第28話 開戦
――我ら、神の軍勢なり!
――神の軍勢なり!
――我ら、神の威光を守るものなり!
――神の威光を守るものなり!
――さあ往かん神の名代たちよ!
――さあ往かん神の名代たちよ!
――偉大なる
――応! 応! 応!
中央の神官戦士団から鬨の声が上がった。
そしてそれは聖歌へと変わり、戦場に響き渡る。合唱する神官戦士たちの身体が淡い銀色の光に包まれ、歌声はますます高らかになる。
「<戦の歌>か。やっぱりやりやがったなあ」
「集団戦の基本だと思うんですが、何か問題があるんですか?」
戦場を見下ろしながら、サイラスはぼりぼりと頭をかいた。
「確かに、基本はそうだ。<戦の歌>は勇気を鼓舞し、恐怖を忘れさせ、疲れや痛みを軽減させる。強力な奇跡だな」
「それならやるだけ得なんじゃないの? それなら私も覚えようかな、聖歌」
好奇心の強いツバキがいつの間にか二人のそばに来ていた。
「話は最後まで聞けよ。<戦の歌>が有効なのは、正面から戦って勝てる場合に限る。全能感に包まれちまって、策を弄することができなくなるんだよ」
「嬢ちゃんみたいな斥候職には相性が悪いな」
「げっ、それならやめとくわ」
サイラスの言葉を引き継いだゴゴロガに、ツバキはぺろりと舌を出した。
「なるほど、それがサイラス氏があえて神官戦士団に参陣しなかった理由というわけですか」
オドゥオールも長杖をつきながら話に参加してきた。
「そうだ。あの中に入っちまうと頭が働かなくなるからな。この戦いは単純に正面からやりあったら必ず負ける」
「しかし、それならそれで事前に献策をすればよかったのでは?」
「このままじゃ負けるぞ、なんつうと『神の威光を疑うのか!』なんて怒り出すやつが多いからな……。話を聞いてもらえるとは思えん」
加えて、不死者であるエンバーの相棒であるサイラスは教会内でも反発する者が多い。二十年以上も教会に奉職しているサイラスが一地方都市の分局長という立場に留まっているのは、エンバーから目を離す訳にはいかないという理由だけでなく、そういう事情で単純に出世が遅れているということもある。
「ま、教会よもやま話はこんなところにしておこう。おっぱじまるぜ。全員、目を凝らしてくれ。とくにツバキ、お前の目は頼りにしてるぜ」
「えへへ、任せときなよ」
――射てぇっ!
号令一下、軍勢から矢が放たれる。
百を超える矢が一斉に降り注ぐが、それと同時にスケルトンが白骨馬の腹を蹴って全力疾走を開始した。肉がない分軽いのか、普通の騎兵よりも速い。遠間から射続けられることを避けるための定石だが、これは確かに兵法を知っているものが指揮していることも現していた。
そして、矢自体の効果も薄い。
スケルトンの隙間だらけの身体は矢を素通りし、命中しても骨の表面で滑って本来の威力を発揮できない。城壁上に設置された
続けて、赤、青、白、黄。
様々な光の筋がスケルトンの群れに撃ち込まれ、着弾地点で爆発し、豪炎、吹雪を、衝撃を、雷を発生させ、一撃ごとに数体、数十体のスケルトンが粉々に吹き飛ぶ。数の差が大きいのは、魔術は術者の力量に威力が左右されるためだ。
しかし、その猛攻にもスケルトンどもの突撃の勢いは緩まない。前衛が長槍や斧槍を構え、粗末な馬防柵越しに槍衾を作って迎え撃つ。馬防柵を飛び越えようとするスケルトンを槍で叩き落とす。
だが、スケルトンも無策ではない。空中で乗騎が止められたのなら、その背を蹴って陣内に躍りかかる。その手に持った馬上槍で一人を串刺しにした後は、小剣に持ち替えて切り結ぶ。
「やべえな。予想以上に時間がないかもしれん」
まだ前線が完全に崩壊したわけではないが、ところどころでスケルトンに切り込まれて乱戦が発生している。今のところ一番危ういのは右翼の領兵軍だ。不死者との戦いに慣れていないため、弱点を上手く叩けていない。頭を砕いても、胴を両断しても動くスケルトンに恐慌を起こしかけていた。
意外に健闘しているのは左翼の冒険者たちだった。50人ほどともっとも兵は少ないが、彼らは迷宮探索で何度となく不死者と戦った経験がある。着実に弱点を攻撃し、無力化している。
兵士一人ひとりの技量では人間側が勝っているだろう。だが、相手の数は千を超える。そして相手は痛みも恐れも、疲れも存在しない不死者だ。このまま持久戦になればすり潰されておしまいだ。
――神の使徒たちよ、突撃開始! 神罰を執行せよ!!
――応ッッ!!
それを悟ったのか、中央の教会戦士団が動いた。聖歌を唱えながら前進し、正面に圧力をかける。スケルトンどもの軍は左右に切り裂かれ、抵抗の弱い右翼側に流れていく。前線は「へ」の字のような形に変化し始めていた。
「おお、教会の人たち強いじゃん! ただの坊主じゃなかったんだね」
はしゃぐツバキの横で、サイラスは難しい顔をする。<戦の歌>の効果も無限ではない。痛みも疲れも一時的に軽減されているだけで、消えてなくなっているわけではないのだ。前進の勢いが止まった時、突出した戦士団は三方から攻撃を受けることになる。そうなれば瞬く間に全滅することもありえる。
「あっ、見てみて! あそこあそこ、すごいのがいるよ!」
「見世物じゃないんだ。もっと真面目にやってくれると――」
「だーかーらー、アレが大将じゃないの? 一体だけ戦車に乗ってて、ゴツい鎧で、頭のないやつ」
「何っ!? どこだ!?」
ツバキが指差す先、スケルトンどものはるか後方には、白骨馬を二頭立てにした戦車に立つ何者かがいた。黒く鈍い光を放つ全身鎧に身を包み、頭部がない。鎖のようなものでできた鞭を縦横無尽に振り回している。
「でかした! 出るぞ! ツバキは手はず通りに頼む!」
「あいさー、ボス」
サイラスはアイラ、ゴゴロガ、オドゥオールを引き連れ、弾かれたように駆け出した。
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