第4話 コウキトテキイ

ボクは本格的に骨董市の聴取を始めた。


周辺への聴取では雲を掴むようで取り留めもなかったので本尊である理事長を訪問すると「ヨータ君のことは何から話せばいいですか、知っていることであれば包み隠さずお話します」とボクの緊張と裏腹に好意的な反応であった。


ヨータさんとの関係と現在の任務も正直に話し「ヨータさんのことをもっと知りたいです」と率直に伝えると「関係と任務のどちらか一方だけ強調していたなら門前払いにしようと考えていた」と何もかもお見通しのようであった。


最初会った時、ヨータさんは「大阪で購入した浮世絵を神田の古書街で転売したら利益が出たので、趣味ではなく本業にしていきたい」と語ったので「女手一つで育てて貰った自分は当時の大企業への就職さえ出来なかった」と置かれている立場が掛替えのない賜物であることを強調して軽く諌めた。


暫く見えなくなり久しぶりに訪れると「民芸派運動に共感を覚えるから民芸派を中心に購入していたが、転売したら今回は大損だった」と意気消沈していた。


「人間国宝になるには大金が必要なのでどうしても大量生産になり、窯物中心の粗悪品が多くなるので、人気がなくなってしまい代表作以外は見向きもされなくなってしまう」と話して「作家の名前で購入していたら目が曇ってしまい見えるものも見えなくなる」と助言した。


人間国宝を蹴った板谷波山、北大路魯山人及び河井寛治郎の方が評価されていることだけでなく、絵画の世界でも日本では大御所と呼ばれている画家の作品も「井の中の蛙」で世界的にも評価されているのは稀であり、藤田嗣治、棟方志功等海外で活躍した若しくは海外の権威のある賞を受賞した少数に限られることを話した。


音楽界の才能が日本から海外に飛躍している現状と比較し、帝展から日展に続く「内弁慶」な美術界の不幸であり、作品の出来でなく名前と号数で価格が算定される日本独自の悪弊についても言及した。


「師匠に付いて勉強させて下さい」と言い出したので「弟子は取るつもりはないから同好の友人としてお付き合いしましょう」と意向を伝えると帰省や会社の行事でない限り、毎週訪ねて来るようになっていた。




ボクは本題に入る切っ掛けを探した。


流石にヨータさんが心酔するだけあって、興味深い内容ではあったが、骨董に関する薀蓄を聞きたいから来たのではない。


このままでは本題から遠ざかるばかりで埒が明かないと意を決し掛けたが、出店者の視点が二人に集中しており、意味なく歩きながら一言も漏らすまいと耳だけは傾けていることに気が付いた。


一瞬だけ険しい表情をすると声を一段下げて「先週にヨータ君の写真を持って派手に動き過ぎだ」と鋭く一声を発すると茶器を片手で持ち上げた観光客に「持ち上げる時は両手で持って下さい」と警告した。


その後、値段を聞かれると「幾らだったら欲しいですか」と聞き返し安値を言われると「ごめんね、お譲り出来ません」と答えると「フリーマーケットの感覚で立ち寄る人ばかりで骨董目当ての方は殆どいません」と嘆いてみせた。


逸る気持ちを抑えきれずに軽率な行動をとってしまったことが仇となり、好奇の目にさらされることになってしまったので、今日のところはこれが潮時だと観念してお礼を述べて辞去した。




ボクは空白の時間を辿ることを決めた。


同期の言い分を鵜呑みにして理事長と呼ばれる人のことを警戒過ぎた為、周囲に波紋を生じさせたことは痛恨の失策であった。


関係と任務を両立しようと考えれば、結局後者が優先してしまうので、ヨータさんの両親とお姉さんの思いを背負っていくことこそ必要とされていた時にヨータさんを裏切ってしまったボクの使命だと決意した。


上司には最低限の報告は欠かさず、それ以外に与えられた業務をより効率的に取り組むように心掛けると「行き当たりばったりで、計画性に掛けるのが弱点だったが、仕事に取り組む姿勢も人が変わったようだ」と褒められる好循環を生み出していた。


実際に厚生労働省の統計でも平成10年以降は「医療機関における死亡割合」も八割を超えているので、殆どの案件はパソコンと電話だけのデスクワークで事足りた。


尤も面倒な相続手続きが必要でなく、最も手軽に現金化出来ることこそが生命保険の魅力なので、当たり前と言えば当たり前の話である。


証券での新規開拓の魅力に比べると保険の調査は地味で馴染めずにいたが、我儘を言って営業から転籍させて貰った業務なのにボクはずっと逃げ続けていた。




ボクは骨董市にも馴染んでいった。


理事長には証券の同期からも「ヤクザマンションの理事長と聞いていたので必要以上に警戒していた」と正直に理由を述べると「ヨータ君を貶める為、私の存在が悪い方に強調されていたのか」と悔しさを隠し切れないようだった。


都心で不動産業を営んでいたので、地上げにも加担しており、今の常識から見れば阿漕な仕事もあったから真っ白とは言わないが、決して反社会勢力に該当しないと強調し、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以降、暴対法)と個人情報の保護に関する法律(以降、個人情報保護法)の影響でヤクザマンションという有り難くない通称も影響して理事の担い手を探すのも一苦労だと心情を吐露した。


職業上の守秘義務違反にならない範囲でヨータさんとの関係を説明すると品定めするような態度を一変させ近隣の出店者にも「ヨータ君の幼馴染」と紹介して回ってくれた。


都心の人にとってはヨータさんとボクの実家も十把一絡げであり、後輩で現在は生命保険会社の調査員と名乗ろうものなら村八分に会うことが予想出来るので好意に便乗させて貰うことにした。


日本そのものが超高齢社会に突入しているので、無理もないが骨董も外国人の参入以外は殆ど皆無であり、ヨータさんは一部例外を除いて誰からも愛されていた。


日本人の潔癖症でありながら権威に弱い体質は本物と偽物以外を認めないのに茶器そのものよりも伝来と箱書きを重視する特徴があることを理事長は「風神雷神図屏風は俵屋宗達だけでなく、本阿弥光悦も酒井抱一も認められているのに」と言って「質の良い倣古品の価値も認めなければ、良いものと普通のものと悪いものを並べて比較することが出来なくなり、美術品全般に対する理解が表面的で他人の評価に依存する浅薄なものに成り下がってしまう」と危惧していた。


「目だけに頼るのでなく直接触ってみれば違いが判る」と言って「古色付の技法を比較すると国民性が理解出来る好材料であり、中国は土に埋め、韓国は薬品を用いて、日本は燻すことが多い」と教えてくれた。


好奇の目に晒されることは時間の経過と共に減っていったが、その数は決して多くはないが射るような敵意の存在を感じることが度々あった。




ボクは骨董市を心待ちするようになった。


ヨータさんは仕事上の悩みも理事長に相談していたようで概ね知悉していたが、その内容は銀行が親会社になっていたことでボクの理解を遥かに超える事態となっていた。


退社する原因となったIPOに関しても一部の投資家への優遇という不公正だけではなく、銀行の都合で安易に上場させるので、初値天井で見向きもされなくなる市場に対する不信感による一般投資家の減少による悪循環だけでなく、銀行の資金回収と資金洗浄に利用されている可能性も否定出来なかった。


上場前に高成長の頂点に達しており、上場後に下方修正や醜聞が頻出することは品質管理よりも主幹事は収益と配分比率の甘い汁を吸い尽くして粗悪品を濫造していると言われても仕方ない状況である。


また、CAR(CumalativeAbnomalReturn)等の技術革新によりインサイダー取引の摘発が容易になったことによって、市場を悪用した資金調達が新規公開に集中してしまった弊害も見過ごすことは出来なかった。


ヨータさんはグローバルスタンダードの名の元に雁字搦めにされるのでなく、大多数は市場で資金調達も出来ずに上場維持費用を垂れ流しているのが実態であり、上場を目指すよりもM&Aを通じた出口戦略を柔軟に活用して敢えて「鶏頭牛後」を選択することで大企業の一部門として体制整備と業務の多様化を図ることは米国株式が好循環を生んでいる源泉であり、反対に非上場化で地元密着を目指すべきだと主張していた。


東京市場の一部指定基準は時価総額で二十億以上と曖昧且つ甘いので、殆どが第一部に所属する歪な構造であり、値嵩株で指数が乱高下する日経平均と機関投資家の投資対象でない銘柄を多数含むTOPIXの特徴を悪用され所謂「黒目のガイジン」によるカジノの様相を呈しており、デイトレーダー以外の個人投資家には敬遠される悪循環に陥って四苦八苦していた。


金利低下で窮余の策として利用されていた仕組債に関しても相場観でなく、金利水準だけで銀行主導で外資系証券が組成し、販売会社に堕しており、ボラティリティの高い発展途上国通貨や個別株は言語道断であり、歪で不健全な市場形成の元凶となると頻りに訴えていた。


法人の貸出の割合に応じて、個人で仕組債や事業保険を抱き合わせ販売と認定されても致し方ない案件も複数見られ、貸出実施の際に初回金利分を差し引く悪徳金融も真っ青な暴利と言わざるを得なかった。


「やられたらやり返す、倍返しだ」が一世風靡したドラマの主張を繰り返すヨータさんに「憎しみは憎しみの連鎖しか生まない、江戸時代の仇討も双方が不幸になっただけだ」と諭し、猛る気持ちを抑える為、苦労したと言いながら「こんなことになるのだったら、本懐を遂げさせてあげるべきだったかな」と後悔の色を滲ませた。




ボクは骨董市で留守番を頼まれた。


「今朝、問い合わせを受けた顧客が最寄りの駅に着いたようなので、暫く店番をお願いします」と理事長が居なくなると申し合わせたように敵意に満ち溢れた一団がボクを取り囲んだ。


「手荒な真似はしたくないので、大人しく顔を貸して下さい」と言ったと同時に首領株と見られる男が有無を言わせずボクの逆手を取ったので力なく頷くしかなかった。


場末の事務所に監禁され「こそこそ嗅ぎ回ると何があっても責任持てない」と核心には触れないが脅し口調で迫るので「骨董に興味があり雑談をしていただけだ」と主張した。「人が下手に出ると調子に乗りやがって、気は進まないけど身を持って体験して貰いましょう」と凄んだ瞬間、場違いなインターホンが響いた「取り込み中だと言って断れ」と言ったが、取次の者が耳元で囁くと首領株らしい男の顔色が一変するのが見て取れた。




ボクは身の危険を脱することが出来た。


上部団体に属すると思われる大柄で強面の男の隣には小柄だが眼光の鋭い理事長が並んでおり、彼らが入室すると一気に緊張感が漲った。


「えらい不細工な真似しくさって」と上部団体の男が首領株の横面を思い切り張ると「理事長の客人に手出して、ほんまに申し訳ありません」と詫びを入れた。


「怪我はないか、大丈夫か」と理事長が頻りに心配するので「お蔭様で暴力は一切受けていません」と答えると「尻尾を掴んだ以上はヨータ君のことも含めて洗い浚い説明して下さい」と理事長が強く要求した。


上部団体の男が「この際、隠し立てせずに一切合財話す方が得策だ」と促すと首領株は観念したように話し出した。


暴対法の影響で身動きが取れず金詰りが激しかったので「六本木のキャバクラで半グレと豪遊している写真を捏造したい」という依頼を受けて撮影し、写真をネタに所属会社を強請ったことを白状した。


「被写体がヨータ君で依頼主は誰だ」と理事長が追求すると「新聞報道で事態が大きくなり過ぎ、今回の口止めを追加で依頼を受けたので、もうすぐ事務所に来る筈です」と首領株が素直に答えた。




ボクは依頼主が誰だか察しが付いていた。


理事長と上部団体の男は別室に異動し、ボクが監禁されていた状態に席を戻すと依頼者が意気揚々と現れると予想通り不倶戴天の好敵手であった。


「故人の悪口を言うのは本意でないが」と誠意のない常套句を述べると「新人課の頃から不正に厳しく口煩いヨータさんに敵意を持ち続けており、後輩なので面従腹背で仕返しの機会を待っていた」と語った。


ヨータさんの妹との結婚もその一環で同時期に社費でボストンにロースクール留学していたので、急速に接近したが、最初から邪な動機であった為、諍いが絶えずに結局は擦れ違ったまま所謂成田離婚で愛情が存在しなかったことも暴露した。


敵意を剥き出しにした視線に気が付くと「こいつはヨータさんの忠犬でいつも忠義ぶって行動を共にしていた昔からいけ好かない奴ですよ」と吐き捨てた。


「反省の色が見えませんが、脅す程度にお灸を据えて頂きましたか」と首領株に尋ねたが普段とは雰囲気が異なることと片頬が無残に腫れ上がっている異変に漸く気が付いた。


「まぁ仕事さえして頂いたら文句もないので」と100万円の札束を投げるように渡すと「領収書は必要ありません」とお道化ながら、逃げるように席を立とうとした。


その瞬間別室から理事長と上部団体の男が現れ、首領株は100万円の札束を上部団体の男に手渡すと不倶戴天の好敵手を乱暴に組み敷くとそのまま事務所にいた自分も含めた全員と一緒にひんやりと底冷えする床の上に正座をさせた。


事情を察した不倶戴天の好敵手は諦めたのか大人しく項垂れてその場で正座をすると「これから話すことはボイスレコーダーで録音させて貰います」と理事長が冷徹に意向を伝えるというよりは強制的に宣言すると観念して頷き淡々と語り始めた。


MBA取得はしたものの外資系子会社でリテール専業に成り下がった証券で今更ドブ板営業をするつもりもなく早々に見切りを付けて、制度や税制の不備に付け込み暴利を貪る所謂「黒目のガイジン」に転じた。


高給取りであったが私生活も派手で一向に生活は楽にならない自転車操業であったものの何とか面白可笑しく暮らしていたが、リーマンショックで外資系の日本撤退が相次ぎ始めると生活に窮した。


幸い親会社銀行と証券の三社合弁は外資系が仕組債を組成し、親会社銀行の顧客に証券を隠れ蓑にして売り付ける三位一体のビジネスモデルが絶好調で食い繋いでいたが、またしても異を唱えて、立ち塞がったのが、正義感に燃えるヨータさんであった。


「単なるストラングルの売りを手数料の塊として販売することは顧客本位に反するだけでなく、優越的地位の濫用に該当し、金融商品販売法若しくは銀行法に抵触する可能性があり、健全な市場を著しく阻害している」と弾劾したのであった。


双方共にリーガルリスクを懸念して外資系に違約金を支払った上で合弁を解消することになったが先行きを懸念して、それを機に外資系ではなく十年ぶりに証券への復帰を果たした。


ヘッジファンドや外資系を専門に扱う第七投資銀行部に配属され、所謂「黒目のガイジン」との共謀によって仕組債及びIPO先の発掘で頭角を現して副部長として潜り込んだのは予定通りだった。


新銀行東京にREITやメガソーラー等手を変え、品を変えてハイエナ若しくはハゲタカのように群がって食い物にした筋悪が数多く含まれていた為、例の如くヨータさんが噛み付いたのだった。


業を煮やしてヨータさんを排除しようと企んだ計画を依頼したのが、以前に女性トラブルを解決して貰ってから腐れ縁の関係にあった、この事務所であった。




ボクはこの後厳しい選択を迫られた。


不倶戴天の好敵手は恥も外聞もなく土下座して号泣しながら「命だけは助けて下さい、図々しいお願いですが、会社には黙っていて下さい」と只管懇願した。


上部団体の男が理事長に「一任します」と指示を仰ぐと「君はどうしたい」とボクに水を向けた時には怒りの炎が渦巻いており、頭の中がボーっとしていた。


再度「君はどうしたら良いと思う」と穏やかに尋ねられたので「事実は事実として生命保険会社だけには報告しますが、個人的にはこれ以上の処罰は望みません、憎しみは憎しみの連鎖しか生まないからです」と答えた。


理事長は満足そうに「偉い、そういうことで今回のことは水に流しますが、これからは人の道を外すようなシノギはご法度にして下さい」と上部団体の男に告げると全員が直立不動の姿勢から深々と頭を下げる中、ボクを連れて事務所を後にした。


「暴対法以前は博打こそするけど、クスリとオンナは御法度だったけれど、半グレを介在させて素人にもクスリを蔓延させ、ホストに溺れるオンナを風呂に沈めることも平気で何でもありになってしまった」と犯罪組織が捕捉されない地下に潜ってしまっている現状を説明すると共に嘆息を付いた。




ボクは上司に顛末を可能な限り報告した。


理事長から貰ったボイスレコーダーを提出し、指示を仰ぐと「証券との関係もあり、今後は危害を加えられる可能性も殆どないと思われるので、私限りで預かりましょう」ということで落ち着いた。


「引き続き、保険金受取人と順次連絡を取って下さい、危険を感じたら緊急避難をして下さい」と厳かに命令した。


黒幕と何らかの繋がりを持つのではないかと疑っていた不倶戴天の好敵手はヨータさん排斥に関しては首謀者ではあったが、全体に於いては単なる狂言回しの域を超えない単なる氷山の一角でしかなく、却って謎は深まるばかりであった。


参考文献


「いびつな絆 関東連合の真実」工藤明男 宝島SUGOI文庫


「風俗嬢菜摘ひかるの性的冒険」菜摘ひかる


 光文社知恵の森文庫


「ルポ 貧困女子」飯島裕子 岩波新書


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