第29話 伏兵
城壁を出たサイラスたちは、自軍左翼を大きく迂回する。
左翼を担当する冒険者軍はよく持ち堪えており、即席の馬防柵を補強しながらスケルトンの前進を食い止めていた。負傷者もいるようだが、まだまだ士気旺盛のようだ。教会戦士団が突撃を敢行したことに勇気づけられたのだろう。
「くっ、なんとか無事でいてくださいよ……」
オドゥオールは戦場を駆けつつも歯ぎしりをする。冒険者軍の中にはオドゥオールの友人もいた。サイラスが立てた本陣奇襲の策は、つまり自軍を囮にするということでもある。冒険者たちはまったく預かり知らないことだが、成功させなければ申し訳が立たない。長杖を握る手にも力が入る。
サイラスはちらちらと振り返りながら先頭を駆ける。振り返った視線の先にあるのは城壁に残ったツバキだ。手鏡で太陽光を反射し、それで敵大将の居所を逐一知らせてもらっている。スケルトンの大群に守られた
「わかりやすく旗でも掲げててくれりゃいいのにねえ」
サイラスは思わず愚痴をこぼす。人間の軍ならば本陣には必ずと言ってよいほど目立つ戦旗を掲げる。敵に狙われるリスクも高まるが、それ以上に本陣健在を示すことで味方の士気向上に役立つからだ。逆に言えば、士気など関係がない不死者の軍に戦旗は不要だ。
その証拠というわけでもあるまいが、白骨の群れのど真ん中に掲げられた教会戦士団の旗は戦場のどこからでも見える。おそらく戦士団長が先頭に立って突撃を敢行したのだろう。今なおスケルトン軍を切り裂きながら突き進んでいる。
だが、その進軍速度は明らかに鈍っていた。耳に届く
「愚痴を言っても仕方があるまい。俺たちは走るだけよ」
「これが……本物の戦場……」
アイラは熾烈な戦闘を横目で見ながらつぶやく。
そこかしこから響く剣戟の金属音、敵を打ち倒さんとする戦士の咆哮、そして耳を塞ぎたくなる断末魔。土煙、汗、吐瀉物、血液、糞尿……ありとあらゆる汚物が混ざった鼻を塞ぎたくなる臭い。
メイズ市に赴任してからの数日で修羅場に慣れたつもりだったが、まったく甘かった。生者を踏みにじる敵への怒りで頭が熱くなると同時に、死への恐怖で腹の底が冷えてくる。知らず知らず、身体が震えてくる。いや、これは武者震いだと自分に言い聞かせる。
「よし、この辺で待機するぞ」
サイラスの号令で一行は待機する。
ツバキが逐次知らせてくる本陣のデュラハンの真横の位置だ。そこは緩やかな丘になっており、スケルトンとは逆側に伏せれば視認される恐れもない。
「四人で突破するにはまだ敵陣が厚いな」
「ああ、生意気にも予備兵力を残してるってところか」
ゴゴロガのつぶやきに、サイラスが応じる。
「撃てる限りの魔術を放ってもまだデュラハンには届きそうにありませんね」
「ああ、だから待ちだ。やつの守りが薄くなるまで待つ」
予備兵力とは、勝敗を決める勘所で使われる遊兵のことだ。劣勢時には不利な味方を援護し、優勢時には止めの一撃として使われる。この状況で敵が予備兵力を使うということは、つまり味方が敗北寸前まで傍観することを意味する。
アイラは「あれくらい、エンバーさんがいれば……」と言いかけて言葉を飲み込む。それは甘えだ。エンバーの圧倒的な強さを目の当たりにして、それに頼る気持ちがいつの間にか生じてしまっていた。
エンバーはサイラスの指示で別件に当たっている。もしサイラスの読みが当たっていれば、この戦場はもっと絶望的な状況に陥ることになる。エンバーがいないこの場では、自分たちが……いや、自分が頑張らなければいけない。
そもそもメイズ市への赴任を望んだのは自分の決断だ。エンバーという最強の葬儀人の従士となり、自分を高め立派な聖騎士になるためだ。不死者との戦いがもっとも多いこの部門に志願したのも自らの望みのためだ。土壇場で他人を頼るなど、それは高潔な聖騎士としてのあり方に反する。
「気負い過ぎだぞ、アイラ」
サイラスがハンカチを差し出してくる。
なんだろうと不思議な顔をすると、サイラスは鼻を指した。アイラは自分の鼻から下が生暖かいものでべっとり濡れていることに気がついた。
「鼻血は呼吸を阻害する。いまのうちに止めておけ。手伝ったほうがいいか? ほら、上を向け。首の後ろをとんとんしてやるから」
「こっ、子供扱いしないでください!」
アイラが顔を真っ赤にして鼻を拭くのを見て、ゴゴロガは思わず吹き出してしまった。にらむアイラにすまんすまんと手刀を切りつつ、なかなかどうしてサイラスも部下の扱いが上手じゃないかと感心するのだった。
【おまけ:戦況図概略】
□□□
サ □☆□
↑ □□□□□
↑ □□教教□□
↑ □□教教□□□
↑ 冒冒 領領□□
↑←←←← 領領□
□:スケルトン
☆:デュラハン
教:教会戦士団
冒:冒険者
領:領兵軍
サ:サイラスの一団。矢印は移動ルート
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