第19話 音無し脱兎のツバキ
「そういえば、エンバーさんはどうやって水路を渡ったんですかね?」
「水ん中を歩いたんだろ」
「息はできたんでしょうか?」
「不死者は呼吸しない」
「ああ、たしかに」
アイラがふと口にした疑問にサイラスが答える。遭遇したヴォジャノーイは6体だったが、本当はもっと多かったのかもしれない。あれらがエンバーに襲いかかっていたならば、水中だろうが関係なく返り討ちにされていただろう。
「うわぁ……こりゃ派手にやったね」
先頭を行くツバキが立ち止まる。その先には分厚い鉄製の扉――の残骸があった。扉は両開きで、左側は折れ曲がって蝶番から外れかけ、右側はなくなっている。周辺の壁に無数のひび割れが走っていることから力づくで強引に開けたことが伺えた。
それを調べたツバキが首を傾げる。
「鍵もついてない扉をどうしてわざわざ壊したかなあ。あ、なんか書かれてるね。オドゥオール、読める?」
「この地方の古代文字ですね。潰れていますが『骸の王は千年の安息を……』までは読めます。反対側の扉にも言葉が続いていたと思いますが……」
折れ曲がった扉に刻まれた文字をオドゥオールが現代語に訳して読み上げる。右側に続きが書いてあったのだろうが、残骸はどこに吹き飛ばされてしまったのか周辺には見当たらなかった。
扉の中に進むと、ちょっとした広間になっていた。円形で中央に太い柱が立っている。そしてその周辺には無数の人骨が散乱していた。人骨はカタカタと乾いた音を立てながら立ち上がっていく。人骨の手には丸い小楯と赤錆びた小剣が握られていた。
「スケルトンか。少し数が多いな」
「スケルトンの弱点は腰骨です。砕けばほぼ無力化できます!」
ゴゴロガが戦斧を、アイラが三節棍を構えて前に出る。数十のスケルトンの群れがじりじりと近づいてくる。
「魔術で一掃しますか?」
「いや、こういう手合いなら俺の仕事だ」
サイラスが陶器の小壺をスケルトンの真ん中に放り込む。砕けた小壺から液体が飛び散り、しゅうしゅうと沸騰して白い蒸気を上げた。蒸気に包まれたスケルトンが小刻みに震えて動きが鈍る。
「聖水のサウナだ。瘴気まみれの垢でも落としてくれや」
「これ、吸っても大丈夫なんですか?」
「不死者にしか害はねえよ」
「了解しました!」
白い湯気の中にアイラとゴゴロガが突っ込む。得物を振るうたびに砕けた人骨の破片が床に積もっていく。
「ねえ、何であれ沸騰してんの?」
後衛に退いてきたツバキがサイラスに尋ねる。火もないのに沸騰し、蒸気を吹き上げる聖水が不思議だったのだ。
「水に濡れると熱を発する石がある。あの壺は二重底になっててな。割れるとその石の粉末と聖水が混ざって反応するようになってるんだ」
「おじさんが作ったの? 見かけによらず器用なんだね」
「ああ、こう見えて技師なんでね」
サイラスはパイプに火をつけ、次々と粉砕されるスケルトンの群れを眺める。もうこれ以上の援護は不要だろう。
「うーん、でもなんでこの部屋はぶっ壊されてないんだろうね? ふっ飛ばされた扉の片割れもどこにもないし」
「確かに妙だな。エンバーがここを通ったんならスケルトンが見逃すわけもない」
ツバキはきょろきょろと辺りを見渡す。さらに入り口まで戻って身をかがめ、石畳に目を凝らす。
「床の傷も部屋に入ったところでぷっつり途切れてる。まるでこの部屋に入った瞬間に消えちゃったみたい」
棒でコツコツと床を叩きながらツバキは歩き回る。隠し扉、落とし穴……その他、何か不自然なものがないかを探しているのだ。そして一箇所だけ感触が違う場所を見つけた。そこは一際大きい石畳が敷かれており、乗ってみるとわずかに沈み込む。
「何か見つかりましたか? できることがあればお手伝いしますが」
「おっ、スケルトンはもう片付いた? あんたも見かけによらず大したもんだね」
「い、いえ、それほどでも……」
スケルトンを掃討したアイラがツバキに駆け寄った。弱ったスケルトンは敵ではなかった。並んだ壺を叩き割って回るようなものだったのだ。
「ちょうどいいや、ここに一緒に乗ってみて」
「はい!」
ツバキの隣にアイラが並ぶと石畳がもう少し沈んだ。
「まだ足りないか。おーい、全員集合!」
五人が集まると、石畳がぐっと沈んでカチリと小さな音を立てた。そして身体がふっと軽くなるような不思議な感覚に襲われる。
「な、なんですかこれ!?」
「部屋全体が昇降機だったんだよ」
ツバキは入り口を指差す。そこにはじわじわと上がっていき、天井に飲まれていく通路が見えた。
重い音とともに、今度は身体が地面に押さえつけられるような感覚を覚える。昇降機が地下に着いたのだ。元々あった出入り口と同じ場所に別の扉が現れていた。こちらは部屋の内側から破壊されたのだろう。扉の折れ方が逆だった。
ツバキは出口付近の床を調べる。
「確認の必要すらないと思うけど……うん、やっぱり棺桶を引きずった跡があるね。こっちで間違いないよ」
「でも、部屋の中にエンバーさんの痕跡がなかったのはなぜなんでしょう?」
「同じような部屋が縦にいくつも重なってるんだろうね。エンバーが通ったのは下の部屋。たぶん上に上がる仕掛けもあるから、誰かが通路に残れば確認できると思うよ」
「いや、そこまでする必要はないだろう。先を急ぐぞ」
部屋を出ると歪んだ扉の片割れが通路の壁に突き刺さっていた。どれだけの勢いで弾き飛ばせばこんなことになるのか想像もつかない。
「『千年紀の訪れに備えよ』ですか。扉の意匠が同じだとして、上の扉の続きの文言でしょうか?」
最後尾のオドゥオールは扉の残骸にちらりと目をやり、そこに刻まれていた古代文字を小声で読み上げた。
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