40 「ニハマチvsシュークリィム 2」

 シュークリィムの気迫に、ニハマチは咄嗟に構えをとった。握る両手が小刻みに震える。


「ここで躊躇すれば、その男の首を取ることは叶わん。お前と斬り合って分かった。多流の力は意思によって強まる。お前はそれを知っている」


 ニハマチが頷く。シュークリィムの力強く、しかし何処か慈愛と父性すら感じるような深い声音は、激励となってニハマチの心に染み渡った。気付けば手の震えは止まり、精神が凪いでいる。


「いいぞ。それでいい。その数瞬の震えは、お前が彼我ひがの差を理解しているところにる。それはお前が成長段階にある現れだ。恐れは弱さではない。より恐れを感じ、より恐れを知れ」


 シュークリィムが構えた。自身の体の方に柄を引いた、防御の構えだった。

 燃える意思を秘めた強い眼差し。しかし、瞳から感じる多流は突き刺すように放射されるものではなく、全て彼の内側で渦巻いているように思えた。


(委ねろと言っているんだ……全て受け止めると……! 俺もそれに応えるしかない……!)


 ニハマチはこれまでの経験の全てを思い出すことにした。

 多流の高め方。込め方。身体の各部位の意識。関節や骨に至るまで、なるべく微細に、かつ無駄なく。

 意思の高め方。得物に多流を込めるときの工夫。――神殿での記憶。この世界の至るところに見えない蛍のように息巻く、多流の源――

 素直な少年は、シュークリィムの言葉も意識した。彼をオストワールだと思い、倒すべき宿敵だと定め、この一撃が命運を決めると。

 純粋な思い込み――イメージがシュークリィムの姿を歪ませる。それは、自身への洗脳と言っても過言ではなかった。あまりにも純粋で、あまりにも桁外れなニハマチの集中力が、彼の意識の上でシュークリィムを倒すべきあの男へと変貌させた。


 ――ここで偶然の産物があった。

 騎士の剣は、「国を守る」――つまり「守護の意思」が込められている。標的を倒すべき敵だと定めるほどに、剣は潜在的な力を高める。

 その特性が、多少主旨とは違えども、ニハマチの絶対絶命とも言える錯覚の元で、彼の凄絶な意思と合致した。

 潜在能力を高められた剣の内部で多流が渦巻く。それに伴い、剣の内部を意識しやすくなったことで、ニハマチはさらに空気中の多流に干渉した。常識外の多流の力によって干渉は成功し、彼の体内の容量を超えてさらに引き込まれる。 

 この埒外らちがいの事態にひさしで見守る騎士たちが気付き始めた。


「なん、だ……何かが見える気がする」

「お前もか!? そうだ。見えてるんだ。多流が可視化されてる!」

「がははは! えないやつにも見えちまってるぜ。どうなってやがるロック!」

「うーん、私は視えないからねえ……何が起こってるかは分かんないんだけど……」


 ロックには珍しく、緊張で喉が鳴る。


「流石にやばい気がする! 止められるかいドッゲル!? というか全員!」

「今更言われてどうするってんだ! 心配するこたねえ。相手はシュークリィムだぞ!」

「いや、でも、何か、素人目で見てもヤバすぎる雰囲気って言うか何というか」

「しっかり言葉を喋りやがれ賢いんだろうがおめえ!」

「――黙って見ろ貴様ら!」


 レヴィの怒号に騎士たち全員が静まる。

 ドッゲルはふさふさの髭に包まれた口を大きく広げ、

 

「なんだ……一番冷静なんだなおめえが……」

「落ち着いてはいない。最初からひりひりしっぱなしだ! ……だがな、シュークリィムだぞ? 我らが最強の騎士だ。子供相手に何の心配がいる!」

「「「シュークリィム、だもんなあ……」」」


 その名前、存在だけで全員が納得する。それだけ、シュークリィムという男の強さは騎士団において絶対的だった。

 ニハマチの剣を握る手、その皮膚が内側から僅かだが膨張していた。青い血管が浮かび上がり、脈動している。その手が顔のすぐそばまで上がった。


(……一撃で仕留める。あの村を守るために。そして、俺が生きて離天に行くために……! オストワールは俺が殺す……!)


 途端、剣から迸る青い光。それは、多流を感覚できる者全てに可視化された。

 ニハマチは地を蹴って斬りかかった。全身の重さごと叩き付けるような剣撃。

 異音が轟く。

 斜めに受けた木剣に鋼の刃が食い込んだ。圧力が地面の内側に伝播でんぱし、試合場の円を形づくる黒石が岩石との境目でめくれあがる。  

 木剣の中心に途轍もなく固い芯があるかのように、食い込んだ刃は一旦そこで止まった。しかし、ニハマチは渾身の力を振り絞り、敵を倒すという意思が力を増幅させた。

 刃がすぱりと木剣を断つ。160センチほどあるニハマチの背丈よりやや短い剣身の、刃先の三分の一ほどまでが左胸からみぞおちの辺りまでにずぶりと斬り込んだ。


(――斬った。本当に、斬った)


 刃が肉に入る感触があった瞬間、ニハマチは本当に相手を殺してしまうのだと思った。鮮血に濡れる剣身の生暖かさまでもが、その先にある心臓の鼓動までが多流を通して伝わってくるような現実感。

 ――しかし、刃が届かない。 

 止められている。あろうことか、木剣より脆く柔らかいはずの骨肉によって。

 血がじわりと染み出した上衣から、ニハマチはゆっくりと視線を上げた。

 額に血管の浮かび上がったシュークリィムの表情は、例えようのないほどの凄みを帯びていた。彼にこうやって見下ろされただけで、すくみあがってしまいそうになるほどの存在感。

 それにもかかわらず、獰猛に眼孔の開いた両の目の、瞳の奥には慈愛に満ちた光が宿っていた。


「――恐れいった」


 ニハマチはごくりと唾を飲んだ。今の剣撃を生身の胴体で受け止めておいて、彼は恐縮しているというのか。


「希望は十分にある」


 シュークリィムは半分になった木剣を手放し、騎士の剣を慎重に体から抜いた。血が流れ出るが、深い傷にまでは至っていない。


「暗雲垂れ込めるこの世界で、最強の男を屈服させ得るのはお前かもしれん」


 ニハマチは再び唾を飲んだ。今度のそれは湧き上がる興奮によるものだった。喉が乾いている・・・・・・・。渇望していた。


「半年あれば足りる。その頃には、俺を超える強さにしてやれる。――ただし、過酷な日々を乗り越えてやっと実現する。やれるか少年?」


 鋼の刃を素手で握る男に問われ、今しがた感じていた畏怖が羨望へと変わる。


(……この人は俺が持っていない力をたくさん持っている。この人についていけば、俺はもっと強くなれる……!) 


 剣を通してシュークリィムの多流が伝わる。澱みなく、そして何処か暖かい力。

 力を使い果たしたニハマチががくりと膝を落とす。彼は瞳に強い意思を込めて言った。


「うん。過酷であればあるほどいい。俺を強くしてくれ。……倒れずに戦い続けられるように……!」

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