出会い

 「そこまで広くないけどここ入って。ここが君の部屋だから。ちょっと手狭だけど」


 零士がそう言うと、ハルトは部屋を案内する。それもそうなのだが、この家本当に広いと感心そうに見ている。と言っても、普通くらいの家なのだがそれがハルトには愛おしく、そして広く思える。


 「ここまで広いのは初めて?」


 普通の家の普通の部屋なのに広く感じてしまう。ここは自分の部屋では無いと無くしたはずの記憶が叫んでいるようにハルトは感じていた。だけどその違和感は何かわからない。一体何なのかって思うほどの有様だった。


 「悪いことを聞いた。」


 記憶が無いのを思い出した零士はハルトに対して、指輪を持ち出す。


 「あと君にはこれ渡しとく。これは魔法師として、魔法使いとして君が生きるための道具、指輪デバイスだ。君はあの時魔法が見えたろ。水が出て消火したアレを。」

 ああ、あの水って普通の人に見えないのか。とハルトは真顔になりながら聞いていた。真実が明るみになり、それは間違いないことなんだと思うようになった。

 「まぁいつか使うかもしれないから。」

 そう言ってハルトに零士は指輪デバイスを渡す。


 (本当に俺は、何なんだろうな。なんでここにいるんだろう。学校行っても友人とか出来ないだろうし、それに何も覚えてない俺は死んだ方がマシだった。)


 ハルトは今日のことを思い出すだけでベッドが海になるほど、自分が本当に何なのかすらで考え涙を濡らした。生きていることに意味がある、あの時死ななかったことに意味があるのに。そう思いながら海の中に沈むように眠りについた。



 (はぁ、なんで私があの軽薄男の所に行かなきゃいけないのよ。今日は土曜日だから。記憶喪失の彼は気になるけれど、あの軽薄男の家に行くのは本当に嫌なんだから!)


 翌々日のこと、そう心の中で思っている有咲は零士の家に向かっていた。一昨日のLINEに引き続いて朝一での連絡。今日は「記憶喪失の彼に有咲や優那を紹介したい」という連絡があり、わざわざ都内の地下鉄に乗りちょっとした郊外まで向かっていた。


 (『魔法災害』は減ってきたのに、被害者は減らないの、本当に……。というか、彼うちの学校のカリキュラムについてけるのかな。)


 有咲は頭の中ではまだ見ぬ少年のことを気にしていた。本当に出会うのはこれからなのにどうしても心配事ばかりが頭の中によぎるのだ。母親のような感情が沸き立ってしまうその性はまるで聖女のようだった。


 「次は新宿、新宿です。JR線、小田急線、京王線、新宿線、丸ノ内線はお乗り換えです。」


 そう言われると電車の中の席に座っていた優那は立ち上がる。乗り換えを忘れそうになるも急いで立ち上がり、JRの新宿駅へと向かっていく


 新宿からは中央線で中野の駅に向かい、そこからすぐ近くの邸宅がハルトと零士の家なのだがそこまでは割と近い。ただ今日は優那と待ち合わせがあるのでかなり急ぎ目に乗り遅れがないように急ぎ足で向かっていった。


 「あっ!有咲!遅いー。」


 乗り換えの途中、赤毛のツインテールをした少女ー桜優那が有咲に話しかけてくる。かなり待たせていたようであったが、特に怒ってはいなかった。寧ろタイミングがぴったりすぎて最高のタイミングだった。


 「優那先輩、まさか同じタイミングで乗り換えなんて。とりあえず急ぎましょう。」


 優那はえーって顔をしながら、急ぎ足でJR線の改札口に有咲と一緒に向かっていった。今日は休日ということもあり、サラリーマンより一般の利用客の方が多いようだった。そんな人々の間を通り抜け改札口へと向かっていった。


 「おーい、ハルト。紹介したい奴が今日来るから準備しとけよ。」

 一方その頃、ハルトは零士に呼ばれ朝からてんやわんやだった。明後日からの準備だけでなく、魔法師としての先輩、同じ学校の同級生や先輩への挨拶も兼ねた面会。『あの事件』の翌日からは制服のサイズ合わせといろいろやることがあり、寝る暇すらあまり無かった。


 (にしても、ここにいると変に落ち着かないなぁ。同級生の子が来るって聞くけど、その子がどんな子くらいしか気になることは無いのに。なんか変な感じがする。)


 そう準備を終えたハルトはスマホ片手に今度入学するという聖マリアンヌ学園のサイトを見ていた。2年前まで女子校であり、男子が少ないということから、その同級生や先輩は恐らく異性だってこと。そして学校のレベルが高いということが分かりどうしたらいいのか分からなくなっていた。


 「なぁ、零士さん。同級生の子ってどんな子?」


 準備を終えたハルトは気になったことを零士に全て聞く。


 「んー、あの子の性格は普通に面倒見のいい子だよ。俺のことはすごい嫌ってるけどね。まぁその子は女の子だから趣味とか合わないかもだけどまぁ大丈夫っしょ。」


 零士は笑いながら、半ば煽っているようにハルトに伝える。実際嫌われているのは事実だが、それは仕事や面倒事を愛弟子、しかも高校生で忙しい彼女らに押し付けてるからなのだが、嫌われていることを知っているハルトは知る由もなかった。

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