第3話 挫折


 打ちつけたヤシの実はゴンっと音を立て手から離れ、砂浜に落ちた。ステラは前屈みになって木の実を拾い、打ちつけた面を裏返しにして見た。ヤシの実は木に打ちつけた時よりも表皮が剥けている。このまま岩場に打ちつけた続けたらもしかしたら硬い表皮が割れ中の水が飲めるかもしれない。

 ステラはヤシの実を両手で持ち上げて岩場に叩きつける。それを何度も繰り返した。

 しかし、ヤシの実の表皮は思ったより硬く、少し表皮の茶色の繊維状のところがめくれただけで岩場に打ちつけても割れることはなかった。

 もっと尖ったものに叩きつけないとダメなのかもしれない。



 太陽を背にして、上空をカモメがステラを見下ろすように旋回し、生暖かい風が彼女の肌を撫でるように通り過ぎていった。

 もう、口の中はカラカラだ。唾を飲み込もうとしても飲み込めない。だからどうにかしてステラは木の実の中の水を飲みたかった。朦朧とした意識で考える。平らなところがダメなら角張ったところはどうだろうか。



 ステラは木の実を持って岩場の角まで歩いた。さらさらした砂が足指の間にはさまり、踏ん張りが効かないせいか、普通の土の地面を歩くよりも体力を使う。

 やっとの思いで、岩場の端に辿り着くと、もう身体はヘトヘトだ。

 木の実を持ち上げる腕も重い。

 ステラはゆっくりとヤシの実を頭上に持ち上げて、角に向かって大きく振りかぶり打ちつけると実からゴスっと鈍い音がした。予想した通り、平らなところに打ちつけるよりも返ってくる反動が少なく、ぶつけた箇所を裏返して見ると表皮がえぐれているのが見えた。

 この方法ならいける。



 ステラはもう一度、ヤシの実を岩場の角に打ち付ける。1回、2回、3回と続けて打ち続けた。実は割れない。だがしかし、着実に表皮は削っていた。4回、5回、6回と打ちつける。腕はもう棒のようにつって持ち上げることさえ辛くて息が切れる。それでも彼女は割れろ、割れろと心で唱えながら振り続けた。

 そうして20回ほど振り上げたところ、ステラの手は限界を迎えた。

 木の実は手から離れて地面に落ちる。

 それをステラは拾おうとした。しかし、腕は震え、力が入らない。彼女は砂場に膝をついて両手を砂に埋めた。

 


「どうして、どうして、あと……少しなのに」



 表皮は削れ、あと何回か打ち付ければ割れるだろう。その数回が彼女にはできなかった。あとほんの少し、少しだけ力があれば割ることができた。

 日差しが照り付けて身体の水分が蒸発していく。もう立つ気力さえなくしてしまった。



「のど乾いたな……」



 そうして彼女が下を向いているとポツリっ、ポツリと雫が落ちてくる。それは上空から降り注ぐ。

 雨だ。

 いつの間にか空には暗く濁った雲がかかり、太陽を遮っていた。

 その雨粒は次第に強くなり、ステラの身体を濡らした。

 彼女は曇った上空を見上げて口を開け、乾いた喉を潤した。干からびていた身体は急激に潤いを取り戻し、生きる気力を取り戻した。

 しかし、雨は次第に強くなり、やがて土砂降りになった。熱帯地域にあるような唐突な気候の変化にステラは驚きながら、立ち上がった。

 そして逃げるように砂浜から避難し、ヤシの木の根元に向かった。しかし、ヤシの木の葉だけでははだけではこの雨を防ぐことは難しかった。横凪となった雨粒が、彼女の身体に吹き付ける。

 ステラはどこか雨を凌げるところはないかとあたりを見回すと、ちょうど近くの切り立った崖の下に小さな洞窟があった。



「あそこならきっと……雨も入ってこないはず」



 そうしてステラの足は自然のシェルターに向かって走り出した。

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