第12話 後始末
半壊した広間で血と肉片にまみれながら、アイラとサイラスは残ったワイトにとどめを刺していた。エンバーが嵐のように暴れ回ったおかげで、五体満足の敵はいない。掃討自体にさほどの困難はなかった。
「つ、疲れた……」
「休む前に、道化とエンバーの行方の確認だ。戦闘音は聞こえん。地下室でもあるのかもしれない」
「はい……」
アイラは重い体を引きずってサイラスの後を追う。<聖鎧>の奇跡は全能力を爆発的に引き上げるが、持続時間は非常に短い。解除後は長距離を全力で走ったあとのような疲労感に襲われ、しかも次の朝日が昇るまで奇跡を使用できなくなる。
正真正銘、最後の切り札なのだ。今回はエンバーの攻撃に巻き込まれて活躍の機会はなかったが、生身で受けていれば原型を留めぬ挽肉に変わっていただろうからそれはそれでよかったのかもれない。
エンバーの足取りを追うと、地下へと向かう階段が見つかった。どこに隠していたのか、サイラスが折りたたみのランタンで足元を照らす。もともとは食料庫として使っていたのだろう。階段を降るとひんやりと肌寒い。
「ちっ、こいつは厄介だな」
「これって、迷宮への入り口ですか?」
降りた先にあったのは瘴気が漂い出る穴だった。食料庫の床の一部が崩落しており、真っ暗な坂道が地下深くに向かって伸びている。
「いまは迷宮内を探索できる準備がない。一旦戻るぞ。いや、その前に少し休憩だな」
「す、すみません……」
青息吐息のアイラは、サイラスが差し出す水筒を受け取る。中身は蜂蜜酒。甘い酒精がアイラの身体を芯から温めた。
* * *
都市に戻った二人は教会と領主府への報告を行った。どちらも「なぜ援軍を呼ばなかった」といきり立ったが、教会の戦士団や領主府の衛兵たちが大挙していたならば、事前に気取られて逃走されていただろう。それ以前に、取引の時刻まで出陣が間に合ったのかも怪しい。
しかし、そんな正論を言って神経を逆撫でても仕方がない。サイラスは胡麻塩頭をぺこぺこと下げ、己の判断ミスだったと謝罪し、それは意外にあっさりと受け入れられた。ワイトの返り血にまみれ、ひどい腐臭を漂わせていたためかもしれないが。
廃屋に残ったワイトの死骸の後始末は教会に依頼した。不死者には死霊が宿っている。肉体を破壊しても残った死霊が悪さをしかねない。聖職者によって祓い清めなければ万事解決とはならないのだ。
諸々の手配を終わらせた二人は、事務所の裏の井戸で汚れを洗い流して着替えを済ませた。そしてアイラは熱い茶を入れ、サイラスはパイプに火を付けて紫煙を含む。
「さて、聞きたいことがあるんだが」とサイラスが尋ねるのと同時に、
「質問があります!」とアイラが口を開いた。
サイラスは肩をすくめ、「どうぞ」と手のひらをアイラに向ける。
「ええっと、エンバーさんって何者なんですか? それから<骸の王>って何なんですか? あの道化師はエンバーさんは<骸の王>に造られたみたいに言ってましたけど。それにあの道化師は何なんですか? あんな一瞬で大量のワイトを創り出す死霊術なんて聞いたことがありません!」
「あー……質問はひとつずつ、な」
サイラスはため息混じりに紫煙を吐く。
「す、すみません。じゃあまずエンバーさんって何者なんですか? 今夜のことで不死者であることはよくわかりました。でも、あんな不死者は見たことも聞いたこともありません」
アイラの脳裏には鎖に繋がれた生首が宙に浮く様子が思い返されていた。生命力が強い不死者と言えば吸血鬼や人狼が挙げられるが、どちらも首を切られて心臓を貫かれ、全身をずたずたに引き裂かれても平然としていられるほどの化け物ではない。
「エンバーの正体ねえ。アイラ、お前はどう考えるよ?」
「王族級か……あるいはもっと上。始祖吸血鬼でしょうか?」
「しかし、エンバーは血を飲まん」
「ですよね……」
あの異常なタフネスは、伝説に聞く最上位の吸血鬼でもなければ考えられない。だが、教会の記録に1件だけ残っている王族級の吸血鬼は人間の牧場を作り、その血を大量に啜っていたという。そして始祖吸血鬼に至っては仮説上の存在で、これまで実在が確認されたことはない。
「もったいぶったが、エンバーの正体は俺にもわからん。わかっているのは、それこそ聖騎士を総動員しても討伐できるかわからないってことぐらいだ」
「でも、そのエンバーさんをサイラスさんは味方につけることができました」
「味方……味方なのかねえ。少なくとも敵じゃなかったとは言えるが」
「サイラスさんはどうやってエンバーさんを説得したんですか? いえ、<骸の王>の捜索に協力するという契約があることは知っています。しかし、その契約はどうやって結んだんですか?」
サイラスのパイプが灰皿を打つ音が響いた。白く燃え尽きた灰が皿の上で崩れる。
「ガラじゃないが、たまには昔話でもしてみるかねえ」
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