第9話 お姉様、集めた爆発物を最大火力でぶっ放してはいけません。

 ボルケノは憔悴しょうすいのようなものを感じつつも、それをおもてに出すことなく「まだ前談は続くのかな」と笑顔で言った。


「いや、ここで終わりだ。その日──昨日だが、すっかり夜もけていて、わたしは銀髪の女性の配慮により無料ただで宿屋に泊めてもらったあと、銀髪の女性たちと別れて、今日の早朝から北部冒険者協会ノースユニオンの事務所を目指した」


「寝坊癖のあるお姉様が早起きするとか、大惨事の予兆以外の何者でもないですわね……」


「道については詳しく聞いていた。そのお陰でわたしはほとんど迷うことなく北部冒険者協会ノースユニオンの事務所に到着することができた」


「方向音痴のお姉様が迷うことなく目的地に到着するとか、大災害の前兆以外の何者でもないですわね……」


「冒険者登録もすんなりと終わった」


「平穏への道は蛇行だこうしまくるくせに、トラブルへの道は直進しやがるのですわね……」


一々いちいちうるさいぞ水面みなも。で、チュートリアルダンジョンに着いたわたしは、荷物を一時的にどこかに置いておこう思ったんだ」


稀代きだいの爆発物三点セットなんてものは一時的と言わず、永遠に深い海の底にでも沈めておいて欲しいところですわ」


「わたしはしばらくダンジョンの中を歩いて、大きな岩を見つけた」


「岩?」


「おっと、補足するぜ妖精の嬢ちゃん。北部冒険者協会ノースユニオンのチュートリアルダンジョンの中心には、赤茶色のどでかい岩があるんだ。それは天井を支える柱も兼ねている」


「ああ、のことですのね」


 水面みなもはゲームのプレイヤーとしての経験から、すぐにクロザックの言っていることを理解する。


「クロザック殿、補足感謝する。で、わたしはその岩に荷物を入れておくのにぴったりのくぼみを見つけたんだ」


「…………」


 一同はこの情報によりオチが読めてしまい、相槌を打つ勇気もなくなってしまった。


 水面みなももどんなくぼみだったのかを聞いたりはしなかった。その大岩は頑丈そうな見た目をしている一方で、凹凸おうとつが多いという特徴もある。


「わたしはそのくぼみに壺を入れた。それから近くに落ちていた大きな石──これも岩と言っても良いかもしれないな。それを使ってくぼみの入り口をふさいだ」


「…………」


 ことだろう。くぼみも、そのふさぎ方も。水面みなもはその様子をまるで実際に見たかのようなリアリティで想像してしまっていた。また壊せるはずのないオブジェクトを壊せてしまった理由も分かってしまった。


 ダイナマイトで岩盤を破壊する際、岩に細長い穴を空けて、その穴にダイナマイトを入れて起爆する。それは余計なものを巻き込まないようにするという理由もあるが、爆発のエネルギーを外部ににがさず破壊対象にだけ伝えるという目的もある。


 その効果は入り口をふさいだことでさらに増したことだろう。水音みずねがやったことはそういうことなのだと、そうやって不可能を可能にしたのだと、水面みなもは理解していた。


 水面みなもだけでなく、彼女を含む水音みずね被害者の会一同は、これでようやく伏線が張り終わったのだと悟った。あとはどうやって起爆したのか。


「ここでわたしはふと『クラスターフレイムの書』の巻き物を使うときの呪文ってなんだっけかなぁと思った。無論、そこで使うつもりはなかったが、忘れてしまっているのは良くないし、時間が経つと思い出せなくなると思った。わたしはグレープ教官に会うためにダンジョンを歩きつつ──あ、グレープ教官というのはだな」


南部冒険者協会サウスユニオンで言うところのナッツ教官に相当するお方ですわ。冒険初心者に戦い方やミッションのやり方を教えてくれる。みんな分かっているので説明は不要ですの」


「うむ。わたしは呪文を思い出そうとしながら歩いて、グレープ教官に会った。そしてグレープ教官の青く逆立さかだった髪を見てナッツ教官のことを思い出し、ナッツ教官の赤く逆立さかだった髪を思い出して──呪文を思い出したんだ。わたしは嬉しくなってついそれを声に出してしまった。叫んだつもりはなかったが、響いてしまって、壺のところまで声が届いてしまったらしい」


。噴火という意味もございますし、確かにナッツ教官の髪型はそんな感じですわよね。しかしなんでしょう、その楽しくない連想ゲームは……」


「その瞬間、魔法が発動して、そのせいで爆弾も起爆してしまって、大爆発が起こった。幸いにもフロアが火の海になることはなかったが」


「代わりにその火力をすべて引き受けることになった大岩が微塵みじんに砕けたというわけだぜ。その衝撃は間を置かず天井も破砕し、みるみるうちにチュートリアルダンジョンは崩落していった。ミズネとグレープは巻き込まれる前に逃げたし、なんだかんだで死者はいなかったがよ──分かったか。これが顛末てんまつだぜ、ボルケノの旦那」


 ボルケノは笑うしかなかった。


「はっはっは。なるほど、三種類の爆発物を連鎖的に起爆することで通常ではあり得ない火力を実現したというわけか。どうやら岩のくぼみに入れておいたことも影響があったように思えるね」


「笑い事じゃねえ」


「貴殿も笑いたまえよ。こんな面白いこと、最後にったのはいつのことやら。ほら、イーリス君も、ミナモさんも。笑おうじゃないか」


「…………」


 そう言われても笑えるはずがなく、イーリスも水面みなもも表情を強張こわばらせることしかできなかった。


「あははははははは」


「いやミズネさん。貴女あなたは笑っている場合じゃないよ。しかし参ったね。クロザック殿、貴殿がここに来たのは、ただ今の話をしたかったわけではないのだよね?」


「当然だぜ。本題はこれからだ。崩落したチュートリアルダンジョンと巻き込まれた施設の復旧をどうするか、復旧するまでの間どうするか。ボルケノの旦那、?」



***



 ボルケノは急に真顔になり、クロザックを見返した。その眼光の鋭さに、水面みなもはもちろん、彼をよく知るイーリスさえも胃をキュッと縮ませた。


 それはボルケノ自身も意図しないものだった。彼はすぐに表情をいつもの笑顔に戻す──それでも目は笑っていなかったが。


「はっはっは。クロザック殿、なにを言っている。全責任はミズネさんにあるだろう。僕たちカンケイナイヨ」


「白々しいな、旦那。ミズネは不可抗力って言っているし、そうなれば事故扱いだよなぁ。そして事故となれば責任は南部冒険者協会サウスユニオンにアルンジャネーノ」


「貴殿こそ白々しい! 不可能を可能にするほどの奇跡を起こしておいてなにが不可抗力だ! 偶然あいだの故意こいだのという次元を超えているぞ! だいたいミズネさんはそちらで冒険者登録を済ませたあとだろう。それならばウチは除籍扱いだし免責だ」


「そっちで冒険者登録をしてあったのなら、こっちでは冒険者登録自体ができねえぜ──本来ならな。リストが回ってくる前に登録手続きに来ちまったから審査は通っちまったがよ、正式には無効だ。ミズネの籍はそっちにある」


「登録しようとした時点でこっちは除籍だ。ダンジョン崩落についての責任は我々にはない」


 クロザックは分かりやすくため息をつく。


「ふぅ。てめえならそう言うとは思っていたさ。でも俺はこのくだらない問答を避けるために来てるんだよ。なあ、旦那。どうせ最後はこういう話になるんだし、無駄な話はめにしようぜ。──これでどうだ」


「ヤダ」


 即答されて、がくり。クロザックはテーブルに頭を落っことしそうになりながら、曲者ボルケノに言い返す。


「子供みたいに駄々をこねんじゃねえ! てめえのそういうところ、大っ嫌いだぜ!」


「嫌われるのは結構……いやでもね、僕も本当はこんな真似したくないのだよ。お金かかり過ぎるし、現実逃避も時間稼ぎもしたくなるさ。はっはっは」


「何度も言うが、笑い事じゃねえ」


「知っているよ。はぁ、仕方ないか。建設的な話をしよう」


 この言葉でようやく、クロザックはボルケノを睨むのをめた。


「仮にミズネさんに責任を取らせたところで一銭にもならない。復旧は早急に始めないといけない。僕と貴殿で責任を押し付けあってもらちがあかない。北ユニ側だけチュートリアルダンジョンがない状態はアンフェアだし王国などの公的機関も許してくれない。現実的には協力して復旧を進めるしか方法はないね」


「物分かりの良いやつで助かるぜ」


「貴殿と協力など本当は死ぬほど嫌なのだけどね」


「性格が良ければもっと助かるんだけどな! まあいいさ、てめえから協力という言葉を引き出せただけで、俺の仕事は九割くらい終わりだ」


 クロザックはティーカップを手に取り、ふんぞり返りながらそれを口に運び「それ、わたくしの煮汁が混ざっておりますわよ。あ、ちょっと漏らしたかも」思い切り吹き出した。


 その吐き出した紅茶がボルケノの顔にかかる。ボルケノは無言で顔にかかった紅茶をハンカチでぬぐうと──それ自体は気にした様子もなく、今日一番の眼光をクロザックに向けながら言った。


「ただ復旧するだけだも面白くない。良い機会だし、? ジーンベリー平原の低ランクダンジョンを流用すれば、新しくチュートリアルダンジョンを造れると思う」

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