魔法師達のメモリアルズ~日常と非日常の狭間で〜

神衣

The beginning

始まり

 その日、少年―久遠ハルトは全てを失った。眼の前で現れる炎。眼の前の世界を揺るがすその炎はハルトの前にまで迫ってくる。空が青いことが当たり前にあるような、そんな日常が一瞬で終わってしまう。

 「くっ……君しか生き残っていなかったか。でも大丈夫、君だけは救う。僕の手で。」

 ハルトの前に現れたその白い服を来た銀髪の青年は、炎に挑みかかる。ハルトは全てを諦めていた表情をしていた。事実、家族も何もかも失い、自分が何者かさえ思い出せなくなっていた。

 「炎よ虚無となり、消滅せよ。水神リバイア

 そう詠唱すると指輪は光り、青年の後ろから空に舞う龍のような水が現れる。ハルトは驚きの顔をしていた。そもそも消防士さんより早く救出に来るとはということもそうだが、炎の中に飛び込んで来る人がいるという事実、そんな馬鹿げたことあるかという思いもあるがそこまでして命を懸ける人なんているはずがないのだから。

 「す、凄い。」

 ハルトは何もかも驚きであるとともにさっきまでなにをやっていたのか思い出せなかった。いきなり燃えて、何もかもが「消えて」いってしまった。それに家族の顔も全て思い出せずにいた。

 「君、名前は?どんなことしてて、巻き込まれた?家族構成は?とりあえず知りたいことはそれらからかな。生存者がいるかも知れないわけだし。」

 「名前は久遠ハルト。それしか思い出せないです。多分ですが俺以外生存者いないと思います。」

 「何でそんなことが分かる?調べるまでわからないぞ。」

 青年にハルトは決めつけるな、と言われるもハルトの中では生存者が存在しない事に気づいており、すでに遺体すら残っていないことさえ理解できていた。変な気配とかに気づいてる。

 「わからないとかじゃない。気配とか勘に近いけど、俺以外に生きてる人はいない。多分だけど、ここにいた人みんな死んでる……!」

 ハルトは顔を思い浮かべることさえできない。何をやっていたのか、この場所がなんなのかしか分からないのだから。どう説明すればいいのか、それにこれからどう生きればいいのか、まずはその段階からだった。

 「これからどうすれば良いんですか。そもそもこの状況でどう生きて行けば良いのか分からない。」

 ハルトは憔悴しきっていた。そのオレンジの髪がしぼんで、そして夕日が沈み夜になっている。薄暗い中でどうしたらいいのか、見通しのない不安がハルトには襲いかかっている。

 「どうしようってなぁ、刑事さん達や消防呼んどいたから、話してから決めとこうか。僕の家に住むか、それとも役場に行って支援を貰うかその二択になりそうだけど。この件が『魔法災害』の一種『突然発火』なのは分かっているんだが、記憶が消えてるからどんな状態で起きたなのかも分からないからね。」

 青年-赤羽零士はかなり困惑している様子だった。ただ、この来海町では『突然発火』現象が頻発していた。まだ薄寒い4月で空気が乾燥気味で甚大な被害に繋がりかねないため消防や警察からの要請で原因特定のため魔法師協会から派遣されてきたS級魔法師であった。ただ、すぐに終わるはずの任務であったが、毎週一度はこういう『突然発火』による火災が起きる上に原因が特定できないのでどうしようもない状況であった。

 「『突然発火』が通報を受けてきましたが…あ、赤羽さん……これは一体……。」

 刑事が声を掛けてくる。どうも荒れ果てた現場にまた防げなかったという諦観のような表情で、どうしようも無い絶望に苛まれているようだった。

 「すみません刑事さん。状況がこんがらがっているので最初から説明します。僕がこの現場を見つけた時には『突然発火』が始まっていて……既に彼以外は炎の中に消えてしまったみたいです。彼曰くいきなり発火して、気づいたら逃げ遅れていたとの事でした。消防の方にもそう説明しておいてもらいますか?」

 「ええ、分かりました。」

 零士は単刀直入に刑事達に説明する。どうやっても救い出せない命に、理不尽に『魔法災害』で奪われた命に深く祈りを捧げつつ、ハルト達はその場を離れる。


 「そう言えば僕の名前を教えるのが遅れていた、いや説明出来る状況じゃなかったね。僕の名前は赤羽零士、普通にいる魔法師だ。」

 零士も魔法災害についてはある程度理解はしている。この世界に満ちたる謎の力、『魔法』が根源となって発生する理不尽。一度、魔法災害が起きれば電柱や信号機、広告看板、すぐそこにあるビルといったありふれた街の風景が一変してしまう。

 こういった魔法についてのシステム、その理不尽に立ち向かうのが魔法師という存在だ。

 「うわあああああああああ」

 ハルトはこの理不尽にとても耐えることが出来ずに泣き崩れる。記憶なんて何も無い。でも間違いなくその場所で生きていた。だからとても辛い事だろうが乗り越えることが出来ない、何も無い存在だって分かってしまったからだ。それに何も無いから生きるための指針も存在しない。

 その姿を零士は苦しそうに、どうしたらどう言えば良いのか分からずに立ちすくんで見ていたのだった。

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