第6話 気合と合気
「歯を食い縛れ、行くぞ」気合一発、闘魂ビンタが炸裂する光景も今は昔となった。
元プロレスラーの父親が、レスリング日本代表の娘に「気合いだ、気合だ、気合だ」発破を掛けるのも、強豪大学出身である他の選手と比較すると、悲壮感が漂い哀れだった。
戦中戦後世代が好んで気合を連発するが、場合によって、元気と言い換えられる。
「気合いが足りない」や「元気があれば何でも出来る」実際には既に限界を来しているのに、煽り運転宛らに追い詰めているだけであり、心が折れると人間は、意外と脆い。
「がんばろう神戸」や「がんばろう東北」災害復興にお決まりの文句となっている。
心身共に疲弊した被災者に対して、更に鞭打つ必要があるのだろうか、身内を不条理に奪われた遺族に対して、マイクを向けて感想を求める必要があるのだろうか、不思議だ。
優位な立場にある側から気合を強要することには、何となく違和感を持ってしまう。
炎天下の中で開催される夏の甲子園や正月早々の箱根駅伝も、伝統及び趣旨には賛同するものの、主戦投手の先発完投を称賛して、故障でも襷に拘る精神論に目を背けたい。
先発、中継ぎ、抑えの分業体制を確立すれば、消耗品の悲劇を回避出来る筈だ。
舗走路且つ高低差は、膝への負担も大きいので、グラウンドやクロスカントリーによって、ラストスパートでのスピード勝負に備えたトレーニングを成長期に採用すべきだ。
本気で取り組んでいる人にとっては、傍迷惑でしかない、独善的な意見かもしれない。
強制、抑圧、従属等の抽象的な感覚とシゴキ、可愛がり、日勤教育等の具体的な実例が交錯するのは、気合を入れる側の人は、安全地帯に身を置いて、更に激を飛ばす為だ。
男女の仲についても、相手の気持ちを考えずに、自己完結に陥り、空回りに終わる。
計画の段階から意見を聞いて、調整していれば、避けられる摩擦なのに、実行の段階になって、初めて開示するので、致命的な対立となって、悲劇的な結末を迎えてしまう。
女性が社交的な傾向が強いのに対して、男性が内向的である場合が多く見られる。
染色体の変異によって、未熟なままで誕生する男性と早熟な女性を、平等の名の元に一律的に扱う危険を考慮しつつ、機会平等を推進して、弱者にも安全網を提供すべきだ。
「男の癖に」や「男らしく」の重圧も「女の癖に」や「女らしく」の抑圧も関係ない。
「自分らしく」生きて、自由を主張して、享受するには、他者の自由を尊重するのが、前提条件になる、残念ながら寛容さに欠ける方向へ、舵が切られているように感じる。
結果平等を強調すれば、共産主義と同様に努力する動機を喪失する可能性がある。
言い換えれば、正直者が馬鹿を見る社会となり、本末転倒となってしまう、気合の有無は、内面的な反応であるが、他者との比較によって、外部から指摘される特徴を持つ。
偏狭になっている恐れがあるが、気合を強調する人は他者に寛容でない傾向がある。
真っ二つに分裂したプロレス団体では、一方は社員として福利厚生を充実させたが、他方は社員としなかった為、国民年金に加盟せずに、引退後になって、路頭に迷った。
全米No.1悪役レスラーとして大活躍しても、搾取の果てに、家族と離れて暮らす。
郷里の先輩でなく、付き人になっていた関係によって、団体を選択してしまったが、運命の分かれ道で誤った判断をしてしまい、残念で仕方がないが、後の祭りだと嘆く。
世界チャンピオンのスパーリングパートナーを務めた日本ランカーも引退後、厳しい。
身を削って、鍛練を欠かさず、闘う人よりも、暗躍して貰うべき報酬を搾取する、仕組みを構築した人が甘い汁を吸い続ける、アスリートファーストの掛け声も虚しく、響く。
スポーツ界に限らず、芸術分野でも上意下達が蔓延して、上位に甘く底辺に厳しい。
新陳代謝が進まず、若者の間に閉塞感が蔓延しており、世代間の断絶を助長して、特殊詐欺が凶悪化する等の深刻な事態が顕在化しているので、抜本的な対策が必要だ。
説教臭くなってしまったが、兜町から歌舞伎町の住人となって、気合の意味を考えた。
本来、自分の気を一つに合わせる単純な行為であるが、社会によって捻じ曲げられて、根性論に置き換えられて、他者との関係性に対立と競争を持ち込まれて、複雑になった。
兜町の住民は、新宿、池袋、新橋よりも、銀座、赤坂、六本木での遊興を好む。
個室によって、空間が閉じられており、情報の秘匿性が担保される利点だけでなく、人間関係に神経を擦り減らしているので、他者との接点を出来る限り、遮断する為だ。
松竹梅のように、飾り立てるが、風雪を忍ぶには脆弱であり、柳の強かさはない。
歌舞伎町の住民は、松竹梅の華やかさも、柳の強かさもないが、広葉樹林のように群生して、集団になることで風雪を耐え忍び、一見頼りなさそうだが、強くて優しい。
退社直前の十五年間は、係争関係にあったが、会社ではなく、個人に敵意を抱いた。
保険販売、役員によるインサイダー疑惑、親会社銀行との不適切な関係で内部告発をしたが、事前に人事異動で報復され続けたが、会社への忠誠は、全く揺るがなかった。
産業医面談及び心療内科診察を受けて、降格されるに及んで、漸く疑念が生じた。
所属部署の上司は、人事部主導だと自らの介入を否定して、所属部署の専権事項だと人事部は主張し続けたので、交渉相手が不明のまま、着実に外堀は埋められていた。
三か月から半年の期間で、異動を繰り返して、業務関与も制限されて、降格された。
「ブラック産業医にはならない」硬骨漢の産業医によって、延命されたものの、国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター病院で精密検査及び通院で万事休すだ。
52歳以上が対象である早期退職制度が、45歳以上に変更されて、条件提示された。
秘密保持が義務付けられているが、僕の条件を秘して、同期及び先輩に鎌を掛けると、「ここだけの話」前置きをしながら、具体的な提示金額を粗全員が、教えてくれた。
情報管理体制の脆弱性も熟知しており、驚きはなかったが、行く末が不安になった。
親会社銀行の人事部に対して、内部告発の経緯を残した小説「限りなくブラックに近いグレー」を送付していたので、提示金額は群を抜いた好条件であり、完全に詰まれた。
組織に所属して、月曜日から金曜日まで、拘束され続ける生活が、突如終了した。
頭では理解した心算であっても、体内時計に刻み込まれた習慣は、容易に消去出来ないので、毎朝五時に目を覚まして、真っ白な予定表を見て、溜息だけが日課となった。
二十四時間営業の飲食店も、自粛要請を受けて、六時から二十時までの時短営業だ。
話し相手を求めて、魅力的な女性を前面に出した形態の飲食店に入り浸り、女性よりも顧客との会話を渇望するので、次第に学生よりも年齢層が高い女性の時間帯を好んだ。
映画、音楽、演劇等に関する造詣が深く、夜の街を徘徊する人の話は、新鮮だった。
少林寺拳法と柔道で黒帯である人が、合気道の魅力を滔々と語るのを聞いていると、興味を覚えて、徒歩圏内にある本部道場を訪ねて、即日入会すると早朝練習に参加した。
習うより慣れろ、腕力に依存せず、人体構造に従うので、頭で考えると間に合わない。
先生と先輩によって、手本が繰り広げられて、目で見て愚直に反復するので、年少若しくは女性の上達が早く、自我が強く細部に拘る僕は、思いで迷子に陥ってしまった。
自分の経験が尺度であり、相手に身を委ねるのでなく、頭で考えて先回りしてしまう。
熟練者になると、初心者の心理状態も含めて指導してくれるが、初心者且つ頭人間同士での練習は、体型等の諸条件を無視して、手本を忠実に熟そうとするので、危険だ。
「投げられる前に、上体を逸らさないと駄目だよ」初老で小柄な男性は繰り返した。
違和感を覚えながらも、不自然に体を逸らせたが、手首を必要以上に強く掴み、直前まで離さないので、正直怖かった、左膝を折るように倒れて受け身を取るのが、遅れた。
左足首の捻挫、左膝の脱臼、肋骨の損傷によって、全治一か月と医師に診断された。
右足裏の古傷と両膝に不安があり、先生にも伝えていたが、特別扱いを回避する為、結果的に最悪の事態を招来してしまい、関係者全員に多大な迷惑をかけてしまった。
気合は一人で完結するが、合気は自らの気を他者と合わせるので、一人では出来ない。
自分の力で生きていると考えるのは、不遜であり、両親を筆頭に周囲の人々に生かされているのであり、食欲、性欲と並ぶ三大欲求に集団欲が含まれるのも、無理はない。
弱点を正直に話して、万全の態勢が取られて、不安解消に取り組んでくれていた。
整形外科に通院する為、明治通りを北上していたが、死の家の記録に集中して、池袋の手前まで通り過ぎてしまった、辛酸を舐め尽くした結果、辿り着いた洞察に慄然した。
十代は希望に燃え、二十代の野望を抱き、三十代に失望すると、四十代で絶望した。
ゲーム理論の主要な戦略である囚人のジレンマは、双方が裏切ることが合理的とされるが、何となく違和感を覚えてしまい、囚人のジレンマに対するジレンマを抱え込んだ。
診療時間内に漸く到着すると、待ち時間は二時間超、高齢者による三密状態だった。
日本人同士によるバドミントン決勝のニュースをみているとJAMを思い出した、女子アナではなく、女性アナウンサー、女優やアイドルグループ風の受付に驚愕した。
イケメン医師軍団を揃え、受付番号はHPで確認出来るので、若者は不在だった。
最低限、月一回の診察だけで、投薬とリハビリを目当てにミッチー、サッチー、サッチャー、ブッチャーに混じり、ドン・キング、つのだ☆ひろ、談志師匠風の女性がいた。
平成が終わりを告げ、慌ただしく令和に代わったが、コロナ禍で実感が伴わない。
平成二十年診療報酬の改正により、土曜日診療は三割負担で150円、一割負担で50円の値上げとなります、成程十年一昔とは言い得て妙な表現だと、何となく感心した。
布製マスクだけでなく、使い捨てマスクも重ねるように警鐘を鳴らすコメンテーター。
ドラッグストアの行列は見る影もなく、山積みになった使い捨てマスクは、値下げをしても、埃を被って見向きもされず、巣篭り需要を喚起する為、芸能人総出で称賛する。
コロナ禍によって、炙り出されたので、上手く立ち振る舞う人の影が、透けて見えた。
持続化給付金等は、迅速を旗印に実態を考慮せず、一律であるが、省庁間の利害得失によって、エッジ効果による非効率が放置される、マイナンバーも正直者は歓迎の筈だ。
件のホストとは、親密に付き合うようになり、ラスソンに拘りなく、幅広く歌った。
塗り固められた能面でなく、表情が豊かになり、腹を抱えて笑うようになった、女性に選択権があるデートクラブを舞台に二人で悪戯を企図して、一芝居を打って敢行した。
ガラス張りの待合所で、端正な容姿の彼を監視するように僕も斜め後ろに座った。
指名があると、通常は女性が条件提示するのに「連れ出して貰わないと恐ろしい目に遭わされます」心底怯えるように彼が訴え続けるので、拒絶されて消沈して席に戻る。
色男、カネとチカラは、なかりけり、諦め掛けた閉店間際に、鳥籠の中に閉じ込められた態を装った彼は、侠気及びカネを持ち合せた女性と共に、僕の掌から飛び立った。
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