第7話 夫婦の在り方

 一方、奈美は理恵に女心を分かってもらえて、万事上手く進んだ。ビロードのチーフデザイナーの水島裕子も店長の田川信枝も心から喜んでくれた。奈美は裕子にウエディングドレスを託した。

 理恵は、夫婦が一つの心で事を成し遂げようということは素晴らしいと言った。裕子は、何事も全力で打ち込むのが奈美らしいと言った。信枝は、真実の愛を貫くのが羨ましいと言った。

 奈美の周囲はみんなが自分の事のように喜んでくれた。まるで、若い娘が恋い焦がれてお嫁入りするようだとからかわれる奈美だった。純一と奈美の結婚式は豪華というものではなかったが、大勢の友人、知人、親類から祝福された。


 そして、『落花生家族』なる愛情物語を友人代表から明かされた時には、満場の招待客から拍手喝采を浴びた。

 招待客の間では改めて夫婦の在り方を問う光景があちらこちらで見られた。二人の結婚は、偶然の出来事と言えるだろうか。こうした生き方は、現代の結婚生活があまりにも不自然だからではないのか。

 会話のない夫婦、帰宅の遅い夫、すれ違いの夫婦、養ってやる式の傲慢な夫、不貞や暴力のある家庭、身勝手な生活をしている夫婦、男尊女卑が横行している夫婦、仕事優先で家庭を顧みない夫、子供中心で夫を顧みない妻、隙間風が吹く夫婦など様々に乱れ切った家庭が浮き彫りになっている。

 ただこれが問題になっているのは、今まで発言権のなかった女性や若者が口を開き、行動に移してきている現実があるからだろう。でも、いったい誰に対して耐えているのだろうか。男性も女性もみな幸福になりたい、意義深い人生を送りたいと望んでいるのに。

 結婚式は、招待客の中にさわやかな風を送り込んだ。招待客を見送る二人に、絶え間なく祝福の言葉が贈られていた。



 新居は、田舎の趣のある古民家を探し、再生することにした。広い畑も付いているので楽しみにしていた。結婚後は奈美のマンションに住み子供が生まれるのと新居が出来上がるのを待った。

 純一は身重の奈美の体を心配しながら、甲斐甲斐しく世話をするのだった。奈美のお腹がみるみる大きくなり、奈美が苦しそうにしているのを見るとやはり、高齢出産なのが気がかりだった。

 奈美は、つわりが始まり、横断歩道を急ぐと乳房が揺れて痛いことや重いものを持つとお腹が石のように固くなること、大きいお腹から足や手が押し上げられてくることなど、初めての経験を味わっていた。

 朝は7時に目を覚まし、二人で朝食の用意をする。二人で向かい合って会話をしながら食事をする。そして、二人で会話をしながら、後片付けをする。これは、女性のよくするお喋りとなんらかわりはしない。

 これが、子供が生まれたら、子供の世話を交代でしながら行うのだ。これを、女性だけでしている現状の方が大変だ。


 しかし、一人で出掛ける事もあるし、器用な二人は家で得意な手作りにいそしむ事もあった。それをお互いが覗き見したりしている。田舎暮らしでは、地域の人々と自然に帰ろうと話しているのだった。




 奈美は朝方、妙にお腹が張り痛みを覚えた。まだ予定日に二週間前だったので、気楽に構えていた。それから、おしるしがあって出産が近いことを知った。

「純一さん、もしかしたら今日生まれるかもしれないわ」

と、嬉しそうに言った。


「無事生まれてくれるといいね」

と、やさしく言った。


「陣痛が始まったわ。間違いなく生まれるわよ」


「じゃ、病院に電話しょう」


「ええ」

と言って、病院に連絡を入れた。


 高齢出産なので、病院では陣痛の間隔が15分になったらもう来るように言われた。奈美は陣痛が始まるたびに呼吸を整えながら痛みに対応していた。そして、全ての準備を済ませて、純一の運転で病院へ向かった。

 病院に着いてからは、陣痛の間隔が狭まり、純一の励ます声が遠のいて行くことに気付かなかった。しかし、握り返す純一の手の力は奈美の不安を和らげていた。純一も奈美の手から唯一伝わってくる生命誕生の力強さを感じて胸が熱くなっている。純一には出産の神聖さがひしひしと伝わって来た。そして、この思いを分かち合える親子の関係がいとおしかった。

 奈美は看護師に付き添われて、分娩室へ向かった。陣痛の痛みに耐えかねていたが、“すぐに忘れる”そして次を生みたくなると妹から聞いた事を思い出していた。後は、助産師と医者の言葉に従うしかなかった。

「おぎゃあ、おぎゃあ」

と、産声が聞こえた。


「男のお子さんです」

と、助産師が言って、息子をお腹に乗せられた。


 奈美はほっと一息つくと同時に感動が伝わって来た。助産師の赤ちゃんの世話を見ながら、眠りについた。

 純一にも男子誕生が伝えられた。純一は、しばし待たされて、奈美と息子に会うことができた。

「頑張ったね。元気な赤ちゃんだよ」


「ええ、無事生まれて良かったわ。純一さんがいてくれて心強かった」

と、微笑みかけた。


 息子の名前は恒星と名付けられた。


 二人は、この喜びの瞬間を決して忘れないと心に誓うのだった。これから愛の結晶を二人で育てて行く生活が始まる。

 その生活は、家族で永遠に回り続けるものだろうと思えた。そして、純一は五十年以上もの時間があろうとも、奈美とのこの暮らしを続けて行けると確信するのだった。

 

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