第5話 暗殺者と聖剣ニドヴォルグ


 追放された俺は、関所を抜け隣国リンゴブルムへと入った。

 黒装束の謎の刺客に襲われたのは山越えの道中のことだった。

 アサシンタイプのニンジャだった。


「聖騎士ヒイロ。その命、貰い受ける!」

「ニンジャか。どこの里だ?」


「問答無用ぉ!」


 俺は盾を構え、ニンジャの刃を受け止める。


「甘い。甘すぎるぞ聖騎士!」


 目の前のニンジャの他にもさらなる気配が周囲の空気を揺らした。


「〈分身〉か……」

「見破ることが出来るかな?」


 ニンジャの声は俺の頭上からも響き渡る。この森の中には無数のニンジャが潜んでいるだろう。


「ふはははははっ」という哄笑が樹木に反響し、俺の三半規管を揺さぶった。ぐるぐるとめまいがする。そういう術なのだろうが、俺は聖騎士なので状態異常はあまり効かない。


 瞬きの後、刃は30もの方向から同時に飛んできた。

 回避不能の無数の刃が俺を襲う。


「聖・剣空圏」


 だが俺はすでに聖騎士の剣〈聖剣ニドヴォルグ〉を鞘から抜いている。ニドヴォルグは意思を持ったかのように紫色に光り、刀身に顔を浮かべ、けらけらと笑った。


 ニンジャの声が響く。


「聖剣なのに、笑っている?」


 聖剣ニドヴォルグは自動追尾で、ニンジャの刃をたたき落としている。


 聖剣ニドヴォルグは意思を持っているかのように自ら流体のようになり、宿主である俺を守ってくれるのだ。


 そして俺もまたニンジャの速度に【順応】。聖剣ニドヴォルグと一体となる体術で、しゅばばと空を裂き、すべての刃を弾ききる。


「はああぁっ!」


 四方八方から襲い来るニンジャを斬り捨てるが手応えがやけに軽い。おそらくこのニンジャは【分身】を使っているのだろう。実際黒装束のニンジャは斬られた後、煙となって霧散していた。


「連続で斬る!」

「なんだ? この速さは!?」


 残像が消えるやニンジャの驚愕の声が森の奥から聞こえた。

 森の奥で忍んでいる【本体】がいるのだろうが、聖剣ニドヴォルグは使用者の五感を倍にするので、すべてお見通しだ。


「聖騎士の見敵パラディン・サーチ


 さらに俺の眼は枝葉の間を縫うように、見敵を開始。影の中に保護色となったニンジャを発見する。


「解析」 


 俺は聖騎士として、影の中に踏み込む。

 樹木にへばりつくように保護色となったニンジャがぼぅと浮かんだ。


「そこだな。見えている」

「待て。待て待て。待ってぇ!」


 ニンジャは影の者なので容赦はしない。


「二ドヴォルグ。お前も食らいたいのか?」

『ぎゃひ、けひひひひゃっはぁ!』


 聖剣ニドヴォルグが刀身に顔を浮かべ、けらけらと笑った。


「そうか。お前も血を吸いたいのか。ではもう容赦はしない。血塗られた道であっても聖騎士としての責務を果たそう」


「待って。待って! たんまぁ!」


 ニンジャが情けない声をあげるが、俺は聖剣ニドヴォルグを構えている。


「さらばだ、名も知らぬニンジャよ」

「違うだろ?! 聖騎士ってそうじゃないだろ!?」


 俺に容赦はない。

 聖剣ニドヴォルグを横薙ぎに振るう。


 樹木はぐばぁんと音を立て真っ二つになるも、ニンジャの髪を掠めただけだった。


「む?」


 聖剣ニドヴォルグは意思を持った剣だから、稀に狙いがズレることがあるのだ。


「降参。降参するから……」


 真っ二つになった樹の下で、ニンジャが迷彩を解いた。

 現れたのはくノ一と呼ばれる女性ニンジャだった。


「降参か。だがダメだ。影に生きる者には手心は加えない。聖騎士だからこそ、俺は容赦するつもりはない」


「く……。殺すなら、殺せばいいわ。でも最後にひとつだけ言わせて」


 俺は容赦なく刃を首に向ける。


「あなた……。本当に聖騎士パラディン?」


「お前自身もすでに調べてあるのだろう。聖騎士ヒイロとして、勇者アルネのパーティで前衛をしていた」


「聖騎士っていえば、騙されやすいお人好しか堅物のはずっすよ?」

「俺は騙されないし堅物でもない。出し抜かれたくないからな」


「そんな魔剣なんか使わないし」

「これは聖剣ニドヴォルグだ。魔剣じゃない」


 流体となった剣が刃に眼や口を浮かべ『けひゃけひゃ』と笑っていた。


「いやいやいや! 聖剣はそんな不気味じゃないでしょ!」

「それが最後の言葉か?」


「私の名前はニンジャユウハです。どうか御慈悲を……」

「そうか。悪いが慈悲はない」


 ユウハはおもむろに身体を横に倒し、胸元をさらけ出したが、俺には色仕掛けは通用しない。


「私を殺しても無駄っすよ。ニンジャの里の使い捨ての駒にすぎないですから……」


 ユウハは語り出す。


「気がかりなのは故郷に残した病気の妹のことです。私は妹の代わりにニンジャになって任務をこなしてきた。でも私が死んだら妹が病気なのにニンジャの一員になることに……。つらい!」

「そっか。じゃあな。来世では幸せに」


 俺は刃を振るった。またも刃はユウハの脇スレスレで外れてしまう。


「ちょ?! あんた本当に聖騎士っすか?」

「さっきからそう言っているだろう」


「聖騎士なら、いまのは情に絆される場面でしょう?!」

「容赦をするほうが可愛そうだ。ひと思いに斬るのが情けだろう」


「私の、妹のこととか。あなたが聖騎士ならお話聞いて欲しいですよ! こんなか弱い女の子が懇願しているんだからさ。ちょっとくらい……」


「暗殺者は暗殺者だ。抜かりはない」

「鬼畜! 外道! 鬼畜生!」


「何を言っても無駄だ。俺はお人好しどもが騙されないように汚れ仕事の係だったからな」

「く……。ぅうぅ」


「じゃあな。ん? どうした? ニドヴォルグ」


 聖剣の斬撃はニンジャから逸れて、地面に突き刺さる。


「ご主人。この子は生かしてあげましょうよ。けひゃ!」




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