14
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商店街を抜けて大野駅へ向かう途中、奈江は白地に赤文字の看板を見つけて足を止めた。いつも通る道なのに今まで気づかなかった。
『美容院 アルテ 商店街北すぐ』
看板の矢印に従うように振り返る。そうして、商店街の北の方角へ足を踏み込んだ。
洋服店にパン屋、文房具店の前を通り過ぎ、アルテと書かれたガラス張りの店舗の前で立ち止まる。
ガラス越しに店内をのぞく。丸い鏡が二つに、白い椅子が二脚ある。奥には、カウンターのような対面式のテーブルが置かれていて、若者と白い金髪の女性が向かい合って座っている。
温美は接客中のようだ。そうでなくても、いきなり入店する勇気はない。
気まぐれに来てみただけの奈江がきびすを返そうとしたとき、温美が顔をあげた。こちらに気づいて腰を浮かす。どうしよう。戸惑っていると、客らしき若者が振り返る。そうしてまた、奈江は驚く。環生だった。
「さっき、らんぷやに来てた、秋也くんのお友だちだよねー? 入ってこないのー?」
ガラス扉を押し開けて、温美が立ち尽くす奈江に声をかけてくる。後ろから、環生も顔を出して、「早坂さんじゃないか」と言う。
「なになに、環生くんも知り合いなの? お客さんいないから、入ってきてよ」
環生は客じゃないのだろうか。奈江は迷いつつ、頭を下げる。
「早坂奈江って言います。帰る途中に看板を見つけたので、ちょっと寄ってみたんです」
「奈江さんって言うんだ。私、温美。矢崎温美。ここ、うちの美容院だから、遠慮しないで入って」
ガラス扉を大きく開いてくれるから、断りきれずに奈江が店内へ踏み込むと、環生が話しかけてくる。
「温美さんがらんぷやに誰か来てるって言うから遠慮したんですけど、早坂さんだったんですね」
どうやら、環生も吉沢らんぷを訪ねる予定だったようだ。
「環生くんの知り合いだって知らなくてごめんねー。らんぷや出たら、ちょうど環生くんに会って。予約のキャンセルで時間空いてるからネイルしにおいでって誘ったの」
「ネイルもやってるんですか?」
「うん、そう。本当はネイルだけやりたかったんだけどね、おばあちゃんに美容院継いでほしいって言われて、両方やってるの」
奥のテーブルに案内された奈江は、環生と並んで腰を下ろす。
「ミルクティーならあるけど、飲む?」
そう言う先から、温美はミルクティーを注いだグラスを運んでくるとテーブルに置く。環生も同じミルクティーを飲んでいたようだ。グラスを引き寄せる彼の指には、透明なネイルが施されている。
「奈江さんもネイルする? 時間あるなら、やっていかない?」
「あっ、私は」
カタログを見せてくれようとする温美を、奈江はあわてて手のひらで止める。
「興味ない?」
「ネイルだけじゃなくて、おしゃれに興味がなさそうですよね」
がっかりする温美を横目に、環生がばっさりと切り捨てる。
「素材がいいから、あんまり手を加えなくても綺麗なんだよね」
フォローなのかわからないが、温美がそう言う。
奈江だって、綺麗にしている女の子を見ると、自分はなんて雑なんだろうと気にはなる。けれど、素の顔でじゅうぶんだと思うことの方が多くて、環生の言う通り、流行のメイクには興味がなかった。
「俺はもう少し色を乗せたらいいと思うけどね。健康的になるよ」
なんだそれは。と、奈江はほおに手を当てる。不健康に見えてるんだろうか。
「奈江さんぐらい美人だったら、ちょっとチークするだけでも華やかさが出ると思うなぁ。私ね、メイクも得意だから、興味があったらなんでも聞いて」
温美は胸を張る。雑誌から抜け出したモデルのような美しさを持つ彼女の言葉には説得力がある。
「だから、興味ないんだよ、早坂さんは。強制的にやらないと、一生やらないよ、このタイプの人は」
やけに環生は辛辣に言うが、温美はおかしそうに笑っている。彼はいつもこの調子なんだろう。まあ、真実なだけに、奈江も反論できない。
「環生くんがこんなになついてるなんて珍しいね。奈江さんとはいつからの知り合いなの?」
なついてる? 全然そうは思えない。
奈江は驚いて、環生を見る。彼はなぜか仏頂面だ。
「この間、知り合ったばっかりだよ。秋也さんがよくこの人の話するから、なんか親しい気がしてるけどさ」
「へえ、秋也くんがねー。でもなんか、親しい気がするってのは、わかる。奈江さんって変にかまえてなくて、すんなり私たちのこと受け入れてくれてる感じするもんね」
それは、温美や環生の方じゃないのだろうか。初対面の人は昔から苦手だ。受け入れられるようになるのは時間がかかるし、親しくなれないまま疎遠になるなんてあたりまえのようにある。
「一般的な人の典型だよ」
「わかる。はみ出しものだもんね、私たち」
環生と温美は顔を見合わせて、にやりと笑い合う。
どうにも褒められている気はしないが、怒る気にもなれず、奈江はミルクティーにほんの少し口をつける。
「環生くんさ、ギフテッドなんだよね。私はただのひねくれ者なんだけどさ。生きにくさは一緒じゃない? だから、普通の学校に通うの大変だったんだ」
温美は世間話をするように、そう言う。
「そういうの、言わなくていいよ」
「だって本当だもん。まあ、一緒にするなって気持ちはわかるけど?」
温美はからりと笑って続ける。
「私たち、理由は違っても、なかなか友だちができなくて、学生時代は苦労したんだよね。でもさ、友だちには憧れてた。私たちを傷つけない友だちに。そういうの、秋也くんは近くで見てたから、私たちのためにアプリ開発するって、話し相手AI作ってくれたんだよねー。なんてアプリだっけ?」
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