第16話 祝福技師

 エッセレシア聖光教会退魔庁不死者対策省メイズ分局――通称「葬儀屋」の地下室で二人の人間が作業していた。


 一人は白髪の混じった短髪に顎髭。時折パイプを吸いながら、砥石に向かって武器を研いでいる。


「サイラスさん、この壺に順番に漬けていけばいいんですか?」

「ああ、それぞれに砂時計がついてる。時間になったら引き上げて、水気を切ってから次の壺に移してくれ。手袋は外すなよ。手の皮がずる剥けになるぞ」

「えっ!? はっ、はい!」


 アイラはサイラスが研いだ武器を受け取り、鉗子に挟んで壺の中の溶液に漬けていく。最初は煮立った湯。次はツンと鼻を突く臭いのする薄茶色の液体。最後は銀色に輝く液体だ。


 ひとつ目はゴゴロガの戦斧だ。分厚くずっしりと重い。ところどころに傷があるが、錆は浮いていない。装飾はひとつもない無骨な代物だが、それだけに染み付いた年月が浮かび上がるようだった。


 最後の壺から引き上げると、その刃は鮮やかな銀色の光を放った。


「わあ、キレイですね。祭具みたいです」

「蒸発した水銀は毒だからな。あまり顔を近づけるなよ。かまどの上に干してくれ」


 赤々と炭を燃やす竈の上に金具を使って戦斧を吊るす。銀色の刃が鏡のように炎を照らし返した。


「銀の武器ってこうやって作ってたんですね。私、全然知りませんでした」

「パチもんのメッキだよ。長持ちはしない。本物は鍛造時点で練り込む」


 祝福を宿した銀は不死者に対して有効だ。だが、言うまでもなく銀は高価で、しかも柔らかい。それを練り込んだ上でさらに武器として十分な強度を持たせるためには熟練の鍛冶師の腕も要る。それを簡略化するためのメッキ処理だ。


「大物が済んだら次は小物だ」

「短剣と……この楔みたいのは何ですか?」

「棒手裏剣だな。投げて使う。あのハーフエルフは東方の出身らしいな。こういうのはそっちの籠に入れていっぺんにやってくれ」


 サイラスはゴゴロガとツバキから武器を預かり、対不死者用に銀メッキを施す処理をしていたのだ。メッキをかけるためには武器に染み付いた血脂やわずかな汚れをすっかり落とす必要がある。ひとりでは手が足りず、アイラに手伝いを頼んでいた。


「お次は聖水の仕込みだな」


 サイラスはパイプをくゆらしながら作業台を移る。そちらには複数のフラスコが複雑に組み合わされた器具があった。


「それって何なんですか?」

「蒸留器だ。簡単に言えば、酒をとびっきりに濃くできる装置だな」


 サイラスが葡萄酒の瓶を取り出すのを見て、アイラは目を尖らせる。


「こんな昼間からお酒なんてダメですよ!」

「飲むわけじゃない」


 葡萄酒はフラスコのひとつに注がれる。そして火にかけられて沸騰し、湯気が管を伝って冷やされ、別のフラスコにぽたぽたと透明な液体が溜まる。


「強い酒精には効率よく祝福を宿らせられる。これを教会謹製の聖水と混ぜ合わせて使う」


 サイラスは聖句を唱えながら酒精をスポイトで吸い上げ、それを聖水の入った小瓶に移していく。先日のワイト戦で使った<身体強化>の奇跡が宿った聖水もこうして作られたものだ。


「ひょっとして、火霊石もサイラスさんが作ったんですか?」

「ああ、俺の手製だな。水晶は高くて数が揃えられないが」

「すごい! なんでも自分で作れちゃうんですね! 私、祝福付与の授業は苦手だったんですよ。何かコツでもあるんですか?」

「なんでもは作れんし、コツも知らん。苦肉の策だよ」


 アイラの感嘆にサイラスは苦笑いを返す。


「この分局は風当たりが強いし、人員も最小限だったからな。予算は削りに削られて、可能な限り自前でやるしかなかったんだよ。それに――」


 サイラスは言葉を切って、紫煙を肺に含んだ。


「エンバーなんて化け物を見ちまったからな。自分の腕を磨いてどうこうしようなんてとても思えん。俺なりに違う力を身につけようとしたってだけだ」


 アイラはサイラスが見せた剣技を思い出す。神官戦士として十分前線に立てるだけの腕前だったが、エンバーの戦闘力とは比べようもない。一太刀二太刀は与えられるだろう。しかし、その間にサイラスの首は容易くへし折られているだろう。


「アイラ、繰り返すが今回の探索の第一目標はエンバーの捜索だ。討伐でも連れ戻すことでもない。……いや、連れ戻せるならそれに越したことはないが、あいつの目的を妨害したら何が起きるかわからん。それを肝に銘じておけ」

「りょ、了解です」


 震える声のアイラにサイラスは苦笑いする。


「ま、無理はするなってことだ。メッキが終わったらこっちも手伝ってくれるか」

「奇跡の付与は苦手なんですが……」

「決まった聖句を唱えながら作業するだけだ。誰でもできる」


 アイラの手にスポイトを押し付け、サイラスは作業を続けた。

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