第24話 四時間目

「四時間目の授業を始める。まずは持久走で自分の体力を知るために体力測定をする」

 早乙女先生もパイロットスーツを着て、大きい声で話した。

 翔は、桜の顔を覗くと力の抜けた表情をしていた。

「持久走は男女ともにゲネシスを五周をする」

「女子も五周って、厳しくないですか?」

 翔は真っ先に桜のことが心配になり質問した。

「タイムマシンに乗るのには男子も女子も関係ない」

 早乙女先生は、軽蔑するかのように冷たい目で翔を見た。

「翔くん、私は大丈夫だから」

 桜は元気よく笑顔で答えた。

「何かあったら助けるからな」

 翔はスタートラインの先頭へ向かった。



「よーい! スタート!!」

 早乙女先生は、山のてっぺんまで聞こえるかのような大きい声を出した。

 翔はその声に驚き、身体に変な力が入りながらも走り出した。

 先頭を走る翔は、桜の様子を見ることができなくて気になったが、桜の言葉を信じて前へと腕を大きく振って走った。

 ゲネシスが見え、周回地点と書かれている看板が置かれてあった。

 翔が周回地点を回ろうとした時に、誰かと勢いよくすれ違った。

 翔は一瞬誰だか分からなかったが、その後誰だか分かった。

「神崎っ!!」

 先頭の翔を抜かしたのは、燈子だった。

 翔は、差が開かないように一生懸命に腕を振って追いかけた。

「神崎! すごいな、勉強もできて運動もできるなんて」

「別に、こんなのすごくないわ」

「神崎に負けてられないな。なあ、俺と勝負しない?」

「嫌よ」

「なんでも言うこと聞いてやる」

「じゃあ、私が勝ったら金輪際、話しかけてこないでくれる?」

「いいぜ。じゃあ、俺が勝ったら神崎に毎日話す!!」

「決まりね」

「決まりだな」

 翔と燈子は横目でお互いを見てにやりと笑い、一気に走った。



 燈子は、さらに速く走った。すると風が強く吹き始めた。

 翔は、燈子の気迫に圧倒され、勝負に本気だと感じた。燈子に遅れを取らないように、腕を大きく振って、脚を速く前へ前へと動かした。



 そして、翔と燈子はラスト一周となった。あとは、ゲネシスからグラウンドまで走るだけだ。翔と 燈子の差は広がらず、お互い抜かされ抜かし合っていた。

「神崎、これで勝負が決まるぞ」

「そうね。これで私はうるさい七瀬くんと口をきかなくて済むわ」

「それは分からないぞ。それと、一つ気になったんだけどさ、本当だったら無視すればいいのに何で答えてくれるんだ?」

「それは…… 無視されたら傷つくでしょ」

 燈子は少し困った顔をして答えた。

「えっ……」

 翔は、燈子の意外な答えに一瞬気が抜けた。

「隙あり」

 燈子は一気に走った。

「わぁっ!」

 燈子は泥に足を取られバランスを崩した。倒れると覚悟を決めたのか目を閉じた。

 翔は燈子を助けようと前へ出た。

 燈子は目を開けると、翔が燈子の下になって一緒に倒れていた。

「なんで…… 私、七瀬くんが気を抜いた隙に抜かそうとしたのよ!」

 燈子は泥だらけでケガをしている翔を見て、何故そこまでするのと言わんばかりに驚いた顔をしていた。

「人を助けるのに理由なんていらないだろ。あと、 神崎が俺のことを思って無視しなかったということが嬉しくてさ、絶対助けないとって思ったんだ」

 翔は嬉しそうに言った。

「馬鹿ね。七瀬くんのおかげで怪我をせずに済んだからゴールまで走れるわ。だから、この勝負は私の勝ちよ」

「だろうな。俺はもう神崎を抜かせるほど体力は残っていなかったし、足を捻ったし、もう勝てない」

 翔は、空が綺麗だなと思いながら空を見て静かに目を閉じた。

「本当に馬鹿」

 燈子はボソッと呟き、翔にお姫様抱っこをして走った。

 翔は慌てて目を大きく開けた。

「何してるんだよ! 降ろせ!! 恥ずかしいだろ!!! このままじゃ負けるぞ。成績下がるぞ」

 翔は顔を真っ赤にした。

「ははっ! 七瀬くんにとって忘れられない思い出ね。このまま一位を取るから、成績なんて下がらないわ」

「……神崎には敵わないわ」

 翔は強気な燈子を見て笑った。

 翔と神崎は一緒にゴールをした。

「一位、神崎燈子、そして七瀬翔」

 早乙女先生は、クラスメイトに聞こえるくらいの大きい声で言った。

 燈子は道端に翔を降ろした。

「本当に一位でゴールするなんて神崎はすごいな。 俺の負けだ。賭けの内容は話しかけないことだったよな。そっか、そしたら俺はもう神崎に話しかけられないんだな」

 翔は、賭けの内容を落ち着いて聞くと、寂しくなり、自分から賭け事を持ち掛けたことに後悔した。

「この勝負は、最初に倒れた私の負けよ」

 燈子は翔の横に倒れた。

「いや、俺の負けだ。俺は助けようと思ったから助けたんだ」

「だから、助けたからあなたの勝ちなの!」

「あの時、俺はもう体力がなかったから最後まで勝負してても負けだったんだ」

「タイムマシンに乗るって宣言してた人がそんな諦めたこと言っていいわけ?」

「それは……」

「……ふふっ」

 燈子が笑った。

「もう、これじゃキリがないじゃない。この勝負は引き分けにして、勝負はまた今度しましょ」

 燈子は、翔を見て笑顔で勝負に誘った。

「そうだな」

 翔は、もう自分から賭け事を仕掛けないと心に誓い、笑顔で返事をした。

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