第2話 お姉様、お腹が減っても妖精を食べてはいけません。

 ただいま水月すいげつ水面みなもによる『ラグラムオンライン基礎講座』が開催されております。少々お待ちください。



***



水面みなも、説明ありがとう。しかし、ふむ、分かったような分からないような、いや……やっぱり分からないな」


 そして講義が終わる。物分かりの悪い姉に対する説明に疲れ果てたのか、妖精いもうとは姉の頭に着地し、ぐったりとしていた。


「お姉様はラノベは読みませんし、アニメは見ませんし、漫画も限られたジャンルしか読みませんし、ゲームもやりませんし。基本となる知識が少なすぎて、完璧に理解させるのは無理ゲーですわ……」


「それなりには理解しているつもりだぞ。そうだな、まずわたしたちは『冒険者』とやらなのだろう」


 水面みなもは(姉の頭の上に)寝転がったまま答える。


「はい、正解ですわ。というかそれさえも理解していなかったら、講義は最初からやり直しですの」


「ダンジョンとやらに行ってモンスターとやらを倒せば良いのだろう?」


「はい。なんとびっくり、そこまでは合っておりますわ」


「モンスターとやらを倒すことで名声値とやらを稼ぐことができるのだろう?」


「イエスですわ。今のところパーフェクトですわ」


「冒険者は『北部冒険者協会ノースユニオン』または『南部冒険者協会サウスユニオン』とやらのいずれかに所属する必要があって、南北それぞれの陣営で最も名声値が高い冒険者は『勇者』とやらの称号を得ることができる。それがこの世界ゲームにおける最大のほまれなのだろう?」


「素晴らしいですわ。お姉様の頭の中にあるのは高野豆腐ではなく脳みそだったのですわ」


 水音みずねの回答に元気が出たのか、水面みなもは羽音を立てながら浮上し、姉の目の前に移動する。


「ということは、次にするべきことも理解していますわよね?」


「うむ、大丈夫だ」


 妹の質問に、水音みずねは自信満々に答えた。


「図書館に行く。そこで一生暮らそう」


「何故!?」


 水面みなもはバランスを崩し落下しかけたが、すぐに再浮上する。


「名声値も勇者もダンジョンもどうでも良い。そんなことよりこの世界の本に興味がある。名声値などというよく分からないものを集めるより、図書館で読書をしていた方が素晴らしい体験ができるだろう」


「却下、却下ですわ! わたくしというチート級のナビゲーターがいるのに、それを活用せずに図書館でスローライフだなんて、わたくしが許しても──許しませんけど、『ゲーム知識を活かして異世界で無双することに憧れる一億人のヒキニート』たちが許しませんわ!」


「一億人のそいつらに抗議される絵は怖すぎるからめてくれ、というかゲーム好きのヒキニートは一億人もいないだろう。まあ、とにかく、わたしはダンジョンとかいうよく分からないところには行かない。これはもう決定事項だ」


「と、図書館は楽しくないですわ。お姉様が大嫌いなゴキブリがたくさんいますわ!」


「それならば、わたしはそのゴキブリを殺すとしよう。ゴキブリと正体不明アンノウンは速やかに処分するに限る」


「あー、えっと、じゃあ、ムカデ、ゲジゲジ、カマドウマも参加します」


「いるのか?」


「いなかったら集めて解き放ちます」


「それはただの営業妨害だからめておけ……。さて、言いたいことはそれだけか? 話が終わりなら図書館に向かうぞ」


「ダメ! ダメですわ! えっと、図書館は……か、からいのですわ」


「なにがだ?」


「お姉様はからいものが苦手だったですわよね! 図書館は激辛ですの!」


「だからなにがだ?」


「一冊本を読むごとに激辛スープを飲み干さないといけないルールですの! だからお姉様には不向きですわ!」


「意味が分からない──もういい加減に嘘をくのはめろ。わたしは図書館に行くぞ」


「くっ……て、てやんでえ! 江戸っ子ならちまちま本なんか読んでいないで、魑魅魍魎モンスターどもを豪快に斬り倒してみせろってんだ!」


「横浜市民は江戸っ子じゃないぞ」


「黙れってんだ! どうしても図書館に行くって言うなら、まずはあっしを倒しやがれ──」


 水音みずねは目の前に飛んでいる妖精いもうとを、容赦なくはたき落とした。


「にょぐぉ」


 断末魔。



***



「しくしく」


 数分後。(美味おいしそうという意味で)とても良い匂いを漂わせながら、水面みなもは泣いていた。


「そろそろ泣きんだらどうだ?」


「うう、血を分けた姉妹きょうだいに対してこの仕打ち。あまりにも酷すぎますわ」


「いやだって、『図書館に行きたくば倒せ』と言ったのは水面みなもだし」


「それを聞いて迷いなくはたき落とすのはどうかと思いますの」


「落下した水面みなもを蹴っ飛ばしたのは見知らぬ通行人だし」


「絶妙なタイミングで足元に妖精が飛んできたら、誰だって蹴っ飛ばしてしまいますの。QYKですわ。通行人の方に罪はございません」


「QYK?」


妖精たので……とにかく、悪いのはお姉様ですの」


「でもだな、蹴っ飛ばされた水面みなもが屋台の熱々の麺料理ラーメンに頭から突っ込んだのは、さすがにわたしのせいじゃない」


「料理に罪はありませんし、食べていた方にも罪はございません。全部、ぜーんぶ、お姉様が悪いのですの」


「そういえば料理は勿体もったいなかったな。それについては悪いと思う」


「わたくしの心配は!? 危うくラーメンのトッピングになって人生がエンディングを迎えるところでしたのよ!? 妖精が丸々具材になっているラーメンがラストシーンの物語って、猟奇的かつシュールすぎますわ!」


「落ち着け、なにを言っているのか分からん。あとラーメンを連呼するな。お前からは美味うまそうな匂いがしているのだし、腹が減って仕方がない」


「匂いはわたくしのせいでは……ん、空腹?」


「うん。空腹だ」


「この世界はゲームの中ですのよ。なにも食べなくても生きていけるはず」


「生きているのになにも食べなくて良いなんてことはあり得ないだろう。だからこうして腹が鳴っている」


「それは……正しいような正しくないような。一応、デスゲームではないことはナビゲーターとしての知識で把握しておりますけど。でも飲まず食わず不眠不休で何週間も敵を狩り続けても問題ないゲームのはずなのに──空腹になる意味が分かりませんわ?」


「デスゲーム?」


「デスゲーム……死んだら死ぬってことですわ」


「死んだら死ぬのは当たり前だし、飲まず食わず不眠不休で働き続けるのは労働基準法に違反するし、問題だらけだろう」


「えっと、すでに説明していたはずですけど、この世界では冒険者は死んでも死にません──が、死ぬと名声値と経験値と所持金が減少します」


「死んでも死なないけど死ぬのか?」


「とにかくっ! わたくしにとってもその空腹はイレギュラーですの! これはきっと食費や宿泊費をちゃんと稼がないと苦しくなる仕組みなのですわ!」


「いや食費や宿泊費を稼がないといけないのは当たり前のことだろう。言われなくても早めにアルバイトを探すつもりだった。図書館で雇ってくれるのが一石二鳥でベストなのだが……」


「ラグラムオンラインはサバイバル系のゲームではないのですけどね……。そしてお姉様は冒険者ですの。モンスターを倒したり依頼をこなしたりしてお金を稼ぐのですわ」


「職業選択の自由は憲法で保障されている」


「ジョブ選択はレベル10になるまでお待ちください! そのときはファイター、ハンター、マジシャン、プリースト、ローグからご自由にお選びくださいませ!」


「デスクワークはないのか?」


「ない! というか、そろそろ言うことを聞いて! お金を稼がないと、お姉様の空腹は永遠に続くのですわ!」


「ふむ、その通りだ。ところで目の前を豚骨醤油の匂いがする謎の生き物が浮遊しているのだが、食べても良いか?」


「それってわたくしのことですわよね!? お腹が減っても妖精いもうとを食べてはいけません!」

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