第11話 葬儀人vs道化師

 アイラとサイラスが地階で死闘を繰り広げていた頃、中二階に降り立ったエンバーは道化師と対峙していた。


 棺に弾き飛ばされ、砕けた壁にめり込んだ道化師は、くふくふと笑い声をあげて瓦礫に中に立ち上がった。手にしていたリュートは砕け、縦笛は喉奥に刺さって血を垂らし、背負っていた打楽器は原型を失い足元に散乱している。


「これはこれは……ひゅっ……驚きのゲひゅトでございまひゅっ……ああ、鬱陶ひゅい」


 道化師は縦笛を引き抜いて捨てる。そして血の塊を吐き捨てて、右腕を抱え込むんで膝を折り曲げ、深いお辞儀をした。


「改めましてようこそ、望外のゲスト様。まさかまさか<骸の王>に連なる者がこんな場末に足をお運びなさってくださるとは。紅茶でもお淹れしましょう。お好みの茶葉はございますか?」

「<骸の王>を知っているのか?」


 棺を縛っていた鎖が蛇のように蠢き、道化師を捉えようと暴れまわる。しかし、道化師はくるくるととんぼ返りをしてそれを躱す。


「存じております。存じております。偉大なる我らが主、<骸の王>のことであればよーく存じております。何しろわたくしめは王に仕える最遠にして最近の道化師ジェスターでございますからな。表に見せる偉大にきらめく御姿みすがたも、裏に抱える卑屈でさもしい心根も、どちらもよーっく存じております」

「<骸の王>はどこにいる?」


 棺が引き戻され、エンバーの細い手を中心にぐるりと廻る。風切り音を立てながら天井を砕き、シャンデリアを落とし、廊下の手すりを砕いて道化の眼前の床を砕いた。


「ほう、あなたも<骸の王>の行方をご存知でない?」

「知らないから聞いている」


 エンバーの姿が消える。否、速すぎて見えなかっただけだ。床に突き刺さった棺の鎖を手繰り寄せて勢いをつけたエンバーの身体は矢のごとく加速し、道化の喉を掴んで壁に押し付けていた。


「お゛お゛お゛……これはすさまじい゛……。しかしお嬢さん゛、ごれではまともに゛お話じも……」


 エンバーの手が離れ、道化の身体が床に崩れ落ちる。


「はぁー……はぁー……はぁ。助かりました。これでゆっくりお話もできようと言うもの。まずはお近づきにちょっとした手妻でも」


 道化師の両腕が振られる。袖口から赤い花びらが撒かれた。それはふわりふわりと宙を舞い、エンバーの身体を覆って――紅蓮の炎とともに爆発する。


「お祝いごとにはまずクラッカー。道化仕事にはお約束というものでして」


 爆煙が徐々に薄れ、中からエンバーの姿が現れる。顔面は焦げてあちこちが炭化し、両目は焼いた魚のように白濁。左腕は根本から引きちぎれて赤い血が噴き出していた。


「ほーうほほう! これは思った以上に甚大で! わたくしめの歓迎、大変好評であってようで光栄の極み……っと、おおっ!?」


 道化は飛び上がり、壁を這い上がって天井に張り付いた。エンバーの右拳がつい先程まで道化が立っていた場所を砕いていた。白濁した瞳がぎょろりと天井の道化に向く。


 エンバーの右腕が振られ、鉄の棺が勢いよく天井を砕く。道化は害虫さながらに広間中を這い回り、二度、三度と繰り返される猛撃を躱す。エンバーの棺はそのたびに広間の床を、壁を、天井を破壊する。巻き込まれたワイトの群れが原型を留めぬ肉塊に変わる。


「いやはやいやはや、これは聞きしに勝る暴勇。<骸の王>の稀代の傑作とは聞き及んでおりましたが、まさかこれほどとは!」


 道化は色とりどりの花びらを撒き散らかしながら、天井や壁を這う。そのあとを鉄棺が粉々に砕いていく。


「それでは、こんな手妻はいかがでございましょうか?」


 花びらが列をなし、ぐるぐると回転する。丸鋸のような形となったそれが無数に生まれ、飛び交ってエンバーの肉体をずたずたに切り裂く。左腿が削り取られて骨が露出し、膝をつく。


 そして、エンバーの首がぼとりと落ちた。


「うはは! うはは! 首チョンパでございます! ついでに心臓もえぐって差し上げましょう!」


 回転する花びらがきりへと変わり、エンバーの胸を貫く。鮮血が飛び散り、花びらが真紅に濡れる。


「首を落とされ、心の臓を貫かれ……高位の吸血鬼でもこれは致命でございますな。果たして、果たしてこれでも貴女は……ぐえっ!?」


 道化師の左腕を、白く細い左腕が掴んでいた。

 それはエンバーの千切れた左腕。

 それが鎖に縛られて、道化の元まで届いていたのだ。


 そして、同じく鎖に縛られたエンバーの白く美しい生首が、宙空に浮いて道化を見下ろしていた。焼け焦げていたはずの肌も、煮立って白く濁ったはずの瞳も真珠色を取り戻していた。


「<骸の王>の居場所を教えろ」


 道化の身体が振り回され、数体のワイトを巻き込んで床に叩きつけられる。派手な燕尾服が血と肉塊にまみれる。左右に引き回され壁を砕き、そのたびに新たな鮮血を浴びる。


「うはは! うははは! これはっ、ぐぉればっ、がはっ、ああっ、すばらしい! すばらしい! これぞ<骸の王>復活の祝祭にふさわしい! がばぁっ」


 花びらが道化の腕に巻き付く。その肉を削り取り、肘から先が挽肉となって血煙へと変わる。


「うはははは! 十分! 十二分! 血の饗応は果たされた! <骸の王>よ! 御身の復活の日は近い! びーばっ! ぶらーば! <骸の王>よ! 御身の王国は再び地上に君臨されよう!」


 千切れた肘先から昆虫のような節足が伸びる。さらに一対二本の肢が脇腹を突き破って現れる。道化師は六本の足でワイトの死骸を撒き散らかしながら、ドアを破って屋敷の奥へと姿を消した。


 鎖が蠢き、エンバーの頭と左腕をつなぐ。胴体と千切られた四肢の傷口から無数の線虫のようなものが蠢き絡み合う。そして引き合い、瞬きの間につなぎ目すら消える。


 エンバーは棺を背負い、それを引きずりながら道化師の消えたドアの先へ歩いていった。

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