第8話 お姉様、有名アニメの展開をパクってはいけません。

※本話は某有名小説の内容をネタにしている箇所がございます(その箇所は露骨に分かるようにしてあります)。知らない方も楽しめるよう、水面みなも嬢が体張って頑張っておりますのでご安心ください。



***



 殺し屋というキーワードに、水面みなもだけでなく、ボルケノ、クロザック、イーリスの表情が少しだけ強張こわばった。しかし誰もなにも言わなかったため、水音みずねは言葉を続けた。


「まずは迷子の話だな。路上に青果店が並んでいる通りで、わたしは泣いている女の子を見つけた。五歳か六歳か、そのくらいの年頃の少女だ。わたしはその子に声をかけた。そして要領の得ない話の中で、どうやら母親とはぐれたということだけは理解した。わたしはその子から自身と母親の名前を聞き出して、周囲の青果店の店主たちに話を聞いて回った。しかし誰も母親らしき人物を見ていなかったことから、少女が別の場所から移動してきたと推測した。再度、近くの青果店の店主と話をして、最初に母娘が歩いたかもしれない地点を聞き出した。青果店の集まる区画はメインストリートから脇道に逸れてすぐの場所にあり、メインストリートを歩いていればその賑わいは目につく。そこでわたしは『母娘がメインストリートに沿って歩いていたところ、娘が店に並ぶ果物に目を奪われ、少し脇道に入ってしまった。しかし母親は気付かずに真っ直ぐに進んでしまい、娘はすぐに──かどうかは分からないが、母親を追おうとしたが、人波に阻まれて母親を見失ってしまった』と推測した。そこまで考えて、わたしは少女を連れてメインストリートと交錯する地点まで歩いた。母親も娘を見失った位置は分かっているはずだから、そのあたりをさがしていると思っていた。なのでわたしは、その場所まで来ると母娘の名前を順番に叫んだ。すると声に驚いたのか近くを走っていた馬車みたいなやつがバランスを失い盛大に転倒した」


「お姉様。無駄に有能な推理のあとに変なオチをつけてはいけません。いや、うっかりお姉様って頭脳明晰インテリジェンス……などと人生の恥とも思える勘違いをしてしまうところでしたわ」


「その転倒で騒ぎになったのと、おそらく声も聞こえていたのだろう。迷子の母親はすぐにわたしたちを見つけてくれた。その瞬間、何故か『ひぃっ!』と声を上げていたが」


「お姉様。感動の再会シーンの背景を阿鼻叫喚あびきょうかんで染め上げてはいけません。事故によるパニックの中心地で可愛い我が子を見つけたときのお母様の心情はお察しいたします……」


「ちゃんと感謝はしてくれたぞ。その母親に少女を引き渡すと、感謝の言葉とともにお礼にと『どらごんふれあぼむ』というものをくれた」


「ドラゴンフレアボム!?」


 叫びながらティーカップから身を乗り出した水面みなもは、ふちに乗せた手を滑らせて紅茶の中に水没。彼女がぶくぶくと気泡を出している間、ボルケノとイーリスは一言も発せず──しばらくすると気泡が出なくなってしまったのでイーリスがティーカップから妖精をつまみ上げて、テーブルの上に置いた。


 うつ伏せになっていた水面みなもはイーリスの指が離れると、ぬるりと反転して仰向けになった。目が死んでいる。


「お姉様……。ほのぼの日常ライフを漫喫していそうな母娘おやこから世界最凶せかいさいきょうの爆弾を受け取ってはいけません」


「わたしに言うな」


「言い訳しないでくださいませ。とにかくお姉様がいけません。だいたいなんの目的でそのご婦人は爆弾なんてものを持ち歩いていたのですの?」


とこに飾るとか言っていたなぁ」


「まさかの和室!」


「ミナモさん、落ち着きたまえ。ツッコミのポイントがおかしくなっている。和室だろうが洋室だろうが竪穴式住居たてあなしきじゅうきょだろうが爆弾を飾ること自体が間違っている」


「いやいやツッコミだっておかしくなりますわボルケノ様。ドラゴンフレアボムって、ドラゴンこわいものフレア怖いものボム怖い物なのですわ」


 水面みなもはゲームの知識で、それがいかに危険なアイテムであるのかを知っていた。


 ドラゴンフレアボム。竜の印がシンボルで、まあるくて黒色の導火線のある形状をした爆弾。大きさは手のひらサイズながら、起爆するとダンジョンの一階層を炎で焼き尽くすほどの火力がある。ではどうだか知らないが、ゲームのプレイヤーとしての水面みなもの経験で言えば、あまりの危険性から暗黙のルールで使用どころか持ち歩くことさえ禁止されていた代物しろものである。


「迷子の件はそれで一件落着した」


「一件落着どころか文字通りの火種を抱えることになっているように思えますけど……とりあえず続きの話を聞きますわ」


「うむ」


 水面みなもは(これ以上、体に紅茶を染み込ませると姉に食べられてしまう可能性に気付かず)ティーカップに戻り、ちょっとぬるくなってきた紅茶に浸かった。ボルケノとイーリスはまだ本題以前の話が三分の一しか終わっていないことに若干の絶望を感じつつも、お行儀良く傾聴の姿勢を見せた。


母娘おやこと別れたあと、わたしはメインストリートを歩いていた。すると目の前で盗難事件が起きたんだ」


「こやつわたくしのいないところで異世界ファンタジーの定番イベントを堪能たんのうしまくってやがる……」


「ハーフエルフという種族の銀髪の女性が、皇帝になる権利を主張するために必要な宝石を盗まれたと言っていた」


「そういうの聞いたことある! お姉様! 既出のファンタジー展開を丸々パクってはいけません!」


「わたしに言うな」


「てやんでえ! 物理的にも概念的にも危険なものを次々と並べやがって! こうなったら全裸で踊ってさらに危険な展開にしてやる──」


 叫びながらティーカップから身を乗り出した水面みなもは、ふちに乗せた手を滑らせて紅茶の中に水没。彼女がぶくぶくと気泡を出している間、ボルケノとイーリスは一言も発せず──しばらくすると気泡が出なくなってしまったが、ボルケノとイーリスはさらにしばらく放置。その後、頃合いを見て、イーリスがティーカップから妖精をつまみ上げて、テーブルの上に置いた。


 うつ伏せになっていた水面みなもはイーリスの指が離れると、口(などのいくつかの穴)から紅茶をぷしゅうと噴出したあと、びくんびくんとしばらく痙攣していた。


「話を続けよう。わたしは銀髪の女性とともに盗難の犯人をさがした。銀髪の女性は盗難品を取り扱う裏通りの店が怪しいと言い、二人でその店に向かった。すると、到着するなり店の中で事件に巻き込まれた」


「事件?」


 痙攣中の妖精の代わりに、ボルケノが合いの手を入れる。


「ああ、交渉に失敗した客が暴れていたんだ。その場には店主、偶然にも宝石を盗んだ泥棒もいた。わたしと銀髪の女性は彼らと協力して暴れていた客と戦った。皆、命は無事だったが、客には逃げられてしまった」


 妖精の痙攣がぴたりとまる。彼女は急に平然と起き上がり、大声で「限りなく有名アニメのパクリ展開ですけど細部がちょっとだけ違うのでセーフですわぁ!」と叫んで、また寝転がった。


「なおその客はよく知られた殺し屋であるらしい」


「やっぱりアウトパクリですわぁ!」


「少し黙りたまえ」


 叫びながら飛び起きた妖精をボルケノは掴み、別のティーカップ──熱々の紅茶の中に彼女を落とした。


「ぎゃあああああああああ!」


 すぐにティーカップから飛び出してのたうち回る水面みなも


「ボルケノの旦那。逆にうるさくしてどうする」


「何度か繰り返せば静かになるだろう」


「いやそれって死──ボルケノ様。静かにするのでお許しくださいませ。女子高生JK属性を持つ妖精に熱湯風呂芸をさせてはいけません」


「そのように頼むよ」


 ボルケノの微笑ほほえみに真の恐怖を感じた水面みなもは、その場で正座して、姉が話を続けるのを待った。


「殺し屋を撃退したことに感謝して、泥棒も銀髪の女性に宝石を返してくれた」


「ふむふむ」


「さらに店主はお礼にと『じごくのかえん』という壺をわたしにくれたんだ」


「ふむふむぅふ!? 地獄の火炎!?」


 水面みなも咄嗟とっさに叫んでしまった(そして約束を破った彼女をボルケノは無言でティーカップに放り込んだ)。


 水面みなもはゲームの知識で、それがいかに危険なアイテムであるのかを知っていた。


 地獄の火炎とは、持続的に膨大な炎を吐き出し続ける壺の形をした魔法アイテムである。瞬間的な火力はドラゴンフレアボムに劣るが、総合的な火力では勝るとも劣らない。狭い通路に置いておくと長時間冒険者たちのさまたげになるなんてこともある。ではどうだか知らないが、ゲームのプレイヤーとしての水面みなもの経験で言えば、あまりの迷惑性から暗黙のルールで使用どころか持ち歩くことさえ禁止されていた代物しろものである。


「わたしはちょうど良いと思った。爆弾をき出しのまま持ち歩いていたからな」


「まさか……壺に爆弾を入れたりなんかしてないですわよね」


 熱湯から脱出した妖精が恐る恐る訊くも──


「いや入れていたらしいぞ」


 クロザックにより、即座に肯定されてしまう。


「順調に伏線が積み上がっていきますわ……。お姉様のそういう分かりやすいところ、嫌いじゃありません……」


「続けるぞ。それからわたしは銀髪の女性と赤髪の騎士と一緒に殺し屋を追った」


「赤髪の騎士さんいつ現れた。お姉様のこういう平然とパクリ展開をねじ込んでくるところ、嫌いじゃありません……」


「そして金髪で目つきの悪い獣人の少年と一緒に殺し屋を倒して捕まえたんだ」


「獣人さんいつ現れた!? いやいや、いくらなんでもパクリ過ぎぃ!」


 叫びながらまたもティーカップに放り込まれる水面みなも。頭から放り込まれたせいか、しばらく彼女はもがき苦しんでいた。


「解決したあと、赤髪の騎士から協力したお礼にと巻き物を貰った」


 熱湯から脱出した妖精は、巻き物という言葉にピクリと反応したが、さすがにもう叫ぶ気力がなかったのか、無言のまま制止している。


「その巻き物だが」


かな?」


 水音みずねが言うより早く、ボルケノがそれを言い当ててみせた。水音みずねは少し驚きに口を開いて、それから感心したように頷いた。


「よく分かったな」


「たぶん僕以外のみんなも分かっていたと思うよ。展開的にね……」


 言うまでもなく──今回も水面みなもはゲームの知識で、それがいかに危険なアイテムであるのかを知っていた。


 クラスターフレイムの書とは、クラスター爆弾のような効果のある魔法書である。呪文を唱えることで発動し、広範囲に小さな火の玉を撒き散らす。そして火の玉は着弾すると小規模な爆発を起こす。着弾せず地面に落ちたものはすぐに爆発せず地雷のような効果を発揮する。ではどうだか知らないが、ゲームのプレイヤーとしての水面みなもの経験で言えば、あまりの問題性から暗黙のルールで使用どころか持ち歩くことさえ禁止されていた代物しろものである。


「で、その巻き物も壺の中に入れておいたんだね」


「うむ」


 ここまで話を聞いて、ボルケノは確信していた。爆発物をいくら揃えたところで、やはりダンジョンを破壊するなど不可能だと思う──が。


 このミズネという女なら

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