34 「ヤギのいる山へ / いざ騎士団へ」

「結局俺たちは買い物をしただけか?」 


 蠟燭の灯る宿部屋で、お互いのベッドに腰かけて向かい合う二人。パントマは巾着袋から買ったものを取り出し、荷袋にしまっていた。


「いいのよ。色んな話を聞けたし、子供らしく可愛がって貰えたじゃない」


 キツツキは店で愛想を振りまく彼女を思い出し、


「大したやつだ。思えば、クーパー家の完璧なメイドにしか見えなかったお前が、地下室に行く俺たちを咎めなかった時点で気付くべきだったのかもな」

「メイドの私も、好奇心の強い私も、本当の私だよ。キツツキくん、私がつま先からつむじまで噓つきだと思ってるみたい」

「完璧に信用していないだけだ。――もし、寝ている間に俺の本を盗んでいなくなるようなことがあったら、大陸の果てまでお前を追いかけるからな。幸い、お前自身が撒いた種で何とかこうとかのバロ・・・・・・・・・・ット・・をニハマチが持ってるんだからな」

「ふふ。どこに行っても私を追いかけてくれるなんて、大陸一の幸せ者だね」

「よく口の回るやつだ」腰かけた姿勢からベッドに上体を倒し、天井を見る。

「それで? ベントン山まで行くっていうのか」

「うん」


 キツツキは天井の木目を縦に追いながら苦い顔をして、


「……とすると、俺は着いていくのに反対だから……」

「キツツキくん、一人になっちゃうね」


 くすくす笑うパントマ。


「俺だけじゃない。俺とお前とニハマチ、みんな単独行動だ」片手で額を押さえ、「……『三つの約束』はどこにいった。これじゃもう、一人で突っ走らないとか、そういう以前の話だぞ……!」

「『一人で突っ走らずに、相談すること』だよ。こうやって相談してるもの、ルール違反じゃないわ」

「じゃあ、お前が山に行くのを俺が反対したら?」

「取り消しよ。私が決めたことを私が押し通したら、一人で突っ走ったことになっちゃう。キツツキくんが決めて」


 長いため息。キツツキは目を瞑り、そしてまた開いた。


「そもそもだ。お前は山にいるシカを見るために行くのか? ニハマチもだが、お前も相当衝動的だぞ」

「そうね。ふふ、でもね。たまには神様に頼るのも良いものよ。あとシカじゃなくてヤギ」


 パントマは自分の顎を人差し指と親指でつまみ、輪郭に沿って下ろした。 


「山にいる、ヤギ、に本当の神がいると」

「多流って、神話とか宗教とかに関係していることがあるの。そういうものの起源を辿れば遺跡や面白いものが見つかることだってあるわ」

「……お前の経験則か」

「最初古都を目指したとき、寄り道せずにイルべニアを通ったから、この国を巡ったことはなかったの。キツツキくん、これは私の欠片探しに必要なことなのよ」


 天井を見詰めるキツツキは目を細めると言った。


「俺も行く」


 パントマは優しげな含み笑いを漏らし、


「言ってくれると思った」そう言って嬉しそうに足を揺らした。


 キツツキが両手を付いて起き上がる。そしてすぐにいつもの半目で彼女と目を合わせた。


「もし、お前が目的とするものが見つかりそうだったり、それに関係するものがあったら、すぐに伝えろ。分かったな?」


 説教くさい彼の口調にパントマはさらに嬉しそうに笑い、


「キツツキくんていつも、領主様みたい。『何々しろ』、『何々するな』、『分かったな?』って」


 パントマが朗らかに表情を崩して笑うのを見て、キツツキは呆れ顔で、


「お前やニハマチが何を考えてるか読めないからだ。――くそ。今理解したぞ。これは俺が離天を目指すための旅じゃない。お前たちに振り回されるだけの旅だ!」

「振り回されて、そのままどこかに飛んじゃったりしないでねー」


 のほほんとパントマが言う。 

 キツツキはぎりりと噛んだ歯を震わせ、


「……何があってもどっちかのケツに付いていく。振り払えると思うな」

「振り払う気なんてないよ。――あ、そうだキツツキくん。また本を開いてみようよ」


 キツツキはしぶしぶと言った様子で立ち上がり、ベッドの足を向ける方の床に置いた袋を覗いた。

 パントマの傍で開いてみせた白紙のページに、何も浮かび上がる様子はない。


「力は感じ取れない。パドニアの近くもだめみたいだな」

「なら、ヤギの神様に会いに行くので決定ね」

「明日すぐに出発だ。――俺は寝る。寝てる間に変なことしようとしてみろ。すぐに気付いてやるからな」

「それ、普通は女の子が言うセリフだよ」


 そう言って、パントマは蠟燭を息で吹き消した。

 



 さっぱりとした秋晴れの日だった。

 王都ネフィルモーゼンの名を冠する、見事な翡翠色の屋根がえる王城。荘厳な二つの塔に挟まれた城門は相も変わらず、来訪者を堂々たる威厳を持って俯瞰していた。

 勿論、実際に来訪者を見定め、検問の役を担うのは衛兵だ。

 二人の衛兵は今日の朝早く、野暮ったいと言えば野暮ったいが、上質で高級な生地であると言われば納得するような奇妙な薄茶色の服を纏う少年の来訪に、大いに顔をしかめているところだった。

 少年――ニハマチはにこりと笑う。


「初めまして! この城に用があってきた――あ、御用があって参りました。ニハマチです」


 養い所の仕事の際に覚えた拙い言い回しを使う。そして、ますます顔を顰める衛兵の前で、背負った荷袋を下ろしごそごそと漁った。

 紹介状と徽章を取り出し、端の巻かれたそれを真っ直ぐ伸びるように両手で持って衛兵たちの目線へと掲げる。

 衛兵の一人が紹介状を受け取ると、もう一人と顔を見合わせて確認した。ニハマチは既視感のある光景だと思いながら、わくわくと二人の反応を待った。


「確かにこれは本物の徽章だな――クラウス様の――」


 片方が踵を返し、紹介状を持って城内へと向かっていった。

 その間、にっこりと笑うニハマチを残った衛兵がまじまじと見た。彼と目が合い、衛兵は目を大きくしてひょうきんな顔をしてみせた。

 随分待ったあと、先ほどの衛兵が戻ってきた。傍らに一人の男を連れている。髪は立ち上がり、狼を思わせるシャープな輪郭をしていた。

 男はその一見柄の悪そうな見た目に似合わない、爽やかで柔らかい声音で言った。


「この子が……ふうん……」


 ニハマチたちが旅にでる際、クラウスが再度したためてくれた紹介状には、かなり丁寧にニハマチのことが書き記されてあった。大体の内容は、彼がどれだけ多流の素質に溢れているかということ、もしくは好奇心に満ちた向上心のある子供なのかということだった。

 過剰過ぎるぐらいに自分のことを推薦した内容だったことをニハマチは思い出し、興味深げにこちらを見てくる男の視線に、ニハマチは若干目を泳がせた。

 男は曲げていた背筋を伸ばすと隣の衛兵に言った。


「古都で何をしてんのかね、あいつは」

「素質のある子供を見つけてきたあたり、仕事はしているようですね」

「元気だといいなあ」


 男がニハマチに向き直る。


「俺は騎士団のフレイだ。クラウスの、まあ、親友みたいなもんかな。噓の紹介状ではなさそうだと確認した。――こい、少年」

「いいの?」

「ああ、すぐ騎士団に会わせてやる」


 フレイに連れられて門を潜る。段々畑のように高くなっていく王都の、丘のてっぺんに作られた王城は、外壁の周囲を鬱蒼と繫る木々に囲まれている。ニハマチが訪れた正門から縦に長い敷地内には、芝が綺麗に刈り揃えられた美しい中庭があり、噴水や庭園、多角形の東屋あずまやがあった。彼らの歩く両側にそびえる壮麗な城壁と庭の光景に、ニハマチは休む暇なく目を動かした。

 正面からの道を歩き城内に入ると、フレイは城の北東にあたる部分にニハマチを案内した。

 アーチ状の入り口をくぐり、一つの部屋に入る。

 そこは食堂で、長机に並んだ椅子に座っているのは体格のよい男ばかりだった。過半数の者が黒と青を基調としたプールポワンを着ており、まだ朝だからか、黙々と飯を平らげている。


「おーい、みんなー! 新しく入った新人だ」


 フレイが大声で言う。男たちが一斉に二人を見た。

 パンを齧りながらじろりと見る者。背筋を正して見上げる者。トレイを持ってきょとんとするもの。腕を組んで子供のように大きな目を向けてくる大男。

 皆がニハマチに注目し、食堂はしんと静まった。

 ――すると突然、波動のような圧が迫るのを感じて、ニハマチは両腕を体の前でクロスさせた。


「――? ???」


 しかし、彼が予感したような圧が迫ることはなかった。ニハマチはどぎまぎとしながら、周囲にその原因を探した。――その時。


「守ったな、子供」


 渋い独特の声。

 ニハマチは声のした方を向いた。

 ――色気のある唇、短く刈った坊主頭。20代後半ごろに見えるその男は、瞳の大きい野生的な目で獰猛に笑った。彼は他の騎士たちと違い、全身をニハマチの服よりも薄い茶色の麻の服に包み、肩当ての鎧だけを付けていた。


「ああ? 道衣じゃないな。なんだ自前の服か。――しかし、感じた力は本物だったようだな」男は満足気な顔で自身の鉄のトレイに視線を落とし、パンを齧った。


 フレイは引き攣った笑みで男を見ながら暫し固まり、からかうような声で言った。


「……もう十分か? シュークリィム」


 ニハマチは背丈と体格に優れた男の多い騎士たちに混ざって食事をした。

 彼が座った席は、両隣に騎士の中でも大きな方の男がいた。窮屈さもあって最初は少し緊張しつつも、そのうちそんなことは忘れて飯に没頭した。

 右にいる白髪の壮年の大男が、ニハマチの食べっぷりを見て豪快に笑った。

 ニハマチが「おかわり」と椀を上に掲げると、男は上機嫌に顔を反らし、

「がははは! 成長期か!」そう言ってニハマチの椀を奪い取るようにし、厨房にすたすたと入っていった。

 戻ってきた男は、具材がごろごろ入った大鍋を持ってきた。どすんとテーブルに置かれる。勢いが良すぎたために汁が跳ね、反対側に座る男の顔と服にかかった。


「ドッゲル……」


 不幸な男は顔をしかめた。

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