第11話 ココロニウツリユクヨシナシゴト

ワタシは内部通報について確認した。


以前に面談した証券の先輩にヨータさんとワタシが関与して内部通報について意見を求めたが「ヨータ君にも聞かれたが、抑々証券なんて最少努力で最大成果求める輩の坩堝、君もその口やろ」と取り付く島さえも与えなかった。


「ヨータ君は上司の話を真に受け過ぎだ、適当に聞き流さないと健康に悪い」と言って「大学院でファイナンスを勉強したから難しい話ばかりで酒が不味くなると注意しても懲りずに話してくる」と苦笑いをした。


「最初はデリバティブを研究する心算でいたようだが、リーマンショック直前に胡散臭さを感じてコーポレートガバナンスに乗り換えたことだけが評価に値する」と目を細めて「しつこいを熱心に変えるのがヨータ君の真骨頂だけど、相場観はなかったな」と感慨深げに語った。


「箸の上げ下ろしまで指導する大蔵省の指導による護送船団方式は、メインバンクを頂点とした持ち合い株で最高決定機関である筈の株主総会はシャンシャンで終わらせることが、主幹事の真価が問われる為体だから、常識的に考えても健全な資本市場が育つ訳がない」と悔しそうに語った。


「悪名高い営業特金と損失補填も元を質せば、銀行による野放図な貸付が源流であり、総会屋を筆頭に闇紳士への資金供給が不動産と株式市場に還流して過剰流動性によるバブルが発生して制御不能となった」と歴史としてしか知らない事情を説明した。


「バブル崩壊後、未だに立ち直れない原因は、米国では消費者が主役となっているのに日本では依然として供給者の守護神としての縦割り行政が呪縛霊の如く存在しているからだ」と断言した。




ワタシは一般論でなく核心に迫った。


ヨータさんと先輩が単なる飲み友達でないことは明らかとなったので「クリスチャンネームで呼ばれていたヨータさんの盟友を知っていますか」と質問をした。


「年寄りの小言と冷酒は後で効いてくると言う格言は聞いたことないか」と肩透かしを食らったので「のんびりと昔話している暇はありません」と気色ばむと「ヨータ君が一番必要としていた時期に君は逃げ出した、その事実から目を逸らして、都合の良い情報だけ掻き集めて、ボクなりに努力しましたで満足か」と反撃された。


これまでの経緯を説明し、ワタシと不倶戴天の好敵手に起こった出来事を打ち明けると「世の中が自分中心に回っていると勘違いしているのと違うか、ヨータ君を見縊ったらあかん」と一喝すると「前回はボクと言っていたが、今回はワタシと言っていることだけは少しだけ評価しよう」と豪快に笑った。




ワタシは謙虚に耳を傾けることにした。


牽強付会な自説に拘り過ぎていたことだけでなく、証券への不信感が先輩を試す不遜な態度に繋がったことを反省した。


「外資系親会社に出向して、根底にある白人至上主義が極東にある島国から富を簒奪することを躊躇しない思考回路だと悟ったが、所詮は単なるニッチなので、大勢には影響はないが、メガバンクの看板で同様のことが行われたらと考えると背筋が寒くなり、逃げるが勝ちと考えて早期退職制度を利用した」と背景を説明した。


「ヨータ君も誘ったけど、年齢が足りないだけでなく、最悪のシナリオを回避する為、孤立無援の状態で、対峙し続ける悲壮な決意をしたようだ」と話し「新規公開株や仕組債も外資系親会社が自分の土俵で手数料稼ぎするのは見過ごすことは出来るが、メガバンクの威光を最大限に利用するとなると次元が異なり、資本市場を歪めてしまう」と真剣な表情で語った。




ワタシは捻じ曲げられた市場を憂いた。


新規公開に至るまで一番資金繰りが厳しい時期に銀行の貸付を期待することは難しく、闇紳士の甘い囁きに応じてしまい、ある程度資金繰りの目途が立つと掌を返したように銀行が日参して関係性を構築に奔走する時に問題となるのは、既存株主である闇紳士の持ち分であった。


消費者金融の上場に際しては暴力団や右翼が入り乱れて甘い汁に群がったが、大なり小なり似たような光景が見られることが問題であり、新規公開が出口戦略となれば高成長を当て込んだ投資家は期待を裏切られる。


マネーロンダリングの温床となるだけでなく、上場の際にはネット証券を中心に配分目当ての一族郎党挙げての口座開設だけに留まらず「オレオレ詐欺」の「出し子」のように見せ金を貸し付けて借名口座の疑いも多発している。


闇紳士が暗躍している噂も絶えず、限定販売商品を事前に買い占める「テンバイヤー(転売屋)」が差配する「並び屋」と同様に合法的なシノギに組み込まれ、新規公開株は初値天井の惨状が目立つようになった。


仕組債の弊害は利益限定で損失無限定であり、運用規程で債券投資に限定されない投資家が購入する必要のない「不機嫌な商品」なのに、手数料の誘惑には逆らえずにコール条項も発行体にとって有利であるが、恰も投資家に有利かのように償還を前面に吹聴して販売され、アレンジャーは組成時と期間中の相場変動でも参考指標として役に立つので「一粒で二度美味しい」まさに打出の小槌となっていた。


私募債の場合はアレンジャーだけがノックイン価格及びコール価格の情報を得ることが出来るので、ディーリング部門は市場変動に対して有利となり、公募債の場合は市場に対してオープンリーチを宣言しているも同然であり、格好の標的にされてしまうことは最大手がITバブルの最中に一兆円ファンドを打ち上げたことにより高値掴みさせられた教訓に学ぶことさえ出来ていなかった。


日経平均は値嵩株の感応度が非常に高く数銘柄の変動で投資家心理を揺さぶることが簡単に出来る特性を悪用したヘッジファンドの台頭により、ネットトレーダーが跋扈する鉄火場に変貌してしまった。




ワタシは内部通報者の末路を聞かされた。


「ヨータ君は現状を憂いて提言を行っていたが、親会社銀行は健全な市場よりも目先の収益に拘って、地方創生よりも東名阪以外の地域を切り捨てる選択をして、ヨータ君を排斥することに全力を傾けた」と説明した。


ヨータさんは公益通報者保護法を順守しており、上司に相談して決裂に終わった場合に内部通報を利用したが、上司は事前に人事権を行使する悪循環に陥っていた。


「当初、ヨータ君は親会社銀行に期待しており、M&Aを管轄する部署の内部管理体制を構築に貢献していたが、銀行出身の役員によるインサイダー取引を内部通報したことにより、危険人物とされて口封じに大阪に飛ばされると大人しくするどころか反骨精神を発揮して、ソーラーパネルや自動販売機の設置を斡旋した銀行が違法な手数料を証券でM&A手数料として不正計上する所謂請求書発行業務の存在も内部通報して厄介者として放浪生活が始まった」と暗に非難を口にした。


公益法人営業部では銀行主導の寄付金やインターンシップを利用したバーター取引、事業法人営業部では貸付や取引先の紹介に対する見返り、プライベートバンク部では会社への貸付の見返りを経営者に背負わせる仕組債販売と禁止されている個人携帯使用を内部告発したことで、実際に行政処分も下されたが人事上の報復が覆ることはなかった。


所属部署でなく、内部通報の対象が人事部となると調査の結果を受けた歩み寄りの姿勢を見せた担当副部長が突如人事異動となり、反故にされ続ける無理筋が罷り通った。


「挙句の果てに窮余の策としてヨータさんが希望する産業調査部への人事異動を画策すると共に懐柔策として産業医との面談、心療内科への通院により、病人扱いとする合わせ技一本により、念願の降格処分を実現した」と吐き捨てるように言った。


「産業調査部ではフィンテックや仮想通貨のレポート作成を拒否してジェロントロジー(老年学)やダイバーシティ2.0、DX(デジタルトランスレーション)を執筆したことで銀行出身である副部長の不興を買い、陰湿にも悉く邪魔をされ、本来求められる地方創生による先憂後楽を愚直に唱える正論よりも東名阪に特化して新規公開による目先の利益を安易に貪る俗論が採用された」と捨て鉢に言い放った。


ヨータさんは上場企業の一割未満しか直接金融を利用せずに間接金融に依存しており、グローバルスタンダードと言う名の美名の元に益々上場コストは上昇する東京市場に疑念を持ち、プラットフォーマーとして君臨する米国企業のようにベンチャー企業を内包することで内部統制を健全化させると共に規模の経済を享受出来るようにTOBを国家戦略として活用すべきと提言していた。




ワタシは会社と社会の隔絶に震撼した。


「ヨータ君は公益通報者保護法の第二段階である監督省庁に通報したが、金融庁は更なる行政処分に及び腰で参考扱いとし、厚生労働省は都道府県に設置されている労働局へ相談するように斡旋し、公益通報者保護法の管轄である消費者庁は金融庁及び厚生労働省を斡旋した、縦割り行政の弊害による盥回しされた」と憎しみを込めて話した。


第三段階であるマスコミ等への通報を躊躇うヨータさんが出会ったのが、クリスチャンネームで呼ばれる盟友であった。


骨董市に出店していた両親から紹介され、親しくなるとブラインドサッカーのボランティアをしていたヨータさんがスマートフォンの可能性を問うと「既に取り組んでおり、国内メーカーよりもハンディキャップを克服する機能が充実しています、付け加えると障害者雇用も日本のように数値基準を満たすアリバイ工作や補助金目的ではなく、言葉は悪いですが、高齢化社会を迎える水先案内人若しくは先達者である彼らも戦力として、適材適所で活躍しています」と説明を受けて急接近した。


「米国では事業会社が金融に進出することは出来ないが、日本では検討の余地がある」と回答を得るとヨータさんはクラウドファンディング、マイクロファイナンス、サブスクリプション等のフィンテックへの参入を提案した。


富裕者層向けサービスがファンドラップに見られるように貧困であることを訴え、利益相反のないラップアカウント、相続税対策の名を借りた人生を棒に振るパーマネントトラベラーではなく、後継者育成若しくはM&Aによる出口戦略の必要性と日本における美術品市場も閉鎖的であり、海外市場との乖離が深刻であり、金中心でなく人中心への転換を切実に訴えた。


盟友は「現在、業務では中国本土の撤退も含めた非常に厳しい局面にあり、個人的に参画している短編映画が国際映画祭に参加するので、落ち着くまで待って欲しい」と前向きに検討することを確約した。


残念ながら欧米の映画祭に旅立つ壮行会の席上、突然の体調不良により救急搬送されたが、既に心肺停止状態であり、手の施しようがなかった。


「ヨータ君は落胆しながらも公益通報者保護制度の第三段階若しくは法的手段を選択肢として検討している矢先のことだった」と疑念を隠さずに語った。


「傷口に塩を擦り込むようではあるが、頼りにしていた君が去ってヨータ君は孤軍奮闘して満身創痍の状態だった」と語り、シンクタンクでインターン留学生への不利益雇用と対照的な幹部によるお手盛り出張を内部通報していたヨータ君は信頼していた後輩からも監視されており、事前に報告を受けた幹部により手痛い反撃に遭い、公益法人営業部では窮余の策であったが、反対に同僚を監視していた過去を深く恥じて社内の人間と交流することを極端に避けていた。


「全ての歯車が狂い始めたのは、名古屋時代のクリスマスだと後悔して守るべき対象を誤った為、元妻と妹そして君の信頼を同時に失ったと自分を責め続けていた」と衝撃の事実を告げた。


「先輩の誘いを受けていたワタシを見捨てられずにヨータさんは付き合ったことを後悔していたのですか」と尋ねると「そうではなく、弱者である元妻や君は守るべき対象であり、職場の人間関係を考慮したことこそ根本的な間違いであった」と後悔し続けていた。


ヨータさんの無念を晴らすことが主要な動機と考えていたが、大きな間違いであり、時が止まってしまった自分自身と決別する為、乗り越える必要がある壁だと認識を改めた。




ワタシは社外との交流にも着目した。


先輩との面談は少なからず衝撃を受け、心身ともに疲弊したが、連休を利用した窮屈な日程を組んでいたので、気持ちを奮い立たせて町議会議員との面談に臨んだ。


「ヨータさんが政治的な関心を持ち始めたのは、あなたの影響ですか」と尋ねると「とんでもない、前職であるスポーツ新聞の早期退職制度を利用して町議会議員選挙に立候補して当選しましたが、寧ろヨータさんに背中を押されました」と強く否定した。


「ヨータさんが政治的な関心を持った原因を御存知ですか」と問い直すと「元々、世の中に存在する理不尽に対して敏感であり、正直者が報われる社会の実現を強く意識していましたが、積極的な行動を開始したのは大阪の地域政党が国政進出を目指して開講した政治塾に参加した経験だと思います」と控えめに答えた。


政治塾では前回の大阪万博を差配した元通産官僚を筆頭に外交、社会保障等の分野における第一線級の講師を招聘しており、内容的にはヨータさんも満足していた。


全国一律で校舎の設計を統一している為、沖縄県では南向きの窓から入る直射日光による健康被害、北朝鮮拉致被害者に対する政治の無作為、外国人扶養家族による健康保険の不正利用等の社会問題と幼稚園は文部科学省が管轄しているが、保育園は厚生労働省が管轄している為、一向に進捗しない幼保一体議論や都道府県別警察による犯罪情報の散逸が与える非効率、民事不介入の原則により、被害者となるまで保護されないストーカー犯罪等の縦割り行政の硬直性が生み出す弊害を改めて意識するようになった。


講義そのものは意義深いものであったが、参加者は真面目な考えを持つ者よりもブームによる風に乗って、中央政界に進出を目論む地方議員等と得体の知れない一発屋を狙った烏合の衆が群がっていた。


本科選抜の面談に至っては、人格、能力及び主張そのものよりも立候補への強い意向及び500万円の寄付金だけが基準であり、唖然としたヨータさんは班長でもある大阪府議団の幹事長に「右も左も関係なく員数合わせでは遅かれ早かれ内部崩壊が生じる、立候補者ではなく参謀も必要である」と主張して「憲法改正の是非を明確にすべきであり、議論することさえ避ける現状こそ、民主主義の形骸化だ」と警鐘を鳴らして退会した。


ヨータさんの指摘したように促成栽培で目立ちたがり屋が性分である塾生出身の議員は当選早々から見識のなさを露呈し、学級崩壊の様相を呈した異常事態により、カリスマ弁護士は共同代表を辞任して、政党から距離を置いていた。




ワタシは問題のない範囲で情報共有した。


前回の面談で聞いた「道の駅移転問題」がヨータさんの死に関係があると思うか」を確認すると「当初こそ可能性も考えたが、所詮は田舎の縄張り争いであり、生命の遣り取りまで発展する筈もなく、単なる脅しに過ぎないと確信しています」と冷静に答えた。


これまでの経緯を踏まえて、面談を終えた保険金受取人はヨータさんの死には関与してないと判断していたので、守秘義務違反が問われる情報共有は必要ないと判断した。


町議会議員は元妻と同級生なので、元妻が亡くなっていた事実と彼女の父親と面談をしてワタシはヨータさんの死には関与していないと判断していたが、他に恨みを持っている人がいないかを念の為に確認した。


「彼女に好意を抱いていた人は少なくありませんでしたが、卒業から三十年弱経過しているので、関係ないと判断して問題ありません」と断言した。


元同僚や先輩から聞いていた内部通報による会社との係争関係及びワタシが巻き込まれた不倶戴天の好敵手による妨害行為も含めて説明した。


「残念ながら法学部を卒業してからスポーツ新聞で競馬の番記者をしていたので、経済に関しては知見を持っていません」と正直に答えると敢えて感想も控えた。




ワタシは東京郊外の市長選挙を説明した。


「統一地方選挙でも一番の注目となって連日報道されていたので、当然知っていましたがヨータさんが関わっていたことは聞いていませんでした」と言って「過去にハイジャックして北朝鮮に逃亡したグループの関係者が市議会議員選挙に立候補したこともあったので、複雑な事情があることは容易に想像出来ます」と言葉を濁した。


骨董市を通して理事長やクリスチャンネームで呼ばれる盟友だけでなく、亡命華人との交流を説明すると「ヨータさんの立ち位置は基本的に保守なので全く驚きません」と前置きをして「証券に所属しているので、経済に関する発信は制限されていましたが、政治に関しては鮮明且つ頻繁に発信していました」と驚くべき事実を明らかにした。


特定秘密保護法や安保体制に反対する学生運動に対しては辛辣であり「窮状や苦情を訴えているだけでは真の平和は実現しない、領土拡大に貪欲な隣国の存在を無視して、同盟国を貶める報道機関の姿勢も問題である」と声高に叫び「日田さんの住んでいる町は、中田さん、露田さん、韓田さん、北田さんとのご近所トラブルが絶えず、一番気の合う台田さんは中田さんに睨まれていて、自治会にも入れない状況なのにお父さんは仕事が忙しいので、隣町の自治会長である米田さんに全て任せっ切りの家族って変じゃないですか」と過激な主張を繰り返していた。


東京裁判(極東国際軍事裁判)は「勝てば官軍」の最たる例であり、ドイツとは異なり人道に対する罪(C級犯罪)は問えないと平和に対する罪(A級犯罪)を設けて、通常の戦争犯罪(B級犯罪)で判事全員一致の有罪判決を目指したが、インドのパール判事は戦勝国によって作られた事後法は国際法違反と被告人全員の無罪を主張した通称「パール判決書」も度々引き合いに出した。


政権を揺るがしていた学校法人との国有地売買についても「隣接する学校法人に地籍調査で購入を拒否された曰く付きの不動産であり、基礎自治体が防災公園として購入した金額と比較しても問題等はなく、強引に紹介しながら突如辞任をした弁護士、革新政党の秘書に転じたジャーナリスト及びコンクリート業界の問題は闇に葬り去られている」と指摘していた。


獣医学部の開設についても「地方公務員の人気こそ高いが、都市部で小動物の臨床獣医師を開業する方が金銭面でも報われるので、地味で過酷な獣医枠は軒並み転院割れで常時不足しており、岩盤規制による既得権益を維持する以外の何物でもない」とバッサリ切り捨てていた。


ネット右翼と呼ばれる連中とは一線を画して根拠を示していたが、GHQ作成の「眞相はかうだ」から「眞相箱」や「質問箱」等と形を変えながら国営放送を通して、植え付けられた歴史観が主流を占める現状では異端視される危険な思想と非難された。


公安警察、内閣情報調査室、公安調査庁による不毛な縄張り争いの結果、情報天国と揶揄され続け、時代錯誤な破壊活動防止法を国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する方室案、通称「スパイ防止法案」を制定の重要性を訴え続けていた。


軍部の暴走が唯一の原因とであると臭い物には蓋をして、国民生活を厳しき弾圧した官僚や戦意高揚を煽った報道機関は反省することなく、掌返しによる自らの正義を訴えている有様であった。


情報収集によって少しずつ輪郭が見えてくると考えていたが、実際には対象が無限大に拡大してしまい、発散していく矛盾に打ちのめされた。




ワタシは更なる驚愕の噂を耳にした。


「出所不明で裏付けのない噂であるが、ヨータさんが亡くなる半年前からヨータさんの妹が学校や地元の会合に顔を出さなくなっただけでなく、ヨータさんが階段から転落する直前の助けてくれ、介抱してくれた人への許してくれ、亡くなる直前のこれで何もかもと言ったことは、何れも彼女から親しい新聞記者へ内密に伝えられた」と実しやかに噂されている事実を教えてくれた。


愈々、最後の保険金受取人でもある彼女と対峙する必要に迫られていることを意識せざるを得なかった。




ワタシは入手した情報を上司に報告した。


報告を聞き終えると陰鬱な表情を浮かべ「明らかに我々の業務範疇を超えており、これ以上の深追いは危険です、早急に最後の保険金受取人との面談を実施して下さい」と指示された。


ヨータさんの妹とワタシの関係性を告白すると「正直に報告してくれてありがとう、ある程度の事実は把握していたので、このまま継続して頂いて結構です」と含みを持たせて継続を了承した。




ワタシは喫茶店で理事長にも報告した。


喫茶店には理事長だけでなく、亡命華人も同席しており、親友と先輩と町議会議員から聞いた情報を報告した。


二人とも言葉を発することなく、瞑目しながら聞いていたが、聞き終わると「それを聞いた上で、君の考えを聞かせて欲しい」と質問された。


親友との面談については「元妻も既に亡くなっており、生命保険金受取人からも除外されているので、彼女の父親と町議会議員の話からもヨータさんの死とは無関係と思う」と述べると「第三者的な立場から綺麗事を並べるのは卑怯だ」と一喝された。




ワタシは包み隠さず話す決意をした。


「名古屋でのクリスマスはヨータさんを巻き込まず、ワタシが対処すべきでした」と搾り出すと「元妻のヨータさんに対する不信感は夜遊びが原因であり、殆どがワタシも同席していたのに苦手意識が先立って逃げてしまいました」と一気に告白した。


理事長は大きく頷いたが「ヨータさんの妹さんからの依頼は」と容赦なく詰問され「証券内部の事情を一々説明するのは億劫だったので、何かと理由を付けて逃げてしまいました」と曝け出すしかなかった。


追撃は休むことなく「闇雲に内部通報するのでなく、優先順位を付けてとヨータ君は言わなかったか」と問い質されたので「焚き付けるだけ焚き付けて、形勢が悪くなると逃げてしまいました」と吐き出すと熱い涙が頬を辿った。


理事長は微笑んで「完全燃焼した挑戦は失敗しても立ち直りも早いが、不完全燃焼に終わった逃亡は癖になる」と言って「救世主の磔に立ち会った高弟でさえも三回も逃げたので、決して恥ではない」とハンカチをそっと渡してくれた時、十五年間の桎梏から解き放たれたように感じた。




ワタシは思いの丈を一気呵成に話した。


先輩との面談は連日連夜熱く語り合ったヨータさんとの議論を思い出し「一番必要とされた時にワタシが逃げた後も寸分の揺るぐことなく、孤軍奮闘していたのに」と言葉に詰まると「下を向いても仕方がないので、前を向きましょう」と亡命華人が助け舟を出してくれた。


「健全な市場形成を阻害する要因を排除する声は目先の収益を優先する大声に掻き消され、人道に悖る相互監視によって真綿で首を絞めるように追い詰められていた」と状況を説明した。


ヨータさんは「罪を憎んで人を憎まず」を体現していたので、土壇場で裏切られることが繰り返されても自らは不意打ちや騙し討ちは決して用いなかった。


証券の社員組合は所謂御用組合であり、将来の幹部候補が経営との絆を深める為、選抜されており、組合員ではなく経営の別動隊であった。


当初、社員組合に対して内部通報を行っていた為、執行委員長はヨータさんの窓口で書記長がワタシの窓口であったが、巧妙に楔を打ち込まれたので、疑心暗鬼を生じていた。


人事異動ではヨータさんは希望通りのシンクタンクであったが、ワタシは大阪府下の営業店に配属された為、微妙な空気が流れてしまい、次第に疎遠になってしまった。




ワタシは心の闇を全て打ち明けた。


「ヨータさんが亡くなった時、会社と係争関係にあると聞いて、何かの間違いではないかと咄嗟に思った」調査を続けながら「裏切ってしまった罪の意識を軽減する為、ヨータさんが変節した証拠を見付けて、気分的に楽になりたいと望み続けていました」と正直に打ち明けた。


「仲間割れを誘発するには、相互の連絡を遮断して一番の弱者が狙われるのが常道であり、最も卑怯な手段です」と亡命華人が慰めてくれ「日本人の不幸は世界で一番安全且つ平和を満喫しているのに、欠けている部分を必死で探し続け、悪意に対して無防備で簡単に騙されてしまうことです」と続けて発言して深く嘆息すると、堰を切ったように涙が止まらなかった。


「君自身の失われた十五年がヨータ君の思いと重なって良かった」と理事長は心から述べると「ヨータ君の行動には其々意味があるだろうけど、今後の人生に生かすべきであるが、真っ先にすべきことは最後の保険金受取人と一刻も早く面談が君の使命だ」と強く促されると醜悪な老廃物を流し尽くしたかのように不思議と涙が止まった。


「ヨータ君が並々ならぬ決心を持ち行動していたことは紛れもない事実であるが、そのことがヨータ君の死に直結するというのは短絡的であり、対象が無限大に拡大してしまって、冷静な判断が出来なくなり、不毛なだけだ」と理事長が語ると「陰謀論に固執すると真実が見えなくなる、それを言い出したら私と理事長が生きていることさえ奇跡になってしまいます」と亡命華人が議論に終止符を打つ発言をした。


参考文献


「アメリカ金融革命の群像」ジョセフ・ノセラ著野村総合研究所訳 野村総合研究所


「最強の経済ヤクザと呼ばれた男 稲川会二代目石井隆匡の生涯」山平重樹 幻冬舎アウトロー文庫


「武富士対後藤組」木村勝美 文庫ぎんが堂


「ブラックマネー 「20兆円闇経済」が日本を蝕む」須田慎一郎 新潮文庫


「日本の聖域(サンクチュアリ)アンタッチャブル」「選択」編集部編 新潮文庫


「異形の大国 中国 彼らに心を許してはならない」櫻井よしこ 新潮文庫


「秘録 東京裁判」清瀬一郎 中公文庫BIBLIO20世紀


「東京裁判 幻の弁護側資料 却下された日本の弁明」小堀桂一郎 ちくま学芸文庫


「パール判事の日本無罪論」田中正明 小学館文庫


「敗因を衝く 軍閥専横の実相」田中隆吉


中公文庫


「占領軍の検閲と戦後日本 閉ざされた言語空間」江藤淳 文春文庫


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