赤羽零士

 零士はどうしてもこのハルトの姿を見て、どう言えばいいのか分からない。後一歩の言葉が思いつかない。どうしたらいいのか、どうしてなのか。こんな悲惨な現場は見たことないからだ。


 本来魔法災害は家族全員死亡などは少ない。それどころか完全に殺さないように科学的に証明できないが死ぬ事の無い事象が起きることが多い。なぜなら魔法災害の原因たる魔霊ファントムは人の生きた思いを食らって生きる存在であり、人の思いが残った存在であるからだ。ただ今回は1人だけ生き残り記憶を失った、そんな現場は零士は見たことがなかった。


 「思い出なんて今から作ればいい。その中で思い出せればそれでいい。そんくらいの思いが理不尽に思うことの救いになると思う。」


 零士は心の声を振り絞って伝えた。自分は大人と思っていても彼にとってみれば見知らぬ人間、だけど何とかしてやらないとここから進めない、だから「何を話せばいいのか分からない」。だけど、勇気を振り絞った。


 「じゃあどうすればいいのかって顔をしてるけれど。僕と一緒に暮らすか一人暮らしか。君に与えられた選択肢はこの二択しかない、2つ目なら手続きが面倒だし、1つ目の選択肢の方が一応良いと思うけどね。」


 「だったら1つ目にします。」


 ハルトは二つ返事で答えた。今は誰かと一緒に暮らす方が大切だった、一人でいることは辛い訳では無いけれど、いつ記憶を取り戻し精神的に追い込まれるか分からないからだ。大切な思い出を失い、知識だけ残った状態になったハルトはそうするしかなかった。


 (学校も僕が関わりがある学校に通うように手配しとくし、有咲や優那にも監視や世話をするように連絡を入れとくか。それに優那はネットで人気のインフルエンサーだから記憶探しを手伝ってくれるかもしれないしな……。)


 零士はこう思いながら、少し涙を浮かべた。救えなかった、という思いとなんで間に合わなかったという自責の念に襲われていた。


 「1回僕の家に帰って、君が学校に行くための準備をしてから来海町に僕は戻るからね。今日は木曜日だから、制服と教科書が届くのは日曜日くらいってことになるな。」


 2024年4月25日、この日は久遠ハルトにとって忘れられない日になったのだった。



 机で勉強をしていた少女はLINEの通知音がなると、即座にスマホに手を取った。


 「ん〜。」


 その目線の先には驚きを与える連絡だった。記憶喪失の少年が自分の学校―聖マリアンヌ学園に入学するという知らせ。その知らせは青天の霹靂だった。


 (そもそも男子少ないからなぁ。1年の私が案内役兼監視役ってことだとしても、まだ入学してばっかだし噂になるのもなぁ。)


 金色の腰まで届くほど長い髪をした少女ー名瀬有咲は零士がどうしたいのか分からなかった。記憶喪失なのもそうだけれど、男子があの学校に馴染めるかという問題もあり不安もある、それに女子ばっかの学園では噂になるのも早い。


 「本当にこの学校でいいんですか?」


 有咲はそうLINEで送った。実際そうだろう。校風に合わないだろう少年、正直馴染むかどうかと言うより心配なのは同性が少ないということ。噂になるのも孤立もどちらもあるのだから、どうやっても上手くいかないのだ。


 「どうしようって、どうしようもないと思うよ。君らの学校に僕は彼の転入手続きしちゃったし…そもそも君と優那がいるってのも大きいかな、何とかなりそうだし。ただ懸念してる部分は君と優那が何とかしてくれれば。」


 有咲の返信に対して、いつものように軽薄そうな返信を送る。なんて先生だ、と思いつつ学校に通わせるという考えは間違ってないから、どうしてもなぁと思っている。そんなことを考えると頭が割れるような感覚がある。


 無情にもピピピと音が鳴る。電話、しかも夜遅くに誰からだろうと見ると優那先輩からだった。

 「優那先輩? なんですか?」

 「ちょっと聞いてよ、アリサー!」

 優那はいつも以上に不満を剥き出しにしていきなり口調が強めの状態で話す。

 「あの銀髪狼、私とアリサちゃんに面倒事を押し付けたわ!本当に最低ッ!普通なら通信に通わせてあんたが面倒みなさいって思うわ。」

 と言っても有咲は普段は明るく優しい先輩である優那がこんな感じになるのはかなり珍しい。実際S級とはいえ、最近は魔法災害は多くない。来海町の件は別として。

 「本当にあの人は最低だ。敬意は本当にわかない。恩人だから感謝はしているけど、本当に面倒事押し付けてくるから嫌い。」


 「ところで件の彼、常時監視しなきゃいけないならどうしたらいい? 放送部に入れちゃう?」

 「いや入れなきゃダメだと思いますよ、先輩。」

 「やっぱそうだよねー!記憶喪失の彼どの役割にしたらいいんだろうね。そこが1番の迷いどころ。」

 「じゃあおやすみです、先輩。」

 「おやすみ、優那。」

 そう言って電話を切るのだった。


 「大きい家ですね…。」

 「でしょ? 君はこれからここで暮らすことになるからよろしく。」

 そういって2人は家に入っていった。

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