第12話 最高の連携


「竜の息が切れてるぜ!」


 ウェンディがバハルドレイクの肺活量を確認していた。

 ウェンディは元々重騎士として観察眼がある。防御の余裕が生まれたことで【観察】する余裕ができたのだ。

 俺はここが責め時だと判断する。


「アルネ。強化をかける」

「ええ。お願い」


 俺の聖剣ニドヴォルグが、けらけらと叫びをあげ、アルネの全身に魔力を渡していく。

 俺は強化魔法の名を小さく呟く。

「ジャバウォック・グラビトン」

 アルネの肉体が、漆黒の輝きを帯びた。

 ずん、と重力の衝撃が彼女の周囲に波及するも、アルネは慣れたように踏みとどまる。

「いくわ」

「頼んだ」

 アルネは「どん!」と地面を踏み抜いて、飛翔、超跳躍でバハルドレイクの頭上へと至る。

 ジャバウォック・グラビトンは付与者に『〈重力改変能力〉』を授ける強化魔術だ。

 単純なパワーやスピードの強化ではなく、使用者の概念を覆す魔術である。

 アルネの高度飛翔したのは、重力を減らしたため。今の彼女の重力の体感は月の重力並み、6分の一の重力に変換している。

 俺のもつ重力改変魔法は、アルネ以外の冒険者からすれば『意味がわからない』と敬遠される魔法だった。

 有名どころの勇者と、この『ジャバウォック・グラビトン』を合わせてみたことがあったが、みな一様に文句を言ったものだ。

『重力を改変するからなんだというんだ』、『ふわふわしているだけじゃないか』と罵られた。

 苦い思い出だったが……。

 アルネだけは違った。

「ヒイロ。斬撃射程に入る。引きつけて!」

「こっちだ、バハルドレイク!」

 俺はアルネの斬撃の隙をつくるべく、瘴気竜を挑発。竜の意識が俺に向けられる。

 子供の頃のアルネは、俺の付与した『ジャバウォック・グラビトン』を使いこなせず、転んで傷だらけになっていた。

 俺もまた『自分の魔法は無意味ではないか』と自信を失い掛けていたものだ。

 それでも彼女は諦めなかった。 

『ふわふわする』『めっちゃ飛べる?』『かと思えば重くなる!』

 アルネは全身傷だらけになっても、俺を責めなかった。

 俺の『ジャバウォック・グラビトン』を信じて、鍛えて合わせてくれたのだ。

『これ使いづらいけど、絶対強い奴だよ!』

 その一言で俺は、この扱い辛い重力魔法を、忌み嫌われがちな漆黒の魔力を誇れたのだ。

 アルネは子供の頃からの俺の相棒だ。

 一度彼女に追放され、別れたといっても、たった三日だ。それに追放されたのも俺を思ってのことだとわかっている。

 俺と彼女の過ごした年月は、その程度じゃ

覆されない。

 熟練された連携がある。

 ゆえにこの『ジャバウォック・グラビトン』とアルネの剣術は、俺のパーティの中で、最高火力でもある。

「いけ。……俺の勇者!」

「おうぅううらああぁああ!」

 上空でアルネは、自らに重力をかける。

 6分の1にして飛翔。

 落下と同時に剣を振りかぶり、重力を戻す。その後、6倍の重力をかけて振り下ろす。

 アルネの操る重力は自分の肉体のみではない。

 ここで俺が手をかざし、フィールドを形成。『エスカレーション・グラビトン』

 アルネの周囲のフィールドすべてに重力の柱が発生。

 36倍の重力による斬撃となる。

 ぎうんっっ!と、金属のこすれる音。

 肉を断つ音ではない。

 音速を超えたゆえの、奇妙な斬撃音だった。 ウェンディとミァハが後方で、趨勢を見守る。

「やったか?!」

「それ言っちゃ駄目な奴……」

 しゅぅうう、と煙が立ちこめる。

 バハルドレイクの足下では、アルネがニンジャ刀を振り下ろしたまま。佇んでいた。

 バハルドレイクの口腔から光が灯る。

 ブレスがアルネに照準を定めていたのだ。

 ユウハが背後で、盛大に焦る。

「切れてない? ちょ、直撃するっすよ! アルネさんを、助けないと!」

 お茶目なニンジャはスルーしつつ、俺達は帰る支度に入った。

「さて、いくか」

「そだな」「終わったねえ」

 アルネも立ち上がり「皆、ありがとう」と振り返る。

 ユウハだけが焦っていた。

「いやいやいや、まだブレスが放たれようとして……!」

 ユウハの懸念は、すぐに払われた。

 俺もウェンディもミァハも、アルネの一撃で、すべてが終わったことを理解わかってしていたのだ。

 バハルドレイクの肉体がぱきぃんとまっぷたつに割れていく。

 ブレスの光は放たれることなく、竜の内部で爆散していく。

 アルネの重力斬がバハルドレイクを切り裂き両断していた。重すぎる斬撃と衝撃波は、内部破壊にまで至り、バハルドレイクの竜の肉体が爆散、崩壊を始める。

 瘴気竜の爆発を背後に、アルネが戻ってきて……。

 やがて俺の胸に倒れ込んだ。

「ヒイロ。ごめんね。ひどいこと言って」

「全部わかってるっていったろ? 一芝居打ったこともバレバレだった」

「『お帰り』、っていって、いいのかな」

「ああ。お帰り」

「先にいうなんてずるい♡」

 爆発する竜を背後に俺達は抱きしめ合った。 アルネと同時に、ウェンディとミァハもハグしてくる。

 ニンジャユウハは後方でぽつりと一言。

「こいつら、仲良すぎじゃないすか……」


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