第三章 分局長サイラス・ホワイト

第13話 出会い

 あれは二十五年前のことだ。

 当時の俺は神学校を出たばかりの若造で、髪は黒々として、髭も生やしておらず、パイプも吸っていなかった。あ、何だその目は? 疑ってるんのか? 俺だって生まれたときから老け顔だったわけじゃねえんだよ。


 この街に配属された俺は、下っ端として真面目に働いてたよ。この分局も教会の敷地内にあって、今みたいに離れた場所にはなかった。葬儀人も十人はいて、行き倒れの収容と供養、ゾンビやグールなんかの退治。たまに迷宮に潜ったりもしていた。ま、他の街と似たようなもんだ。


 ある日、郊外の農村からの連絡が一切途絶えた。

 不死者……あるいは強力な魔物の襲撃を受けたんだろうと予想された。教会と領主府が兵を出して、三十人の部隊を組んで現地に向かった。


 村は……まあ率直に言って地獄だったよ。

 出現していたのは人狼の群れ。<陰神ノクスの忌み子>ってやつだな。感染の他に、夜闇に紛れて悪事を繰り返した野盗なんかが陰神ノクスの呪いを受けて不死者になったもんだ。見た目は狼の頭をした獣人で、身体能力と再生能力は上位吸血鬼にも匹敵――って、お前にそんな説明は不要か。


 村人はひとり残らず食い殺されるか、感染して人狼に変異していた。三十人なんかじゃとても足りなかったんだ。神官戦士は四肢をもぎ取られて僧服を赤く染め、兵士たちははらわたを貪られて糞尿の臭いを撒き散らした。


 俺? 戦うどころじゃなかったよ。聖水や退魔香で牽制して逃げ回るので精一杯だった。上級の不死者なんてまともな人間に相手できるもんじゃない。それこそ<聖騎士>様でもいなけりゃ太刀打ちなんてとてもできん。


 そこに、ずるずる、ずるずると何かを引きずる音が近づいてきた、石臼を挽くような重い音だ。ま、もったいぶる必要はねえわな。そう、エンバーが来たんだ。


 真っ黒でぼろぼろの服を頭からかぶって、肩には棺を担いでいた。俺はそのとき、いよいよ死神が迎えに来たって思ったね。あの作り物めいた……人形みてえなツラが表情ひとつも変えずに現れたんだ。アイラ、お前だってその場にいりゃあ同じように思ったろうさ。


 だが、それは俺の死神じゃなかった。


 一匹の人狼がエンバーに飛びかかった。蠢く鎖がそれを捕えた。人間なんて紙切れみたいに引き裂く人狼が、あっさりとだ。で、その首根っこを捕まえて、いつもの調子だよ。


 ――骸の王を知っているか?


 人狼ってのは基本的に正気を失ってる。獣のように吠え、唸ることしか出来ない。まともな返事がないことがわかると、エンバーはそれを棺にぶち込んだ。


 そうなりゃ人狼どもも黙っちゃいねえ。標的を俺からエンバーに切り替えて襲いかかった。爪が、牙がエンバーをずたずたに引き裂いた。だが、エンバーはまるでこたえちゃいねえ。はらわたがこぼれても、首がちぎれそうになってもお構いなしだ。


 一匹一匹とっ捕まえて、骸の王について聞く。答えがなければ棺に入れる。それが淡々と繰り返されておしまいさ。戦いなんて上等なものですらねえ。妙な例えだが、俺にはそれが食事のようにさえ見えた。味の薄い茹でた豆を淡々と口に放り込んでいく感じだったな。


 人狼が片付くと、エンバーは俺の方にやってきた。

 やつが人間じゃないことはもうその時点でわかっていた。かといって、敵とも味方とも思えない。人狼を倒したのは単に骸の王ってやつを探すためだったんだろう。


 ――骸の王を知っているか?


 血塗れの白い顔が尋ねてきた。ぼろ雑巾みたいに引き裂かれていたはずの身体はもう元に戻っていた。答えを間違えたら死ぬ……そう思ったね。いや、今となっちゃ「知らん」と答えてもそのまま立ち去るだけだったんだろうが。人だろうが不死者だろうが、エンバーが殺すのは必要なときだけだ。人狼どもも襲いかかってなけりゃ見逃されただろう。


「本で読んだことなら……」


 俺は震える声で答えた。嘘じゃあない。骸の王の話は神学校の書庫で少しだけ読んだ記憶があった。千年も前に不死者の王国を作り出したという伝説の死霊術師。何百、何千もの不死者を自在に使役し、栄華を誇った国の王。ある日突然消え去って、いまや実在すら疑われている存在――


 そういうことを早口でまくし立てた。エンバーは俺の話をじっと黙って聞いていた。俺は思い出せることを片っ端から口にして、ついに言えることもなくなった。そこでエンバーが口を開いた。


「骸の王はどこにいる?」

「……今はわからない。だが、教会で調べればわかるかもしれない」

「そうか」


 そうかって何だよって思うよな? 俺もそう思ったさ。だが、エンバーとしてはこれで何かの約束をしたことになったらしい。エンバーは街に逃げ帰る俺に無言でついてきた。


 俺はわずかな生き残りとともに上層部に報告した。街にいる戦力じゃ討伐なんかとてもできない。宥めるために骸の王について必死に調べてエンバーに伝え続けた。エンバーはエンバーで勝手に不死者を狩り始めた。その速度と手際は教会の比じゃなかった。


 そこからなし崩しで今の状況につながったわけだ。教会は骸の王の情報を調べて提供する。引き換えにエンバーは不死者対策に協力する。放っておいてもエンバーは不死者を狩り続けてただろうがな。


 ま、要するにたまたま利害が一致して、奇跡的に協力できているだけなんだよ。教会の中じゃ契約だとか取引だとかって話で通っているが、そんな上等なもんじゃない。


 教会が……ましてや俺がエンバーの手綱を握れているなんて誤解もいいとこなんだよ。

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