第10話 再会


 砕けた鎧のままアルネは前に立ち、バハルドレイクと対峙していた。


 ウェンディもまた立ち上がり、同じく腐食し砕けた鎧でアルネの隣に立つ。


「おいおいおい。重騎士を差し置いて、勇者が出しゃばるなよ」

「逆じゃない? 重騎士さんは大人しく回復役を守っていなさい」

「あーしが守るのは全員だ。お前だけ例外はなしだぜ」

「本当、馬鹿ね」


 腐食のブレスを受けたせいか、アルネもウェンディも頬が爛れてきている。

 もう満身創痍なのだ。

 ミァハが後ろから、ふたりの背中を呼び止める。


「駄目だ。駄目だよ、ふたりとも! 私が回復する! だから逃げるなら皆で……」

「駄目よ」


 アルネはミァハを生かそうと叱咤する。


「勇者アルネの命令よ、僧侶ミァハ。私たちは敵の強さを見誤った。瘴気竜バハルドレイクは手に負える相手ではなかった」

「でも!」

「……あんたひとりでも生きてくれるだけで、十分なのよ」


 アルネは笑顔で振り向き、ミァハを諭す。


 ウェンディもアルネと気持ちは同じだった。「あーしもこいつと同じ意見だ。この敵はふたり壁でやっと一人が生きれるかってとこだぜ。ミァハには何度も命を救われてるからな。ここはあーしらに任せてとっとと逃げな!」


「いやだ。嫌だ嫌だ嫌だぁ! ふたりを置いていけない! 私が結界を張る!」


 ミァハも隣に立ち、三人が肩を並べる。

 僧侶の杖から燐光が舞い、結界が生まれた。


「私が全力の魔力で瘴気ブレスを止める! ただし一回きり全力の結界だよ……。使えばもう動けないからね! ふたりは頑丈だから、私を担いで走ってね!」

「ミァハ……」「お前……」


「逃げるなら皆でだよ! ヒイロも言ってたじゃない。本当に仲間なら見捨てるようなことはしないって!」

「確かに。あいつよく言ってたね」


 アルネはお人好しの聖騎士のことを思い出し、苦笑した。


「ったく。しょーがねえな」


 ウェンディがミァハの肩を叩く。


「ごほっ、けほっ……。耐えるんだからぁぁ!」


 ブレスの結界を張ると、瘴気を防げない。

 咳き込みながらミァハは前方に結界を張る。 前方ではバハルドレイクの口腔が、闇色の輝きと熱を帯びていた。


 話している間にブレスの溜めを済ませていたのだ。

『ごおおぉおおおお』と風切りのような音が鳴る。

 先ほどのブレスの射程を見る限り、背を向けて逃げたとしても、死という結果は同じだっただろう。


 ならば耐える。

 耐えてから逃げるのだ。

 三人はミァハの結界内部で身を寄せ、塊になる。 


「結界、ごほっ。張ったよ」

「耐えるわ!」

「耐えるぜ!」


 バハルドレイクからブレスが放たれる。

 瞬間、僧侶ミァハはいままで見ていたブレスと異なるものだと悟る。

 今までの瘴気ブレスは拡散する波動だった。 だが今回放たれた漆黒の光条は……。


(これ、結界を貫いてくる奴だ)


 気づいたときにはもう襲い。

 ミァハの眼前で、黒の光条(レーザー)と聖結界がぶつかる。


 結界が、ひび割れ、レーザーがミァハの胸を貫いた。

 貫いたレーザーが横薙ぎに払われ、勇者と重騎士の肉体を削っていく。


(ごめんね、ふたり、とも……。これは、死んだ)

(くっそ。あーしがもっと固ければ、すまねえ、ふたりとも)

(あやまるのは私。勇者失格だよ。こんな間違いを犯すなんて。ごめん。ふたりとも……。ヒイロ)


 みっつの命が竜の吐息に蹂躙される。

 そのはずだった。


「言っただろ」


 聞き覚えのあり声が、いるはずのない場所に響く。


「俺のヒールは、ギリギリのところで全開する」


 突如舞い降りたヒイロは、ブレスに貫かれた三人の足下から、漆黒の魔力の柱を生み出している。


 漆黒の柱、それは。


 生命の揺籃。

 根源の混沌。


 生と死の逆転を可能とする境界領域。


「ヒール!」


 明らかに回復魔法ではない黒の柱が、蹂躙されたはずの三人の肉体を再生していた。



 ヒイロとパーティーの再会の横で、ユウハは驚愕しかできなかった。

 三日間、全力で国境を越え、瘴気竜の洞窟に突入、モンスターを葬りつつ勇者パーティーに追いついた。


(この聖騎士、どんな体力をしているんだ?) 


 だが驚くべきは体力だけではない。

 耐性もまた凄まじいものがある。


(聖騎士は魔法防御に長けている。だけどそれは魔導師ほどではない。毒や状態異常の耐性もあるがレンジャーやニンジャほどではないはずだ。なのにニンジャとして訓練をしてきた私以上に、この瘴気の洞窟でピンピン動いている?!)


 極めつけはヒイロの放った蘇生魔法だった。

 本人はヒールを言い張っているが、この漆黒の柱は明らかに暗黒魔法からなる蘇生術だ。


 ユウハは口元を抑えつつ、驚愕の息を漏らす。


「瘴気竜のブレスは貫通するレーザーになっていた。勇者アルネも重騎士ウェンディも僧侶ミァハもあの瞬間、確実に貫通されて死んでいたんだ。なのに……」


 ユウハは泣いて良いのか、恐ろしさを覚えれば良いのかわからず驚愕することしかできない。


「ヒイロのつかったヒールもとい〈漆黒の柱〉は、バハルドレイクのブレスを遮断しつつ蘇生術式を発動させた。防御と蘇生を同時に行ったんだ」


 ニンジャとして勉強してきた暗黒魔導の知識を総動員し分析するとわかってくる。ヒイロのしていることはあまりに高次元過ぎたのだ。


「ヒイロ。あなたはいったい何者なの?」


 ブレスが止むとやがて洞窟内部では、瘴気の霧が晴れていく。


「待たせたな、お前らぁ」


 ヒイロは三人の前方に立ち、背中で語る。


「まずはこいつを倒す。話はそれからだ」




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