」


 残り時間数秒。アイラは全身全霊の力を込めて最後の一撃を放つ。三節棍が甲冑を内側から叩き割り、魔法陣が真っ二つになる。すると、デュラハンを構成していた鎧がばらばらと崩れ落ち、くず鉄の山へと姿を変えた。


 同時に<聖鎧>が解除され、アイラは元の姿に戻る。疲労で倒れそうになりながら、重い足を引きずってサイラスの元へと駆け寄った。


「サイラスさん! 大丈夫ですか!? いま、治癒の奇跡を……」


 アイラが言えたのはそこまでだった。脇腹に強い衝撃を受け、吹き飛ばされていた。ゆっくりと回転する視界に映ったのは、無音で嘶く白骨のニ頭の馬。そしてそれらに引かれる戦車。


「まさか……このスケルトンの群れを操っているのは……」


 どさりと鈍い音を立てて、アイラの身体は地面を無様に転がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る