この星の歴史
ナツヒサはあてもなく歩きながら考え込み、ひとりごとを呟いていた。
「カプセルの作りはほぼ完璧だけど、あの設計図では耐久性が足りないんじゃないか…」
彼は設計図を元に出来上がったカプセルのイメージを頭の中に描き、さまざまな環境下での振る舞いをシミュレートしていた。
宇宙空間を高速で進んでいる時、惑星に突入する時、惑星の表面に不時着する時、いろいろ考えられる。
ちょうどそのとき手元の通信機が鳴り、ヨシアキの名前が表示されていた。
「ヨシアキか。どうかしたのか?」
「どうもこうもないぜまったく。ハルがやつらにカバンを盗まれたらしい。幸い設計図はポケットにしまってそのままだったから大丈夫だったが、お前も気をつけてくれ」
「あぁ、わかった。それにしても大事な設計図をポケットにしまったままとは呆れるな。まあ無精が幸いしたってところか。ところでその設計図の話でちょっと悩んでいるんだ」
「なんだ?」
「宇宙船のカプセルとしての機能は完璧なんだけど、今の図面通りだと大気圏突入時の耐久性がやや足りない気がする。大気の薄くなったこの惑星なら問題ないが、もし想定よりも大気が厚ければ、もしくは大気が濃ければ、地上に着くまでにすべて燃え尽きてしまうだろう。今のカプセルの性能を保ったままで耐久性を上げるにはどうすればいいと思うか?」
「おいおい、そんな難しいこと聞かれたってわかるわけないだろ」
「そんなことは百も承知だ。素人の意見を聞いてみたい」
「そうだなぁ、壁を厚くすればいいだけじゃないのか?」
「壁なんて厚くしたら重くなるだけじゃないか」
「じゃあ、丈夫な素材を選んだらどうだ?」
「使える素材は限られている。素人の意見はそんなところか…相談したおれが悪かった。忘れてくれ。また連絡する」
「ああ、頼んだぞ。やつらにはくれぐれも気をつけろよ。それだけだ。じゃあな」
ナツヒサは通信の切られた端末を見て、ふと何かに気付いたように空を見つめた。
「壁を厚く、か。二重、三重に…。それもいいかもな」
ナツヒサは連邦科学博物館の門の前に立っていた。かつて地上にはいくつもの博物館が建っていたが、地下に築かれた都市にはここを含めて数ヵ所しかない。
館内はホールを中心として、地質、動物、植物、考古、ヒトの歴史といった展示室が放射状に配置されている。訪れるヒトも少ないようで、数人の人影だけがあった。歩くたびにコツコツと靴音が響きわたる。
まず、地質展示室ではこの惑星スプラニークの形成過程やその内部構造、地表の岩石や土壌などが解説されている。地下都市を築くにあたっては、地盤や地下の地層の構造が問題になったそうだが、幸いなことに惑星の表面をラニクストと呼ばれる金属を含んだとても硬い地盤が覆っているため、ある程度の広さの空間を作っても強度は十分だった。その空間同士を繋げることによって、今の大都市の形になった。
次に動植物の展示室へ入ると、入口から奥へ進むに従って、生命が単純な作りの体から、しだいに複雑なものへと進化していく様子がわかるようになっている。細菌、バクテリアから、植物、動物に至るまで、さまざまな種類の生きものの模型や映像であふれているが、ナツヒサはこれらの生物のうちの数パーセントも見たことがない。ほとんどは地上で絶滅したものだからだ。植物のコーナーではそれぞれの花の模型が展示され、その形や色彩などはまさに百花繚乱、いつまで見ていても見飽きることはない。大型動物のコーナーでは見たことのない姿形のものと一緒に、ヒトもその中に加えられている。もちろん模型だが、こうしてあらためて見ていると、こんな生き物が歩いて考えて話をしたりするということが不思議に思えてくる。
さらに考古展示室に足を踏み入れてみる。まず最初に目にするのは、ヒトと同じ程度の大きさの金属の破片で、ちょうど先ほど見た花びらの1枚のような形をしている。材質は金属のラニクストと同じで、この惑星で発見されたもっとも古い人工物だとされている。説明プレートには次のように書かれている。
〈名称:花弁様人工金属片 解説:この惑星で見つかっている最古の人工物。ラニクストの純度は高く、またとても精巧な作りで、現代の技術に勝るとも劣らない。数百キロメートル離れた地点で、同じ形のものがもうひとつ見つかっている。用途は不明だが、宗教的な儀式に使われたと考えられている〉
しかし地質や考古学の研究者たちにとって、この金属の破片は悩みの種であり続けている。というのも、どうしてもこの金属が発掘された場所の地質の年代と、人工物との整合性がとれず、普通に考えると動物がほとんど存在しない時代に作られたことになるからである。そもそも発見された場所が間違っていたか、何かの手違いで他の発掘品と混在してしまったという説が主流となっている。
ここから先はすべて模型やイラストの解説しかないが、原始的な道具や住居の復元図からはじまり、これまでに発掘された道具や建造物の一部が、ヒトの歴史とともに展示されている。
中世、近代、現代のヒトの道具や乗りもの、住居などを扱った民俗展示室などもあるが、ここにはナツヒサの求めるものはないように思われて、足早に見て回った。
中央ホールに戻ってくると、受付の事務員以外にヒトの姿はなくなっていた。
科学博物館の脇には別館として宇宙資料館が併設され、宇宙飛行士に憧れていたナツヒサは子供の頃から何度も通ったものだった。
展示室はいくつかに分かれ、宇宙船開発に関する部屋には過去に作られた宇宙船の縮小レプリカがずらりと並べられ、エンジンや居住空間など実物の一部分を切り取ったものも展示してある。これらはすべて地上にあった博物館から持ち込まれたものだった。
この展示室に入ってすぐのところには、まだヒトが惑星の重力から抜け出すことができなかった頃の、ロケットの試作品や人工衛星のレプリカが並べられている。その隣には最初にヒトを乗せて無重力空間へ出た宇宙船のレプリカが置かれ、その解説プレートに手をかざすと、当時の映像がホログラムで再生された。その宇宙飛行士の口からは『われわれの惑星はまるでエメラルドのようだ』という言葉が発せられた。
奥に進むに従って時代は新しくなり、惑星の繁栄とともに宇宙船の性能も進化し、大型のものも作られるようになった。実にさまざまな形や大きさの宇宙船が作られ、ひとり乗り用の小さなものから、宇宙観光を目的とした百人規模の旅客用のもの、ひとつの町が入るほどの巨大な貨物用のもの、そしてある王族のためには全体に金の装飾が施されたものまで作られた。
しかし争いの時代に入ると、宇宙船のほとんどが戦闘用のものとなり、やがて無人宇宙兵器が作られるようになった。有用な人工衛星はすべて破壊され、もはやヒトが宇宙空間に出ていくこともなくなり、宇宙船はことごとくスクラップにされ、かつ新しく作られることもなくなった。ここで宇宙船開発の歴史は止まっている。しかし衛星軌道上には今もまだゴミとなった人工物が漂っているのだろう。
隣の展示室では宇宙開拓の歴史が紹介されている。惑星から半径百光年にある恒星や惑星はすべて探索され、一部の宇宙船はさらに遠い深宇宙へ行ったものもあったという。宇宙開拓を題材にした冒険物語のいくつかは今でも残っている。探索された惑星などから鉱物資源は豊富に手に入ったが、ヒトが住むには過酷な環境ばかりで、当初発見が期待された高等生物はどこにも見当たらず、わずかに細菌やバクテリアといった原初の生命もしくはその痕跡があるにとどまっていた。この意味では惑星スプラニークはどこまでも孤独だった。
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