第6話 地上業務

 長身のエンバーの横を、アイラが時々小走りになりながらついていく。

 棺を背負い黒い外套を頭から被った女と、白い神官服に身を包み赤い髪を揺らす少女が並んで歩く様子はなんともアンバランスだった。


「あの、どこに向かっているんですか?」

「南門だ」

「南門? ああ、城壁の外に出るんですね」


 アイラの質問に、エンバーは最小限の言葉で返す。

 迷宮都市の中心街は高い城壁で囲まれている。元々存在していた遺跡を利用して築いたものだ。城壁の内側には領主の館を始め、教会や古くから暮らす市民たちの住宅などがある。


 エンバーとアイラは城門をくぐって外に出た。

 門番は誰何すいかするまでもなく素通しだ。門番がエンバーを見知っているというのもあるが、そもそも門番はあからさまに怪しい人物や、入市税の対象となる荷馬車を伴う商人にしか声をかけない。


「ここを見回る」

「はいっ!」


 城門から伸びる街道の両脇には、粗末な作りの家々が立ち並んでいる。素材は木、布、獣皮など様々だ。石や煉瓦で作られた城壁内の建物と比べれば、家とも呼べない小屋以下の代物ばかりだった。


 そんな家もどきに挟まれた路地は舗装されておらず凹凸も多い。曲がりくねっており、しばしば分かれ道や行き止まりに行き当たる。道に沿って家が作られているのではなく、家々の隙間がたまたま道として使われているのだ。


 迷宮に眠る遺物や財宝に惹かれた冒険者たちが各地から集まり、勝手に住み着いた結果がこれだ。市民税を払えるほど成功する冒険者はほんの一握りで、それ以外は城壁の外に居を構えている。


 一歩ごとに土埃が舞う道を進んでいると、エンバーが突然足を止めた。立ち止まったまま、灰色の瞳を一呼吸ほどの間だけ閉じる。そして、ある小屋に目を向けた。


「エンバーさん、どうしたんですか?」

「あった」


 エンバーが玄関戸の代わりらしい布をめくり上げると、薄く饐えた臭いが溢れ出た。エンバーは傍らに棺桶を置くいて小屋に入る。アイラは鼻を押さえながらそれに続いた。すると、中には襤褸をまとった中年の男が倒れていた。


「たいへん! 人が倒れてますよ!」

「死体だ」


 エンバーは外套の懐から瓶入りの聖水と財布を取り出す。聖水を死体の全身に振りかけ、それから男の口に銀貨を1枚含ませた。男の口から黒い蝿が数匹飛び立つ。


「死霊を払う簡易儀式ですね! 不死者化を防止するやつ!」

「そうだ」

「ところで、エンバーさんは……その、大丈夫なんですか?」

「何がだ」

「ええっと……」


 アイラは、少し言い淀んでから、意を決したように尋ねた。


「教会外には秘密になってますけど、エンバーさんも不死者なんですよね? 聖水とかって、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ」

「そ、そうなんですか……」


 呆気にとられるアイラに構わず、エンバーは男の遺体を担ぎ上げ、小屋の脇に置いていた棺の中に収める。そしてまた曲がりくねった路地を歩き回り、3人の男と、1人の女の死体を収容した。


「すごい、あっという間にこんな……。どうしてご遺体の場所がわかるんですか?」


 アイラの問いに、エンバーは二三度まばたきをする。アイラの質問にエンバーが即答しなかったのは初めてだ。アイラは何か不味いことを聞いてしまったのかと冷や汗を垂らした。


 しかし、エンバーの回答はあっさりしたものだった。


「わかるからわかる」

「ええ……」


 誤魔化しているようには感じられない。遺体の臭いがわかるとか、死者の魂を感知したとか、嘘をつこうと思えばなんとでも答えられる。単純に、何と答えるべきなのかわからなかったのだろうか。だがそれはあまりにも都合のよい解釈で――


 アイラが考え込んでいる間に、エンバーは城門に向けて歩きはじめる。アイラは慌てて追いかけた。


「あの、もう戻るんですか?」

「こちらは済んだ」

「こちらは……って、南門側にはもうご遺体がないってことですね。次は北門ですか?」

「そうだ。途中で死体を火葬場に置く」


 城門を抜け中心街に戻った。城壁外とは打って変わって整然とした町並みが続き、行き交う人々の身なりも整う。それなのに棺を背負って歩くエンバーを物珍しげに見る人はいない。むしろ、エンバーについて歩くアイラの方にちらちらと視線が向くほどだ。


 火葬場は葬儀屋とは別で、教会の敷地内にある。建屋は大きめの一軒家ほどで煉瓦造り。火災防止のためにほとんど木材が使われていない。扉も分厚い鉄製という念の入れようだ。


 エンバーはその重い鉄扉を片手で易々と開く。中はひんやりと冷たい空気で満ちていて、石の寝台がずらりと並んでいた。エンバーは棺から取り出した遺体をその上に並べていく。


「あの、明らかに見た目よりたくさん入ってますけど、その棺っていくらでも入るんですか?」

「死者なら」


 鎖を生き物のように自在に操り、地獄の炎を呼ぶ黒い棺。これはエンバーが教会に発見されたときから持っていたらしい。調査は何度も行われたが、わかったことはエンバーにしか扱えないことぐらいだ。


 この線を突いたところで無駄だろう……そう判断したアイラは話題を切り替える。


「このまま浄魂の儀を行うんですか?」

「しない」

「えっ、でも浄魂をしないと火葬をしても……あ、そうか。浄魂と火葬はこちらの神官が行うんですね」

「そうだ」


 浄魂の儀とは、死者の魂が迷わず冥界に旅立てるよう祓い清める儀式のことだ。不死者化の原因は遺体に死霊が取り憑く場合が大半だが、現世に強い恨みや後悔を残した者にも可能性がある。これを防ぐために行う儀式なのだ。


 遺体を並べ終えたエンバーたちが火葬場を出るとき、教会の鐘楼が3回鐘を鳴らした。正午を知らせる時の鐘だ。


「行くぞ」

「はい、次は北門ですね」

「違う」

「えっ?」


 さっさと歩き出すエンバーの背中を、アイラはまた慌てて追いかけるはめになった。

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