第15話 死体1体、銀貨2枚で引き取ります

「本当にこれを街中に掲示するんですか?」

「そうだ、急ぐぞ」


 アイラが押し付けられた紙束には『死体1体、銀貨2枚で引き取ります。通報のみでも銀貨1枚。葬儀屋より(正式名称:エッセレシア聖光教会退魔庁不死者対策省メイズ分局)』という文言が書かれていた。


「死体を買い取るなんて、それこそ死霊術師の所業ではないでしょうか……」

「昔はよくやってたがな」

「えっ!?」


 サイラスの言葉にアイラは耳を疑う。


「他の街なら今でも普通だろうよ。神学校じゃ習わなかったかもしれんがな。赤の他人の死体なんて誰も関わりたくはない。だから放置されて不死者になる。よくあることだ」


 農村や小さな町では死体を放置するなどありえない。たった一体のゾンビでも、己の日常を破壊する脅威であると肌身で感じられるからだ。


 だが、メイズのような大都市ではそうではない。問題は誰かが処理をしてくれるとたかを括り、面倒事を避けようとする者の方が多くなる。


「だから、死体に懸賞金をかける。金になるなら進んで面倒を引き受けるやつがいるってことは、今回の事件でわかっただろ?」

「はい……」


 死体を無視するどころか、ゾンビになるまで隠す人間まで存在する。そのことをアイラはもう理解していた。


「でも、それじゃお金目当てに人を殺す人まで現れるんじゃ……」

「かもしれん。が、可能性は低い。銀貨2枚ってのは荷運びを7日もすれば稼げる額だ。大金ならともかく、小銭で人を殺せるやつは多くない」

「ゼロじゃないってことじゃないですか!」

「ああ、ゼロじゃない。だが少ない。許容できるリスクだ。それにそんなことで人を殺せるやつは、どうせそのうち別の理由で人を殺す」

「でもそんなのは……」

「諦めろ。忘れろ。見過ごせ。釣り合いを考えろ。教会や領主府の人員だけじゃ、この街の死者をすべて捕捉することなんてできないんだ」


 メイズ分局がサイラスとエンバーの二人だけで回せていたのは、エンバーの異常な探知能力によるものだ。通常は地道な聞き込みや見回りによって遺体を見つけなければならない。それができる人員がいないのであれば、住民が自ら死体を運んでくる仕組み――つまり懸賞金が必要になる。


 黙りこくったアイラに、サイラスはゆっくりと続ける。噛んで含めるように。


「諦めろ。忘れろ。見過ごせ。釣り合いを考えろ。エンバーっていう存在は。そういうクソみたいな現実から二十年間この街を守ってきたんだ。多少のこと・・・・・よりも、エンバーの方が優先される。感情・・は捨てろ。勘定・・で考えろ。わかったな」


 サイラスの瞳は、アイラが尋問に同席するのを断った時と同じ色をしていた。


 * * *


 張り紙を終えた二人は酒場を訪れていた。


「3、4人。前衛と斥候を最低ひとりずつ。それからエールを頼む」

「あいよ」


 サイラスはカウンターに銀貨を数枚置き、店主はそれをさらって代わりにエールのジョッキをふたつ置いた。店主は安物の草木紙に何かを書きつけ、下働きらしい若者に渡す。若者はカウンターを出て客の冒険者達に声をかけはじめた。


「あの、何をしているんですか?」

「人材募集だよ。迷宮に潜るんなら冒険者が一番頼りになる」


 この酒場は酒も料理も質が良い代わりに値が張り、稼ぎのある中堅以上の冒険者が出入りしている。そしてこういう酒場は冒険者向けの依頼の仲介も行っているのだ。行商の護衛、魔物の退治、敵討ちの助っ人、そして失せ人の捜索。冒険者は食い扶持は迷宮だけではない。そういう依頼でも収入を得ている。


 金を出せばいくらでも人員を集められるだろうが、それは得策ではない。迷宮には5人から6人ほどで挑むのが適正だと言われている。通路が狭いため、それ以上の数ではまともに戦えないためだ。


 それ以上の数で挑んではならないという法はないが、あまり多人数では気配で魔物を引き寄せてしまう。領主府の兵団が迷宮に挑み、魔物の大群に食い散らかされた話は冒険者の間で語り草になっている。


「やっぱり教会本部に応援を頼むべきでは?」

「駄目だ。討伐派のスパイが紛れ込んでいたらどうする。エンバーを敵に回すリスクは最小限に抑えなきゃならん」


 アイラの提案をすげなく却下したサイラスはパイプに火を付けて紫煙をくゆらせる。


「ようサイラス、エンバーが行方をくらましたって聞いたが本当か?」


 一人の男がサイラスに話しかけた。サイラスの視線が下がる。矮躯だが樽のように太い、筋肉の詰まった身体。古傷だらけの浅黒い肌。赤ら顔に鼻から下を覆う黒々とした髭。ドワーフだ。


「耳が早いな、ゴゴロガ。まだ街にいたのか」

「まだいたのかとはご挨拶だな。昔の血が騒いでな。迷宮で少し遊んでたんだ」

「遊び足りねえんなら、もうちょっと付き合っていかないか?」

「ああ、大歓迎だ。エンバーには返しきれない借りもある」

「そうか、それなら俺からもひとつ貸し付けておくぜ」

「ありがたく借りておこう」


 サイラスがエールを追加で注文し、ゴゴロガが受け取る。そして2つの杯が打ち合わされた。

 談笑を始めたゴゴロガにアイラが話しかける。


「あの、私はアイラ・モルトと申します」

「おっとすまねえ。俺ァ<岩をも断ち切る>ゴゴロガってもんだ。サイラスやエンバーとは古い付き合いでな」


 アイラは差し出された手を握る。その手は分厚くガサガサとしていた。


「いまはグリーンウッズで酒場の親父なんてやっているが、休暇中でな。昔を思い出して冒険者の真似事をしようかと思いついたんだ」

「は、はあ……」


 困惑するアイラにサイラスが笑う。


「ゴゴロガはアガリを掴んだ冒険者だ。頼りになるぞ」

「所詮は5層にも行けなかったロートルだよ。買いかぶってくれるな」

「迷宮じゃ死なないことが一番の実力だよ」


 使い込んだ鎧、鍛えられた肉体。ゴゴロガから伝わってくるのは歴戦の猛者の迫力だった。


「ちょっと、あたしもあの女には借りがあるんだけど」

「僕たち・・もでしょう。リックの件ではお世話になりました。エンバーさんがいなければ、僕たちも今頃は迷宮をゾンビとなって彷徨っていたかもしれません」

「世話になんかなってない。あたしは一言言ってやりたいだけ」


 次に現れたのは軽装の女と、長身の痩せた男。

 草色の髪から覗く女の耳はわずかに尖っている。森人との混血ハーフエルフだろう。身軽な装備から斥候役であることが察せられる。迷宮探索において、魔物の気配や罠を察知し回避する斥候は欠かせない。


 痩せた男は長い杖を携え、灰色のローブを身にまとっている。

 灰色のローブは魔術学院への所属を表す制服だ。陽神ソリスにも陰神ノクスにも属さずこの世の真理を解き明かすことを信条とする者たち。すなわち魔術士である。


「あたしはツバキ。<音無し脱兎>のツバキ。嫌だっつっても着いてくからね」

「僕はオドゥオール。<蒼き渦雷うずらい>の二つ名で通っております」


 サイラスは肩をすくめ、困惑しているアイラに視線を送る。


「エンバーは案外とこの街に根を張ってるんだ。あいつ自身がどう感じてるかは知らないがな」


 こうして、エンバー捜索の一団パーティは結成された。

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