第4話 親子

「よう、葬儀屋。ひさびさだな」


 迷宮の出口に向かうエンバーに声をかける男がいた。

 樽のように太い矮躯。ドワーフだろう。短く刈った髪は黒々として、その下の眉も黒々と太い。目尻には深い皺がいくつも刻まれているが、その瞳に宿る力に衰えは感じられない。鼻から下はうねった髭で覆われていた。


 土埃で汚れた外套の中は使い込んだ革鎧で、ところどころが金属板や鋲で補強されている。背嚢にくくりつけられた小楯も戦斧も、傷だらけだがよく手入れされていることがわかる。


「<岩石砕き>のゴゴロガだ。おぼえているか?」


 エンバーは無言で足を進める。


「ははっ、相変わらずだな。お前さんが地上に帰してくれた、俺の息子についても忘れたか?」


 エンバーは足を止め、ゴゴロガと名乗る顔を改めて見る。


「お、少しはおぼえがあったか? 息子は俺とそっくりだったからなあ。まあ、立ち話もなんだ。座れや」


 ゴゴロガは酒瓶を振り、壁を背にして石畳に腰を下ろした。薄い金属板を組み合わせた折りたたみ式のコンロを取り出し、炭を入れて火をつける。網の上に干し肉が並べられ、香ばしい匂いが漂った。


 エンバーも棺を脇に置き、コンロを挟んでゴゴロガの向かいに腰を下ろす。


「こいつぁ墓前に供えようと持ってきた秘蔵っ子なんだがなあ。死人にゃ飲めねえ。もったいねえからあんたと空けちまおうと気が変わってな」


 ゴゴロガは木の杯に酒を注ぎ、エンバーに差し出す。エンバーをそれを受け取り、眉ひとつ動かさずに飲み干した。


「へっ、やるじゃねえか。特級の火酒にアカハリツキダケを何年も漬け込んだもんなんだが……。ヒュームなら一杯で目を回す代物しろもんなんだが、あんたはなんともないんだな」


 ゴゴロガは空いた杯に酒を注ぐ。


「俺が足を洗って二十年は経つが……あんたは何にも変わらねえんだなあ。俺の方はすっかり変わっちまったってのに」


 ゴゴロガは自分の杯を空け、炙った干し肉をかじる。


「息子はなあ……顔だけじゃなく、中身まで俺に似ちまったんだ。十五歳の誕生日に冒険者になるっつって家を飛び出してな。居酒屋の跡継ぎなんてつまらねえって言うんだ。俺が冒険者稼業で必死こいて稼いだ金でやっと構えた店なんだがなあ。俺と同じで、与えられるものはつまらねえと感じちまうタチだったみてえだ」


 エンバーも、差し出された干し肉を噛みちぎる。


「俺と息子が違ったのは、いい仲間に恵まれたってとこだな。俺が入ったことのある一団パーティは、死んだ仲間の家族に手紙を送ってやろうなんて気がきくやつはいなかった」


 ゴゴロガは背嚢を漁って手紙を取り出す。それを眺めながら、またつぶやく。


「息子はそこそこ上手くやっていたらしいな。五層まで潜るなんざ、俺にはできなかったことだ」


 迷宮は深層に向かうほど危険度を増す。第一、第二は浅層。第三、第四は中層。第五層以降は深層と呼ばれ、そこを探索する冒険者は一流とされる。多くの冒険者がそれを目指し、その過程で命を落とす。


「で、五層から遺体を引き上げてくれるやつなんざ、あんたしかいねえ。他の街の葬儀屋なら、ばらばらに刻んで火をつけて、不死者になるのだけは防いでくれるだけさ」

「不死者は焼く。そうでなければ地上で弔う。それだけだ」


 ようやく口を開いたエンバーに、ゴゴロガは目を丸くし、呵々かかと笑う。


「そうだなあ、あんたはそうなんだろうな。仕事をちゃんとまっとうする。それができりゃあ誰も苦労はしねえんだがなあ」

「仕事はちゃんとするものではないのか?」


 真顔で尋ねるエンバーに、ゴゴロガはまた笑った。


「あんた、人間ヒュームじゃないんだろ?」


 エンバーは沈黙で応じる。


「いや、すまねえ。あんたの素性を探りたいってわけじゃねえんだ」


 ゴゴロガはぐいと酒を飲み干し、自分とエンバーの杯に注ぐ。


「まだ、<骸の王>ってのを探してるのか?」

「探している」


 エンバーの細い顎が縦に振られた。


「居酒屋なんて商売をしてるとな、色々と噂が耳に入る。最近はどうも『骸の王の復活は近い』なんてことを言ってる連中がいるらしいぜ」

「誰が言っている」

「悪りぃがそこまではわからねえ。又聞きの又聞き。風の噂ってやつだ。息子を地上に帰してくれた、そのせめてもの礼ってところだな」


 ゴゴロガは炭に水をかけ、コンロを畳んだ。そして酒瓶をエンバーに押し付ける。


「この酒も礼だ。本当なら金貨が吹っ飛ぶような代物しろもんなんだぜ? そうぱかぱかとやらず、じっくり味わってくれや。俺の店はダークウッズにある。もっと飲みたくなったら遊びに来てくれ。少しならおごるぜ」


 ゴゴロガの小さいが太い背が、迷宮の闇に溶けていった。

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