第7話 お姉様、異世界の重要システムを壊してはいけません。

 南部冒険者協会サウスユニオン本部の応接間。水音みずねがゆっくりとお茶を飲んでいるうちに、その場所に関係者が揃う。


 南部冒険者協会サウスユニオン代表のボルケノ。北部冒険者協会ノースユニオン代表のクロザック。金髪受付嬢のイーリス。ナビゲーション妖精の水面みなも。そして水音みずね


 ボルケノがクロザックに一通りの紹介まで終えたところで、クロザックが口を開く。


「よし、準備はいいな。じゃあそろそろこの新人冒険者ちゃんがなにをしでかしたのか、話そうじゃねえか」


「ああ、やっと始まるか。ここまで焦らしてくれたんだ、さぞかし楽しい話が聞けるのだろうね? もしつまらない話だった場合、お茶代はきっちり請求させてもらうから注意したまえ」


 ボルケノが大袈裟に両手を広げる。その様子に冷ややかな視線を送るクロザック。


「おいボルケノ。こっちは焦らすつもりじゃねえし、てめえが妖精の嬢ちゃんたちの到着を待つように言ったから話が遅くなっただけだろうが。茶もてめえが勝手に出しただけだしよ。つーか、茶をガブガブ飲んでんのは俺じゃなくてミズネだし」


「はっはっは」


「面白くねえぞ……まあいいさ。これからその余裕ぶった表情をぶっ壊してやるからな。おいボルケノの旦那よお、ついでに金髪の嬢ちゃん。茶を口に含めや」


「…………?」


「え?」


「俺の話を聞いて、それを吐いたらてめえらの負けだからな」


「なるほど、そういう趣向か。理解した」


「えっと……承知しました」


 ボルケノとイーリスは言われた通り、ティーカップの紅茶を一口だけ口に含む。テーブルの上で座っていた水面みなももパタパタと浮遊し、クロザックの言葉を待つ。


「じゃあ、この新人冒険者ちゃんがやらかしたことを言う」


 水音みずねを除く全員の視線がクロザックに集まる。なお水音みずねはそちらを見ることもなく悠々とお茶を飲んでいる。


北部冒険者協会ノースユニオン本部にある──


「────」


「おぶふぉ」


 ボルケノはごくんと(判定負け)、イーリスは派手にお茶を吹き出した(ノックアウト負け)。水面みなももバランスを崩して落下し、真下にあったティーカップの中に落ちてしまった。なお水音みずねはそちらを見ることもなく悠々とお茶を飲んでいる。


 水面みなもはティーカップのふちに手をかけて頭を出すと、前髪から紅茶をポタポタとしたたらせながら絶叫した。


「いや、お姉様! 悠々と茶をすすっている場合じゃねえですわ! チュートリアルダンジョンが崩落って、災害レベルの大惨事でまことあわれななりゆき!」


「ミナモさん、落ち着きたまえ。騙されてはいけないよ。僕はミズネさんのような初期装備かつ初期レベル冒険者がチュートリアルダンジョンを壊すだなんて大それたことができるとは思わない。イーリス君もそう思うよね?」


 クロザックの話に呑まれてはいけないと、叫んでいる妖精をなだめつつ、同意を求めて受付嬢に話を振るボルケノ。しかし話を振られたイーリスは──


「けほっ! けほっ!」


 せていてそれどころではなさそうだった。彼は諦めて、一人で言葉を続ける。


「クロザック殿。貴殿もご理解していることと思うが、理論上、ダンジョン構造物はこの世界の最高の戦士や魔法使いが束になっても破壊できないことになっている。その道理が容易に曲がるなんてことはないと思うし、なんの力もないミズネさんにそんなことができるとも思わない」


「ああ、俺もそう思うぜ。しかしこいつは実際にそれをやってのけた。俺はその場にいなかったが、その手際は歴史的な爆弾魔も驚くようなものだったらしい。死者が出なかったことが奇跡みたいなもんだ。なんなんだこの女は、天才的てへぺろ爆発魔女ナチュラルボーンエクスプロージョンかなにかか?」


「とても信じられないが、ミズネさん……クロザックの話は本当なのか?」


 否定を求めて質問するボルケノ。なお水音みずねはそちらを見ることもなく悠々とお茶を飲んでいる──そして飲み干した。


「おかわり」


「質問に答えてからだな……というかまだ飲む気か」


「うん。ああ、でも質問には答えるぞ。そのくらいの礼節はわきまえている」


「れいせつ……? ああ、礼節と言いたいのか。貴女あなたには無縁そうな言葉すぎて分からなかった。てっきり食べたい茶菓子の名前かと思ったよ」


「茶菓子?」


 水音みずねはここでようやく真剣な表情となってボルケノを見た。


「そこに食いつくな、ただの皮肉だよ。ミズネさん、まずは僕の質問に答えてくれ。話が進まない」


 これを聞いた黒髪のポンコツ女(横浜市出身20歳)は、謎解きを終えたあとの名探偵のごとく落ち着いた様子で、ゆっくりと頷いた。


「うむ。クロザック殿の言っていることは正しい。ただし──」


「ただし?」


「不可抗力だからわたしは悪くない」


「その台詞せりふは大抵悪いやつが言うと思うのだが。クロザック殿、詳しく話してくれるか?」


「俺が話すより、ミズネが直接話した方が面白いだろう。俺も途中経過までは知らねえしな。ミズネ、話せるか? まさかもう経緯いきさつを忘れたなんてことはないよな?」


「忘れてはいないよ。クロザック殿、あまりわたしを馬鹿にしないでくれ。記憶力には自信がある。今日ここでお茶を何杯飲んだのかだってちゃんと覚えているぞ」


「そもそも数えないといけないほど飲むんじゃない……。とりあえず了解したよ、ミズネさん。君がここから出ていってからの話を聞かせてくれ」


 水音みずねはボルケノの言葉に、「任せてくれ」と大きく頷いた。



***



 水音みずねの口元に注意が集まる。そして彼女は「うっかり水面みなもたちとはぐれてしまい、気がついたら街を歩いていた」と語り始めた。


「お姉様。素直に『ボルケノ様に会いにいくのが怖くてトイレの窓から逃げました』と言ってくださいませ」


水面みなも、失礼なことを言うな。それではまるで、わたしが『ボルケノ殿に会いにいくのが怖くてトイレの窓から逃げた』みたいに誤解されるだろう」


「いやだからその通りですし誤解でもなんでもなく……ああもう面倒ですわ。ボルケノ様もこのあたりの事情は知っておりますし、そのままお続けください」


 案外、湯加減(?)が良かったのか──水面みなもはティーカップのお茶に浸かったまま、諦めたように言った。


「む、そう思われているのか。残念ながらわたしは逃げたわけではない。なんかこう──うん。とにかく逃げたのではなくて、街を歩いていた」


「はい」


 妖精は無表情で相槌を打った。


「わたしはいろいろ考えて、北部冒険者協会ノースユニオンとやらに行こうと思った。そして街の人たちに道を尋ねながら事務所に向かったぞ」


「お姉様。つまり南ユニを抜けて北ユニに鞍替えして、この場所に戻ってこなくて済むようにしようとしたのですわね……。そうすればボルケノ様に会う必要もなく、やらかしたことを謝る必要もなく、逃げたことをとがめられることもない」

 

「しかし北部冒険者協会ノースユニオンへの道のりは長くけわしいものだった。トラブルが三つも起きたからな」


「どうせ道に迷ったとか、落とし物をしたとか、食い逃げをして捕まったとかなのでしょう」


「少しずつ惜しいな。わたしがやったのは、迷子の子供を助けたこと、盗まれた宝石をさがしたこと、殺し屋を捕まえるのを手伝ったことだった」

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