二章 勇者パーティーの聖騎士
第9話 瘴気竜バハルドレイク
勇者アルネ、重騎士ウェンディ、僧侶ミァハは瘴気竜バハルドレイクの潜む洞窟へと足を踏み入れていた。
「息をするだけでも、厳しいわね」
アルネは深紅のポニーテールを掻き上げ、ヘルムを深く被る。
「わたしが解毒結界を張るよ」
僧侶ミァハは、パーティーの周囲に結界を張った。聖魔法の青い粒子が舞い、黒い瘴気を中和していく。
重騎士ウェンディは結界をみて怪訝な顔をした。
「ミァハが結界役ってことは、あーしらには回復はないってことだな。アルネよぉ。勝算はあるのか?」
「……短期決戦しか無いわ。まずくなったら逃げるわよ。バハルドレイクに挑んだってだけでも、ヌーメロン教会の心象は得られる」
アルネはパーティリーダーとして身の振り方を決断していた。
『この場合はこう、別の場合はこう』というパーティーの方針だった。
瘴気竜バハルドレイクに挑むが、死ぬつもりではない。
あくまでヒイロの
バハルドレイクの討伐までできれば100点満点だが、戦闘し傾向を掴むだけでも、仕事の何割かは行っていることになる。
いままではこうした作戦を考えるのはヒイロの役目だった。アルネは全力で勇者として、パーティーの顔として腕を振るえば良かった。 だが今回は、計画画や決断を担っていることからいつもよりも精彩を欠いている。
ミァハも同じだった。
「回復が必要な場面では命優先で、結界を切るからね。少し息苦しくなるから覚悟してね」
ヒイロがいれば【結界役はミァハ、回復役はヒイロ】という具合に役割を分担できただろう。
そしてウェンディも、ヒイロのいない穴を感じている。
聖騎士と重騎士の二枚居れば、片方で僧侶を護り、もう片方で攻撃に参加できた。
4人パーティーならば、各々の役割が噛み合い、シナジーが産まれる。
3人だと途端に、かみ合わせが悪くなってしまうのだ。
「やるしかねえなら、やるしかねえ」
ウェンディは気合いで腕を打ち鳴らす。
3人で話して決めたことだ。
ヒイロがヌーメロン教会から処刑を宣告されたのなら、どうにか彼は逃がして3人で救い出すのだ、と。
「前方、敵だよ」
ミァハが索敵を行う。
瘴気の洞窟の中、高レベルのケルベロスやトロールが潜んでいた。
飛びかかる三つ首犬や、斧を振るう巨人。
瘴気竜の洞窟なためか、通常のダンジョンで出会うよりも強化されている。
「むぐぅうう?!」
ウェンディは巨大盾で、トロールやケルベロスの猛攻をしのぐ。
アルネが竜殺しの剣を振りかぶり、魔獣らの首を狩っていく。
「どうぅぅらああああ!」
鉄の塊の一撃で爆散!
血糊を振って、アルネは背中で語る。
「問題ないわね」
「ああ。いつものあーしらだ」
勇者と重騎士の二枚看板で、戦闘はどうにかなりそうだった。
「よかったよぅ」
ミァハは胸をなで下ろす。
このままの勢いでバハルドレイクを倒せたら、すべてが上手くいく。
そしてヒイロの恩赦を獲得して、また皆で冒険を続けるのだ。
やがて3人はバハルドレイクの間に入る。全長5メートルの紫色の竜が、眼前に立ちはだかり、瘴気の霧を吹き上げていた。
現実は過酷で非情だった。
洞窟の最深部。30体もの魔獣を狩り、瘴気竜バハルドレイクの間に踏み入れた。
結論から言うと、挑むことすら場違いだった。
僧侶ミァハは瘴気を中和しつつ、前衛二人の回復を絶え間なく行っていた。
「かっ、げはっ、かっはぁ!」
自分が瘴気を吸うのは構わなかった。
前衛ふたりの受ける傷の治療が最優先だったからだ。
「ありがと、ミァハ」
アルネが吐血しながら、感謝をくれる。
「こりゃあ逃げることさえもできそうにないなあ」
ウェンディの盾はすでに真っ二つに割れていた。
バハルドレイクのブレスは、盾のコーティングを剥がし、金属を腐食させた。さらにすさまじい膂力の尾が、しなり錆びきった盾を砕いたのだ。
バハルドレイクが口腔を広げる。
瘴気ブレスの第二派が眼前に迫る。
アルネが大剣を、ウェンディは半壊した盾を掲げブレスを防ぐ。
「きゃあぁぁぁああああああぅっ!!」
「くぅ、くはああああああああっっ!」
「ひぐぅ、きゃああああああああっ!」
二度目のブレスではふたりの鎧までもが腐食した。
ブレスの余波で、紫の霧が舞う。
翼の音。霧の中を竜が飛翔する。宙に浮き回転。空気を切り裂く尾だ。
丸太ほどの尾は、まさしく攻城兵器並みの威力を誇る。
巨大な尾が、勇者と重騎士の鎧に直撃。
ばぎゃん、と何かが壊れる音がした。
「ぐふっ」「くっはぁ」
「きゃぁあ!」
三人同時に吹き飛ばされる。壁に叩きつけられる寸前、アルネとウェンディが、クッションに入り、ミァハを守ってくれた。
ミァハが回復役だから庇って貰えたのだ。
だが僧侶としてのミァハはすでに限界だった。
結界と回復と瘴気の毒の中和をすべて同時にこなすことは難しくで、瘴気の毒を吸ってしまう。
こぽりと麗しい僧帽から鼻血がこぼれた。
「ごめん、アルネ、ウェンディ。かはっ……、息が……」
「ミァハ。あんたは足手まといだわ」
「どうしたの? アルネ……」
アルネは折れた大剣を支えにし、前にでる。
「ウェンディ。ミァハ。いままでお世話になったわね。ここからは私一人で十分だわ。この瘴気竜の手柄は全部私が総取りする。だから帰ってくれていいかしら?」
アルネの鎧は腐食し剥がれている。服も破け、露出した肌には生傷が見えた。
竜殺しの大剣も、切っ先が欠けている。
「何を、わけのわからないことを……」
ミァハは疑問を投げつつも、アルネの言葉の意味を理解した。
『瘴気竜の手柄は横取りする』というのは、『私が囮になるから逃げなさい』という意味だ。
ミァハは思い出す。
ヒイロを追放したときと同じだ。
アルネ悪ぶったことを言い始めるときは、必ず逆の理由が隠れている。
「行きなさい。ふたりとも」
アルネの一言は毅然としていた。
彼女の心はまさしくパーティを引っ張りあげる、本物の勇者だった。
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