学園転入(1)

 2人が帰った後、ハルトは思い返していた。記憶のないのに既視感を感じる2人の姿、言葉。前にも似たような感覚があったのだということだろうが、こんなすぐに覚えてないことが思い出されるような感覚に襲われていた。

 (ハルトくんを信じてるから。だから大人になるまで私を忘れないでね。)

 脳内に響く声、その声は昔聞いたことのある声のように思えていた。その声は来海町にいた時に聞いたことのある声。だけども、まだそれは思い出すことさえ拒む。過去に失ったものが未来への不安を強くさせる。


 2人は出る間際、どうしようか考えていた。優那は有咲に、有咲は優那に遠慮して言い出せずにいた。そのモヤモヤは「ハルト」が心因性の記憶喪失と言うより、記憶を奪われたという、2人の直感であった。


 (『来海町』、A県に存在する港町ってことしか分からないし、あの場所になんで居たのか、そんなことをずっと…ずっと考えるのもアレだし明日からのことを考えるか。)

 (仮に有咲と別のクラスだったのなら俺一人で記憶が無いことを取り繕わないと、女子ばっかだし男子ほとんどいないって聞くし孤立しそうだけど…まぁ、うん)

 そんなことを考えながらハルトは考える。ただ、その先の不安は薄れ、期待や楽しみも少しずつできた。『放送部』に入部して居場所を作るだけじゃなく、学校で1から人生をやり直す。そんなことを考えるつつ、眠りについた。


 「ねぇ、ハルト? あなたの夢は?」

 夢の中で聞き覚えのあるような声で話しかけてくる。誰も覚えていないハルトはその少女の姿を見る。黒髪のロングボブに白いリボン、そして整った美人のような顔立ちが特徴の少女。その少女はハルトに微笑みながら聞く。

 「学者とかかな? いつかみんなを笑顔にするような発見がしてみたい。だからそのためにも記憶を?」

 そう思っていることをハルトはつぶやきかける。その少女は悲しみを憂いたような顔をする。

 (なんでなんだろう、なんでこの子のことも全部全部全部全部全部全部消えてしまったんだ。本当にどう言えばいいのか分からない。俺はどうしたらいい。この世界を恨めっていうのか。なんで、なんでなんだよ!)

 そう心の声で呟きたくなるほど、ハルトは自分が憎くて仕方ない気分になった。自分自身のせいじゃない、この理不尽な世界、『魔法災害』のせいなのに日に日に重くなっていく感情。そんな感情でハルトは押しつぶされ、心の中は息もできないくらい苦しくなる。

 「ごめんなさい、聞いた私が……ハルト君、いつか会えるならまたどこかで会おうね。」

 そう言って、その少女は離れていく。外の空気も冷たくなり、空は朝焼けで割れていく。そんな状況でハルトは呆然と立つばかりだった。

 (もう朝6時半だぞ、起きないと間に合わない時間だ!)

 そう零士が囁く。ハルトは中々目覚めない。夢の中でどんなことが起きてるか露知らずの零士は叩き起こそうとしている。

 「お、おはよう。」

 ようやく目を覚ますハルト。目の前には零士がいる日常のような感覚の風景。まだ会って数日だからか、新鮮な感じがするその風景。その風景から一歩進み目の前にかけられている服は黒を基調としたブレザーだ。

 「今日から学校だから早く出ないと遅刻するぞ。僕は優しいから叩き起したけど、他の人だったら無視されて遅刻してたからね」

 そう冗談めかしながら零士もハルトと同じように朝の支度をする。そういえば今日からまた来海町に戻って事件の調査に行くらしい。

 「暫くは帰って来れないから夕ご飯は自分で何とかしろよ?」

 「分かってますよ」

 そう言ってハルトは外から出る。中野の駅から学校まで快速で待ち時間合わせて1h、中央線は混雑するために遅延しやすいことを考えると今の時間に出ないと確実に「間に合わない」くらいの時間だろう。


 何とか中野の駅まで数分の道のりを歩き、記憶を失って初めての通学に望む。予め持っていたスマホには聖マリアンヌ学園の住所を入力し、最短の手段で1番早い電車に飛び乗ったハルトだった。

 着慣れない制服に、持ちなれないカバン。それに田舎だった来海町と違いバリバリの都会。そんな場所にハルトは今いるのだと自覚する。


 (東京駅まで行くとなると道は結構長い…結構時間経ったけど凄い混んでる……)

 ハルトはそう思いながら、東京へと急ぎ向かっている。時刻は7時を回ったところであった。

 「次は終点、東京」

 このアナウンスを聞いて思う。ようやく東京の駅に到着した。思ったより長く感じたが、時間感覚が狂わされていたようであった。

 駅から離れると、学校はビルのような建物でまさに都会の学校といった感じの赴きだが、会社と見間違えるほど大きく広い建物だった


 「あ、もう着いてたんだ。おはよう、ハルト。」

 後ろから有咲が話しかけてくる。それは昨日とは違う、とても甘く優しい声で堅苦しさを感じない雰囲気だった。

 「おはよう、有咲。」

 「さん付けはやめて。ハルトとずっとこれから一緒だから。」

 そう言われてハルトは距離を感じさせないようにしないと。遠くに感じさせないように、と。初めて会う学友と語り合った。

 「じゃあ案内するよ。職員室は2回の突き当たり左側の突き当たりの先にあるから。そこに行って先生と話して教室に来て。同じクラスだったらいいね、じゃあね。」

 ハルトは「じゃあね。」と物憂げな様子で、有咲も同じようにして校内の玄関から離れていった。

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