第31話 作戦開始

 メイズ市外。

 人間とスケルトンとの戦いはさらに混迷を深めていた。


 まず左翼を担当する冒険者による軍。こちらは完全に防戦に徹しており、馬防柵を防衛ラインと決めてそこから打って出ることはない。その甲斐あって戦線を維持できてはいるが、それだけだ。徐々に負傷者も増え、疲労も溜まっている。決壊は時間の問題だろう。


 中央。神官戦士団は防柵を放棄して突出していた。このままではジリ貧で削りきられると判断し、攻勢に打って出たのだ。スケルトンの大群を操っている死霊術師を討ち取ることが目的だ。作戦の狙いはサイラスの考えと同じものだったが、正面からそれを実行しようとしている点が大きく異なる。


<戦の歌>の奇跡により士気は保たれており、不死者に有効な聖別された武器も揃えている。スケルトンを次々に蹴散らしているが、突撃の勢いは少しずつ衰えていた。敵中を無理やり貫こうとしているのだ。いかに精強を誇る神官戦士団と言えど、傷や疲労と無縁ではないのだ。


 そして右翼。領兵軍の戦線はほとんど崩壊していた。防柵はすでに破られ、残骸を踏み越えて白骨の群れが進む。領兵たちもよく戦ってはいるが、戦列が完全に崩れてしまったため、応戦は散発的なものとなってしまっていた。ひとり、またひとりと倒れていく。


 デュラハンの右手が上がった。人間の背骨から作られた鞭が領兵軍の方を指す。デュラハンの周囲を固めていた予備兵力がそちらへ向かって殺到する。領兵軍を崩せば回り込んで神官戦士団の背後を突くことも、城壁の攻略にかかることも可能だ。ここが勝機と見て、一気に決着をつけようと考えたのだろう。


「ようやくチャンスだな」


 伏せていたサイラスがつぶやく。デュラハンの周辺の囲みが明らかに薄くなり、その姿が目視できるようになっていた。


「仕掛けますか?」

「ああ、頼む。派手にやってくれ」


 オドゥオールは立ち上がり、古代語の詠唱を開始した。長杖に青白い電光が絡みつく。幾重にも、幾重にも、蛇の群れの如く。明滅する電光に気がついたのか、デュラハンが上半身をこちらに向けた。


「<大渦雷おおうずらい>!」


 それと同時に、オドゥオールの手から雷球が放たれる。バチバチと空気を焦がしながらデュラハンに向かって直進する。あわや直撃か。その寸前でデュラハンの鞭がうなり、手近なスケルトンを捕えて雷球に向かって投げつけた。


 閃光。轟音。大気の焼ける臭い。

 雷球が破裂し、無数の稲妻を辺り一帯にぶち撒けた。雷は無数の蛇のようにスケルトンの群れの中を這い回る。何十体ものスケルトンが砕け、焦げた白骨の破片が爆散する。


「突っ込むぞ!」

「おう!」


 爆煙の中に、サイラスとゴゴロガが突っ込む。サイラスが投げた小壺が空中で爆発し、聖水を辺りに巻き散らかす。聖水を詰めた小壺に火霊石を仕込んだものだ。道化師の迷宮で使った沸騰式のものは屋外では使いにくい。聖水が地面に染み込み、十分な湯気が発生しないためだ。


「切り込み役ってガラじゃねえんだけどな!」


 土煙の中でサイラスは小剣を振るう。ひとつ振るたびに、スケルトンの関節を確実に両断していく。スケルトンの関節は魔術的につながれているだけで、物理的な強度はない。聖別された武器で的確に関節を攻めれば、そのつながりを容易く断てるのだ。


「俺とて、今さらこんな蛮勇を奮う齢じゃないわ」


 ゴゴロガの戦斧が振るわれるたび、砕けたスケルトンの骨が舞う。弱点などいちいち狙わない力任せの攻撃だ。剣や盾で受けられても気にせず振り抜く。受けた腕ごと砕いてしまえばいいだけだ。


 二人の活躍を、アイラは神に祈りながら見守っていた。

 アイラに任されたのは必殺の役割だ。これだけの大群を操る死霊術師が弱いわけがない。サイラスとゴゴロガが近衛のスケルトンを処理し、デュラハンの注意を引く。そこで<聖鎧:天意無崩>を発動し、奇襲で仕留める。それがサイラスから授けられた策だった。


 アイラの<聖鎧>は1分しか維持できない。術の効果が切れたら疲労でまともに動けなくなる。好機を逃すことは許されない。かといって、いつまでも眺めていることもできない。デュラハンが護衛のスケルトンを集めればその時点でチャンスはなくなってしまう。


 ――天に在します慈悲深き神よ、我らを照らす偉大なる太陽よ。氷を溶かす春の陽射しよ、雲間に伸びる光の柱よ……


 聖句を口ずさみ、<聖鎧>の準備を開始する。スケルトンはあらかた片付いた。サイラスが戦車に乗ったデュラハンに向けて小壺を投げる。デュラハンの鞭が振るわれ、小壺を砕いた。小壺は爆発し、デュラハンの鎧が聖水に濡れる。そこからしゅうしゅうと白煙が立ち上るが、気にする様子もない。強力な不死者は聖水程度で痛手を負わない。


 デュラハンの鞭が再び振るわれる。白骨の馬がいななき、戦車が走り出す。無数の棘で覆われた車輪が土煙を引いてサイラスに迫る。護衛を呼ぶのではなく、どうやら己の手で片付けることに決めたようだ。


「へっ、お誂え向きだねえ」


 味方のスケルトンすらも構わず轢き潰しながら迫りくる戦車に向かい、サイラスは唇の端を歪めて笑った。

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