第14話 アイラ、成長期
「えっ、サイラスさんが何かこう……すごい交渉をしたとか、儀式で束縛したとかじゃないんですか?」
サイラスの話を聞き終えたアイラは思わずこう洩らした。サイラスはそれに苦笑いで応じる。
「話したとおりだよ。たまたまだ、たまたま。俺にはエンバーが何を考えているのかすらわからん」
「じゃあエンバーさんが戻るかどうかは……」
「あの道化は骸の王とつながりがあるようだった。エンバーについても『骸の王の傑作』とか言っていたな。追った先で<骸の王>が見つかったなら、もうどうなるか読めん。骸の王がエンバーにとって味方なのか、敵なのかもだ」
「骸の王がエンバーさんの味方だった場合は……」
「エンバーが敵になる可能性があるな」
アイラの顔から血の気が引く。<聖鎧:天意無崩>を発動したアイラの戦闘能力は教会の中でも上位だ。だが、そのアイラもエンバーの一撃に軽々と吹き飛ばされてしまった。もしもエンバーが敵に回ったのなら、アイラではまばたきをする間もなく殺されるだろう。
「骸の王って何者なんですかね……」
「それについちゃ、俺もお前と同じくらいしか知らないと思うぞ。千年前の伝説の大死霊術師。お伽噺や童謡に散らばった言い伝え。それくらいだ」
「はい、じつは禁書庫も調べてみたんですが、まるで記録が残ってませんでした。なんだか意図的に記録を消したみたいに……」
「へえ、禁書庫にねえ」
サイラスの目が細くなる。禁書庫は教会が禁忌と定めた魔術や外法、邪教の教えなどを封じた場所だ。聖都エッセレシアの教会の地下深くに封印されており、並のことでは入室の許可すら下りない。
「さて、お嬢ちゃん。そろそろお前さんの話も聞かせてもらおうかね? <聖鎧>にまで至った聖騎士様が、なぜこの街に来た? エンバーを仕留める手段でも探っていたのか?」
「いえ、私はその……」
口ごもるアイラに、サイラスは冷たく言い放つ。
「話さないのなら俺はお前を信用しない。エンバーの捜索も手伝わせない」
サイラスにとって最優先事項はエンバーの居場所を掴むことだ。敵になるにせよ、味方のままでいるにせよ、所在知れずで放置してよい存在ではない。そして無闇にエンバーを刺激し、自ら敵に回してしまいかねない要因は看過できなかった。
「……わかりました。お話します」
エンバーは姿勢を直し、小さく咳払いをした。
「ええと、まず私は聖騎士ではありません。従士の身分です」
「そこからして引っかかる。<聖鎧>に選ばれた者が従士のままなんて聞いたこともない」
<聖鎧>とは最高峰の奇跡であり、長年の修行の末に神より授かるものだとされている。従士は神学校で優秀な成績を収めた者から選ばれ、聖騎士に師事して研鑽を積むのだ。
「はい、なので私はイレギュラーなんです。<聖鎧>に目覚めたのは去年で、神学校を卒業する歳でした。実戦経験もない私がいきなり聖騎士になれるわけもなく、師事する聖騎士様を探したのですが……」
「軒並み断られたってとこか?」
「はい……」
聖騎士の中でも<聖鎧>にまで至った者は少ない。そして奇跡は信仰の深さに応じて授かるとされている。<聖鎧>持ちを従士として使うなどやりづらくて仕方がないだろう。
「それで、師匠になってくれそうな方を探していて……エンバーさんのことを思い出したんです!」
「は?」
サイラスの目が丸くなる。ちょっと話がよくわからない方向になってきた。
「不死者の討伐実績は毎年ダントツの首位! 長身の美女にして来歴不明の不死者! 扱う術は魔術とも奇跡とも知れず、寡黙で驕ることもない孤高の女戦士! ロマンの塊じゃないですか!!」
サイラスは軽い頭痛に襲われ、目を閉じて眉間を揉む。
「まさかお前、エンバーに弟子入りしに来たのか?」
「はい! もちろん、人に仇なす存在ではないことを見定めてからにするつもりでしたが……」
サイラスはゆっくりとパイプの煙を吸い、そしてまたゆっくりと吐き出す。
「俺はなんでこんなのを警戒してたんだろうなあ……」
「ちょっ、こんなのって何ですか!?」
「まあ、お前はチンチクリンだもんな。エンバーみたいのに憧れる理由はわかった」
「誰が幼児体型ですか!」
「そこまでは言ってねえよ……」
そこまでは言っていないが、背が低く凹凸にも乏しいアイラははっきりと幼児体型だった。すらりとした長身のエンバーとは大違いだ。
「私はまだまだ成長期なんです! これから背が伸びて、エンバーさんみたいになるんです!」
「そうかそうか、そりゃよかったな」
「真面目に聞いてください!」
「どうやったらそんな話を真面目に聞けるんだよ……」
サイラスは紫煙とともにため息をつき、続ける。
「アイラ、お前のことは信用する。スパイだったらもっとマシな理由を作るだろうからな。まずはこれからの予定について話すぞ」
「はいっ!」
瞳を輝かせるアイラに、サイラスはもうひとつため息をついた。
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