25 「再会」

 クラウスは両手で持つ諸刃の長剣を老人に突き付けた。鍔がほんの少し膨らんでいるだけで装飾は控えめだが、黄金色の鍔と柄頭、そして柄には青い塗色があって、見事な剣だ。


「ふむ……?」 


 老人がクラウスをまじまじと見つめ、楽しそうに微笑む。


「どうやら、貴方がここで一番の手練れかな? 力を隠す擬態もできるようですな」

「へっ。褒めて貰えて光栄だね。しかし、隠してるとは心外、心外。使う機会がねえだけよ」

「ならば今こそ良い機会でしょう。私に全力をぶつけてみなされ」


 老人が右腕からコートを脱ぎ捨てた。すると、ニハマチが「えっ!」と声を上げた。


(は、裸?)


 老人はコートに隠されていた上半身に下着を付けていなかった。老いて瘦せた体が露わになり、


(なんだあれ……!)


 胴体と腕のところどころに等間隔で埋め込まれた小さな鉄球に、ニハマチは驚いた。

 そして、すらりとした黒いズボンの腰のあたりにポーチがあった。あとは、特に装備を付けている様子はない。

 しかし、突如として老人の手の中から鈍色が膨れ上がった。

 かと思うと、熱で膨張させた鉄のようなそれは生き物のように蠢いて形を作り、みるみるうちに剣となった。拳を守る籠手と刃が一体化した剣で、籠手の中に柄がある。用途だけを重視して、鈍色の金属をただ得物の形にこねたような感じだった。

 クラウスは距離を詰めずにその場で踏み込み、目をかっと開いて剣を斜めに振り下ろした。老人も、その場に立ったまま籠手を顔の前に構える仕草をした。

 ――途端、目に見えぬ衝撃波が老人の背後で起こった。


(……っ!)


 地面が裂け、亀裂が通路の先まで走る。衝撃の余波は牢の鉄格子まで届き、ニハマチは思わず顔を腕で覆った。


(すごい……! 力を飛ばしたのか!)


 老人が好々爺こうこうや然と目を細めて笑う。


「はっはっは! やりおるわ!」


 ――クラウスが一息に距離を詰めた。至近距離で刃がぶつかり合う。空気を揺らす衝撃に子供たちは悲鳴を上げ、頭を抱えて耳を塞いだ。


「チッ。あいつ、ガチでやる気か!」と、テリオンの声。


 笑みを浮かべて長剣としのぎ合う老人を、クラウスが訝しげに睨み付ける。


「ジジイ、関節は無事か?」

「この通り、健康ですぞ。お気遣いなさらず」


 老人は素早くクラウスの足を払い、よろけたところへ手甲剣の狙いを定めた。


「ほっ! ほっ! ほっ!」


 連続で放たれる突きを長剣で受け、体を捻って避けるクラウス。そして、老人の腕が伸び切ったところを狙い、猛然と斬りかかった。

 老人が回避のため後ろへ下がる。しかし、長剣の先は相手の右腕へと到達した。

 ――その瞬間、老人の腕に埋め込まれていた金属球が膨張し、鎧の形となって剣を防御した。

 剣は鎧を砕き割ったが、老人は皮膚に攻撃が届く前にそれを躱し、身を翻しながら近くにあった鉄格子を掴んだ。すると、鉄格子がぐにゃりと曲がって溶けるように老人の手の中に吸い込まれ、一回転してクラウスに向き直ったとき、鎧の砕けた裂け目は綺麗に塞がっていた。

 クラウスは剣を片手に持ち変えながら眉をひそめた。


「……金属を変化させてるのか……?」

「初めて見たという感じですな」

「当然だ。んなことできるやつがいてたまるかよ」


 真上に向けた長剣を三度振る。大きな三つの亀裂が天井に走って交わり、三角形の石塊となって通路にずんと落ちた。

 頭上に空いた三角形の穴を親指で示し、クラウスが不遜な態度で言う。


「こいつらを巻き込みたくねえ。外でやるぞ。こねえなら今全力で斬る」

「良いでしょう」


 クラウスが天井の穴に飛び上がり、老人が身軽にその後を追う。

 ニハマチは予め右脚に込めてあった力で、鉄格子を蹴り壊した。鉄格子が外側に折れ曲がり、子供一人なら十分に行き来できる隙間が空いた。

 すると、彼の意図を汲んだパントマが声を掛けた。


「私も行くわ」


 ニハマチは頷き、パントマをおぶった。膝を曲げて上階の縁へ飛び上がる。壁が壊された部屋がすぐそこにあった。その向こうから、外の戦闘音が聞こえてくる。


「こっちだね」


 窓ごと壊された穴から下を覗くと、外をよく見渡せそうな外回廊があった。二階分下のそこへ下りて、戦闘音がよく聞こえるところまで柱の並ぶ回廊を走る。回廊の途中に半円形に膨らんだバルコニーがあったので、そこでパントマを降ろし、二人は手すりを掴んで身を乗り出した。

 眼下に、古城の広大な庭で剣を交わす達人がいた。

 刃をぶつけ合っては飛び上がり、距離を詰めては間合いを離れる。クラウスが衝撃波を飛ばし、老人はクラウスの斬撃を華麗に躱し、手甲剣で受け止めていた。  

 ニハマチの目でも追いつかないような凄まじい戦闘に、彼はただただ息を吞んだ。


「……強い。二人とも、とんでもない強さだ」

「うん……」


 ニハマチは特に老人の方に注目した。クラウスの斬撃は土壌や石造りを衝撃だけで吹き飛ばす苛烈なものだったが、のっぺりとした鈍色の手甲剣には傷一つ付いていない。金属で生み出されていた鎧は容易く砕かれていたので、どうやら手甲剣と鎧はまた違った材質のようだ。


「――強化しているんだろうな」


 不意に隣から聞こえた声に、パントマたちは揃ってそちらを向いた。いつの間にかニハマチの隣にフードを被った少年が立っていた。

 少年がフードを脱ぐ。深緑色の髪が開放され、涼やかな横顔がそこに現れた。


「――キツツキ!?」


 少年――キツツキは、ニハマチをちらりと横目で見て、庭の二人に視線を戻した。 


「でも、クラウスさんが勝つよ」


 そう言って、全く憂慮に値しないといった、澄んで落ち着いた顔で戦闘を見守っている。

 ニハマチも彼らの戦闘に目を凝らしながら、再会を喜びたい気持ちを鎮めつつ、


「キツツキ、もしかしてクラウスのところにいたの?」

「ああ。……ごめん、ニハマチ。居なくなる前に一言ぐらい必要だったな」

「別に気にしてないよ。それより、旅に出たって言ったのは噓だったってことなんだよね」

「そうだ。養い所のためにも、古都のためにも、あいつを見つける必要があると思って、クラウスさんと協力して動いてたんだよ」

「そうなんだ……」


 キツツキがふとため息を吐く。


「テリオンもいたってことは、どうせあいつに連れてこられたんじゃないか?」

「何で分かるんだ?」

「……やっぱりな。あいつ、色々と鋭いから。多分、どうやってかこの場所を突き止めて、ニハマチと一緒に人攫いの犯人を捕まえようとしたんだろ。……はあ、どう考えても俺たちに相談するべきなのにな。あの脳筋バカ……」


 それを聞いて、ニハマチの頭に疑問が浮かんだ。


「え? テリオンは二人のことを知ってたってこと?」

「うん。というか、俺たちはクラウスさんに稽古を付けて貰ってたんだよ。養い所を勝手に抜け出すやつらの何人かは、そのせいなんだ。とは言っても、テリオンの場合は半々どころか七割は遊びに行ってるだけだな」

「そうだったんだ……」


 ニハマチは啞然とした顔で苦笑いした。養い所の中で不思議に思っていたことの幾つかが、ここに来てすっと腑に落ちる思いがした。

 キツツキが不意にニハマチの方を見て、


「ニハマチって、使えるんだろ?」

「うん?」


 ニハマチはぽかんとした。

 その顔を見てキツツキはおかしそうに笑いながら、


「お前、鋭い時と鈍い時があるよな。……はっきり言った方がいいか。『多流タルー』、使えるんだろ?」

「タルーって、あれ。キツツキも知ってるんだ」

「クラウスさんに教えて貰った」

「ふーん。でも、っていうことは、俺の力がキツツキからも見えるってこと?」

「……いや。俺は感じ取れないな。テリオンがお前に目を付けてるってことは、そういうことなんだろうなって。あの人も流石に、力も持ってないやつをこんな場所に連れていかないだろうと思うし」

「ふうん」

「俺とテリオンは、多流を上手く使いこなすための特訓をしてる。あと三人特訓に参加してるのがいるけど、ただの剣術指南って感じだな。町廻りになるための特訓なんだ」

「へえ! キツツキ、町廻りになりたかったんだ。クラウスは自分の弟子を育ててるってことか。そっか、じゃあ、古都にずっと残るんだね」


 ニハマチの表情に一抹の寂しさがかげる。


「いや、俺は違う。テリオンはずっと町廻りになろうと考えてるみたいだけどな。俺はこの件が解決したら、次は本当に旅に出ようと思ってるんだ」


 その言葉に、ニハマチの心臓が歓喜で跳ねた。彼は輝く瞳でキツツキを見て言った。


「キツツキ。俺もその旅についていっていい!?」


 キツツキは目を瞬いて、驚いているというよりは不思議そうに、


「ああ、いいけど……?」

「やった!」


 ニハマチの心中を知らないキツツキは、何をそんなに喜んでいるんだという顔をした。


「――あの」


 ふと呼びかける声に二人は左を向いた。パントマが期待に花を咲かせるように微笑んでいる。彼女はキツツキの目を見て、


「私も、あなたの旅に連れていってもらえないかな?」

「えっと……」


 キツツキは今度こそ驚き、返答に詰まって気まずそうにした。


「ニハマチはなんとなく分かるけど」頭を掻く。「いかにも冒険が好きそうな感じだしな。あと、俺たち男二人だぞ」

「うん。二人とも優しいから、全然平気だよ」

「いや、そういう問題じゃ……」

 キツツキはふと真剣な顔付きになって、真っ直ぐパントマを見た。

「旅とは言っても観光じゃない。危険が潜む場所、どれだけ怖いやつらのところにだって、どんなところにだって行くつもりだ。遊びに行くと思ってる訳じゃないよな?」

「それは分かってる。キツツキくん、目的があるんでしょ」

「そうだ。それも、ほとんど達成し得えない目的だよ。不可能と言ってもいい」

 キツツキは唇を引き結んだあと、一層真剣な表情になって、

「――二人とも、『離天りてん』っていう名前、聞いたことあるか?」

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