第3話 離婚の相談
奈美が休日を家でくつろいでいるとスマホの着信音が鳴った。
「奈美さん、お久しぶり。私、理恵」
「あら、理恵さん」
「折り入って、話があるの。夕食でもどうかしら」
と、沈んだ声で言った。
「赤坂にでも行きましょうか」
「ええ」
「6時に銀座線の渋谷駅のホームで待っているわ」
と、理恵を心配しながらも、何も触れずにスマホを切った。
理恵は藤原勝也と結婚して20年になる。勝也は、渋谷で高級家具店を経営し、羽振りが良かった。勝也は、親から受け継いだ店の業績を順調に伸ばしてきた。
勝也は可愛らしい理恵をプレゼント攻勢で射止めた。理恵にはその時、勝也の積極性が頼もしく思えたのだった。
結婚当時から帰宅時間が遅かったが、仕事が忙しいと言われればそのように信じなければならなかった。
理恵が勝也の浮気癖に気付くには、そう時間はかからなかった。だからといって、それを問いただしても、『もうしない』と言うぐらいで終わっていた。そんな事が何度かあるうちに、勝也も謝れば許してくれるという気になってきた。
勝也は、「理恵は所詮、自分から離れて暮せるわけがない」と思っていた。また、これだけの裕福な暮らしを捨てるようなことはないと高を括っている。
理恵にしても、二人の娘のためにと我慢もしてきた。これまで親にも兄弟にも友人にも愚痴ったことがなかった。それは、理恵の見栄というより自尊心からだった。しかし、ここへ来て奈美に相談したくなった。
奈美と理恵は店主と客という関係から、次第に友達付き合いをするようになっていった。それは、理恵が良いところの奥様という立場より、奈美の自由な生活に憧れを持ったからにほかならなかった。奈美は自由な中でもって仕事で成功もしている。二人は独身と主婦という違う立場でありながら、結構楽しく交際をしていた。
そんな奈美の自由な世界がうらやましくも思っていた理恵は、何か自分の決心を聞いてもらいたくなっていたのだ。
奈美と理恵は渋谷で待ち合わせて、電車に乗った。二人は楽しい会話をするだけで核心に触れずにいた。電車は赤坂見附に着き、そこからタクシーに乗ってお目当ての店に来た。そこはゆっくりと寛げる日本料理店であった。
理恵は極力明るく振る舞っていたが、次第に深刻になっていき、とつとつと話し始めた。
「奈美さんは、結婚というものを夢として捉えられる」
と、尋ねた。奈美はやはり、その問題で悩んでいるのかと思った。
「私は結婚というものを現実として意義深いものであってほしいと望んでいるわ」
「現実は、最初に描いたものと違ってくる。現実は思ったようにならない。つまり、結婚は難しい」
「私は、結婚というものが人間である限り、子供を産む手段として捉えたくないの。ましてや、男性の世話をするための手段に使われたくない。結婚は、夫婦のやすらぎであり、その中で子育てをしたいわ」
と、若者のように微笑みかけた。
「意外ね。もうとっくに結婚に失望しているとばかり思っていた。まるで、若い女性の夢物語を聞いているようね。
私は結婚を20年も経験してきて、もう沢山という気持ちだけど、奈美さんはこれから結婚を考え、子育ても考えるのね。
これから結婚するとしても40年以上の結婚生活を送るのね。私よりも長くなるわ」
と、興味深げに言った。
「理恵さんは離婚したいの」
「ええ、主人の浮気が一向に止まなくて、今度は相手に子供ができてしまったのよ。私の娘たちも『離婚したら一緒に行きたい』と言ってくれているのよ」
と、話した。
「お子さんは、お二人とも大学生よね」
「娘は『卒業したら、理恵さんのところで働きたい』と言っているのよ」
「あら、ファッションに興味があるのね。お子さんも離婚に賛成してくれるのなら、理恵さんの決心次第。これからの自由も良いかもしれないわ。正当な権利は、全て主張してね」
二人は食事も終わって、近くにある静かなスナックへ行った。
「私は専業主婦だけど、共働き家庭でも、子育ては女性がするのよね」
「チーフや店長の話を聞くと、優しくなったとか亭主関白だとか、違いはあるみたいよ。私だったら、夫婦で子育てを一緒にしたいわ。でも、この世の中、難しいわね」
「女性が、結婚を遅らせれば良いのか。そうだったのね、今初めて分かったわ。奈美さんは、それを目指しているのね。後は、同じ考え方の男性を探せば良いのよ。でも、いないわよね」
「そうね、いないわね。それで独身なのよ」
と、微笑んだ。
「奈美さん、まだ子供だって出来るわ。夢を捨てずに結婚してよ」
と言って、晴れ晴れした気持ちになっている事に気付いた。
理恵はそんな話をしていると、自分の離婚話も忘れて、奈美の結婚を応援したい気持ちになっていた。そして、今までの自分の結婚生活とは全く違う薔薇色の家庭があるように思えてきた。
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