第8話 アイラ、遺書を書く

 ゾンビ――それは最下級の不死者でありながら、最大級の危険性を併せ持つ不死者だ。弔われぬ死体に低級の死霊が取り憑くことによって生じるそれは、同族の生者を激しく憎む。温かい肉、流れる血に嫉妬し、襲いかかる。そして被害者もまたゾンビとなるのだ。


 一体一体はさほど強力ではない。力こそ強いが動きは鈍重で、闇雲に襲いかかるだけで何の技術も知恵もない。心得のある者ならば一方的に斬り伏せられるだろう。生命力(という表現は正確ではないが)は強いが、手足を潰してしまえばほぼ無力化できる。


 だが、一度群れを成してしまった場合は異なる。死を恐れず、生者への憎しみだけで動くゾンビの大群は、軍隊や高位聖職者からなる討伐隊でもなければ対応不能だ。記録には数千人規模の小都市が丸々ゾンビに滅ぼされてしまった事例もある。


 アイラは事務室でひとり、神学校で学んだゾンビについての知識を反芻していた。


 捕らえた男と少女のゾンビは尋問室だ。自分も同席すると言ったのだが、サイラスから「新人さんにはまだ怖がられたくないんでね」と拒否された。ぞっとするほど冷たい目だった。


「ふう、思ったよりも素直に吐いてくれたな」

「<骸の王>は知らなかった」

「あんな下っ端は知らんだろう。本命は元締めの方だって言ってんじゃねえか」


 尋問室から戻ってきたサイラスの目は、元の柔和なものに戻っていた。席に座り、パイプに火を付けて一服吹かす。


「情報は掴めた。名前こそ知らなかったが、どこぞの貴族の使いとやらからの依頼だそうだ。ゾンビを高値で買い取る約束だったらしい」

「女の子の方は?」

「ゾンビか。街に来たばかりの駆け出し冒険者を騙し討ちして、ゾンビになるまで隠していたそうだ。持ち物は売り払われていて、身元を掴むのは無理だろうな」

「そんな……」


 アイラは絶句する。金のために他者を殺し、ゾンビになるまで隠すような人間が存在するなど考えたこともなかったのだ。


「取引は今夜八つ刻※深夜零時頃に郊外の廃屋で行われるそうだ。あの男の他にも依頼を受けてゾンビを隠している冒険者たちもいるだろう。そして元締めは死霊術師か、死霊術を操る高位の不死者か。いずれにせよ新人には危険すぎる――」

「私も行きます!」


 サイラスの言葉を遮って、アイラは叫んだ。


「不死者対策省に志願したのは、不死者と戦うためです! 危険だからと逃げてしまっては意味がありません!」

「守れる余裕はないかもしれんぞ」

「守ってもらうつもりなんてありません! これでも武術教練では首席だったんです!」

「人間を殺すことになるかもしれんぞ」

「それは……それも、覚悟の上です!」


 サイラスは眉間を揉み、そしてパイプを吸って細く長く紫煙を吐いた。


「遺書を書いておけ。今回の事件のあらましも込みでな。新人を危険な仕事に巻き込んで見殺しにした……なんて疑いをかけられたらかなわん」

「了解しました!」


 アイラがペンと紙をサイラスから受け取った時、遠くから教会の鐘が聞こえた。ゆっくりと、ゆっくりと六回。アイラには、この鐘の音が殺された少女への鎮魂に思えた。


 そこへエンバーが唐突に口を開いた。


「行ってくる」

「えっ、どこへ?」

「あー、いいいい。取引の時間まではまだまだある。ゆっくり食ってこい」

「こんなときにご飯ですか!?」

「新人も遺書なんかとっとと済ませて、メシを食え。腹が減って動けないなんて最悪だからな。じゃ、俺も食ってくる。七つ刻までに事務所に集合な」

「遺書なんかって!? ええー!?」


 事務所に一人残されたアイラはやけくそ気味に遺書を書き上げ、食堂を探して帳の落ちた街をしばらく彷徨った。



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【暗記不要のおまけ】この世界における時刻について

 この世界には現代のような機械時計は普及しておらず、存在はするものの大型でしかも超高級品です。そのため、庶民はおよそ3時間ごとに鳴らされる教会の鐘によって時刻を知ります。


・一つ刻:6時頃(日の出)

・二つ刻:9時頃

・四つ刻:12時頃(正午)

・五つ刻:15時頃

・六つ刻:18時頃(日没)

・七つ刻:21時頃

・八つ刻:24時頃


 深夜は3時頃は鳴らしません。さすがに迷惑だからね!

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