第7話 アイラ、空を舞う

「あの、エンバーさんは本当に不死者なんですか?」

「不死者だ」


 教会近くにある広場の一角。エンバーとアイラはベンチに座っていた。そこで何をしているのかと言えば、屋台で買った食事を食べていたのだ。


「あの、美味しいんですか? っていうか味覚あるんですか?」

「味はわかる」


 腸詰め肉を挟んだパンを機械的に咀嚼するエンバーが、アイラにはよくわからない。もちろん不死者でも食事……というか餌を取るものは多い。ゾンビは生きた人肉を好み、グールは腐った人肉を好む。そして吸血鬼は人血を好む。


 吸血鬼でも貴族階級ノーブルは人間の貴族がするような高級な料理を味わうこともあるという。しかし、それはあくまでも余興だ。人間のように食事をする不死者をアイラは見たことも聞いたこともなかった。今日、このときまでは。


「ちなみに、食事をしないとどうなるんですか?」

「どうにもならない」

「なら、なぜ食事をするんですか?」

「サイラスがそうしろと言った」


 エンバーが不死者であることは教会だけの秘密だ。普通の人間に偽装するために、三度の食事をするようサイラスが命じたのだろう。


 ところで、人間なら食べたくなるのですか――と尋ねたい気持ちをアイラはぐっと堪える。食事はできるし味もわかるが、必須というわけでもない。それだけの情報が得られただけでもよしとしなければ。


「行く」

「はっ、はい!」


 パンを食べ終えたエンバーは棺を担いで歩き始めた。まだ半分も食べ終えていなかったアイラは、残りを慌てて詰め込んでから追いかけた。まだ半日もしていないのに慌ててばかりだ、とアイラは内心でため息をついた。


 北門を出ると、粗末な小屋が雑草のごとく立ち並ぶ光景が広がっている。南門と同じだ。違ったのは、エンバーの歩調だ。南門の時よりもやや急ぎ足になっている。おかげでアイラは小走りにならなければならなかった。


「何かあったんですか?」

「不死者だ」

「えっ!?」


 アイラの表情が引き締まる。不死者対策省の主な業務は不死者発生の防止と、発生後の速やかな駆除だ。不死者には犠牲者を、同じく不死者にする性質を持つものが多い。ねずみ算的に増殖するため、発生防止と発生後では緊急度がまるで異なるのだ。


「私、もっと速く走れま――えっ!?」

「跳ぶ」


 次の瞬間、アイラが感じたのは全身を縛られる感触。次に猛烈な速度で上に引っ張られる感覚。それから目に見えたのは、眼下に広がる小屋の群れだった。


「えっ、はっ!?」


 そして、落下。重い音と共に、比較的しっかりした作りの小屋が密集する一角に降りる。鎖から開放され、自分も地面に着地する。ここでようやく、アイラは自分が鎖で縛られ、エンバーと共に飛んでいたのだと理解した。


 何かを言う暇もなく、エンバーの拳が目の前の木戸を叩き破った。木戸は一撃で粉砕され、いくつかの破片となって宙を舞う。


 小屋の中にいたのは男がひとりと、縛られた少女がひとりだった。男は使い込んだ革鎧に身を包んだ冒険者風の中年。突然殴り込んできたエンバーに驚くが、すぐに小剣を抜いて構える。


「な、なんだテメェは!?」

「邪魔だ」


 エンバーは腕を振り、無造作に男を弾き飛ばす。男は小屋の壁に頭を打って白目を剥いた。


黒鉄くろがねの蛇よ、捕らえよ」


 エンバーの指が縛られた少女を差す。棺の鎖が動き出し、少女へと幾重にも巻き付いた。鎖に巻き付かれ、吊り上げられた少女の顔には生気がない。白濁した眼球、かさかさにひび割れた唇――何より歯を剥いて噛みつくような動作の繰り返し。これは、ゾンビだ。


 しかし、この小屋の男はなぜわざわざゾンビを捕らえていたんだ。アイラがそんな疑問を抱いていると、今度は鎖がしゅるしゅると巻き取られ、少女ゾンビを棺の中に吸い込んでしまった。


「炎よ、煉獄より――」

「ストーップ! ストップです、エンバーさん!」


 アイラの制止に、エンバーが火葬を中断する。


「なぜ止める?」

「なぜって……状況がわからないからですよ! あからさまに不審すぎます! きちんと調べるまで、証拠を残しておくべきです!」


 エンバーが、ひとつ、ふたつ、みっつと瞬きをする。

 その間に、アイラは次の言葉をまくし立てる。


「ええと、教会は死霊術を重大な禁忌としています。ここまではいいですよね? この冒険者の男が死霊術師であるということはちょっと考えにくいですが、ゾンビを捕らえていた以上、使役する手段があったか、あるいは使役できる人物に引き渡そうとしていた可能性はありませんか?」


 エンバーが、再び三回瞬きをした。


「死霊術師とつながりがあるかもしれないと?」

「はい、そうは思いませんか?」

「死霊術師ならば、<骸の王>を知っているか?」


<骸の王>の情報、それは教会がエンバーと契約する上での対価だ。エンバーに不死者対策を行わせる代わりに、教会は<骸の王>の捜索を手伝う。そういう契約になっているとアイラは聞かされていた。


「断定はできませんが……可能性は」

「わかった」


 その言葉を聞いて、アイラは胸を撫で下ろした。

 この件に死霊術師が絡んでいたとして、見逃したら失態どころの騒ぎではない。アイラにもどんな罰が下るかわからないし、なにより甚大な被害が発生する可能性がある。


 幸い、エンバーによれば北門に他に不死者の気配はなく、遺体もないらしい。二人は捕らえた男とゾンビを引き連れ、分局へと帰還した。

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