第6話 真実の愛
奈美は、産婦人科へ行って、正式に妊娠を確かめた。その後、純一に連絡を取って、奈美のマンションへ来てもらった。
「純一さん、妊娠したのよ」
と、嬉しそうに言った。
「本当、それは良かった。でも、奈美さんの体が心配だよ。その点、大丈夫なの」
と言って、気遣った。
奈美自身も分からなかった。今のところはまだ何も問題はなかった。ただ、医師からは、何事にもくれぐれも注意するように言われて来ていた。また、何かあったらすぐに飛んでくるようにも言われていた。
純一は、出来上がって来た婚約指輪を内ポケットから取り出し、奈美に言った。
「奈美さん、僕と結婚してください。出会った時から予感があり、交際が深まれば深まるほど、結婚するなら奈美さんしかいないと思ってきた。
僕は長年夢見て来た生活がある。それが今、奈美さんとなら実現できると思う」
と、婚約指輪を差し出した。
「私は子供を一人でも育てていけると思ってもみたけど、純一さんから求婚されて嬉しい。でも、今から二人で上手くやって行かれるかしら」
と、心細げに言った。
「もし、奈美さんが僕のプロポーズを受け入れてくれるなら、僕は仕事を辞めるよ。そして、奈美さんにも仕事を辞めてもらいたい。僕が夢見ていた生活というのは、落花生のような家族なんだ」
と、純一は言って微笑んだ。
「あのピーナッツ」
と、首を傾げた。
「落花生は、夏に黄色い花が開く。その花が枯れた後には、めしべの一部の子房が地中へ伸びて実を結び。そして、あの落花生ができる。
僕は今まで仕事に打ち込んで、やるだけのことを十分やってきたつもりだ。もう思い残すことはない。だから今、奈美さんと花を咲かせた後は、都会から離れて広々とした大地で子育てを二人でやりたい。
奈美さんの子房が落花生となり、それを僕が窒素化合物を供給する根瘤となって守る。何事も二人で協力してやり遂げよう」
と、奈美のわだかまりをほぐすように言った。
「家庭に入る事が、自立を阻むように思え、抵抗感があった。でも、純一さんの考えって、40代や50代の子育てで、孫の面倒ではない熟年の子育てって良いと思うわ。
私も純一さんとなら、仕事を捨てて第二の人生にかけられる。これからは、子育てを通して、豊かな人生を営んで行きましょう」
と、奈美も決心を固めた。
純一は弟の浩二に仕事を譲り、奈美は藤原理恵に仕事を譲って結婚することにした。浩二は最初、冗談と思って信じられなかった。しかし、純一が真剣に言っている事に気付いて、真面目に話を聞き始めた。
「浩二、俺も結婚することにしたよ」
と、照れながら言った。
「兄さんも年貢の納め時が来たね。おめでとう。ビロードの森下先生だろ」
「ああ、もちろん」
「でも、ビロードはどうなるの」
「お互い、仕事は辞めるよ」
「ええっ、兄さんも辞めるってどういうこと。説明してくれよ」
「会社は浩二に譲るよ」
「兄さん、冗談だろう」
「俺は真面目だ」
「兄さんは、森下先生にのめり込み過ぎだよ。男が仕事を捨てて何をするんだ。一時の気の迷いだ。確りしてくれよ。兄さんは、これからじゃないか」
と、呆れ顔で言った。
「浩二、俺は社会から成功して立派だと言われるより、妻子に立派な夫や親だと言われたいし、それがひいては自分の幸福につながると信じている。
若いうちから家庭に憧れてマイホームパパになりたかったわけでもない。それは、男女とも無理があるように思う。20や30でやりたいことを済ますわけにはいかないからだと思う。俺は、50までに自分に出来る最大の事をやってきたと思う。これは、彼女も同じ事が言えると思うよ。
しかし、二人にはやり残した事がある。それが、結婚であり、子育てだ。彼女に子供ができた。俺は自分の子供と片時も離れないで見守っていたい。子供と正面切ってぶつかって、育て上げたい。子供はある程度育ったら巣立っていくだろ。でも、夫婦はいつまでも一緒。
今の時代と逆行しているように思えるだろうが、今の時代の方が、夫婦のきずなが薄いんじゃないか。俺は、愛した彼女と子供とで自分の信じた道を歩むつもりだ」
「兄さんがそこまで考えていたとは知らなかった。俺も心から祝福するよ。そして、会社の事は任せてくれ、立派に受け継いでいく。
俺も家内を大事にしなければならないかな。夫の仕事の満足が必ずしも、妻や子供の幸せと一致するとは限らないわけだ。養うために仕方ないと言っても、兄さんみたいな男が増えたら、そんな言い訳も通用しなくなるか」
と、理解を示した。
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