051 かくれんぼ
未だ目を覚まさないシャドウヴァルプスが横たわる穴を手早く塞ぐ。
魔力が残り少ないのと魔物が思ったよりも早く迫っているため、分厚くしたり
意識は無いし、ひとまず見えなければ問題はないだろうと思う。
穴を塞いだら、次は自分だ。
辺りを見回し、身の隠せそうな場所を探す。
手頃な位置に柱の木があるため、その影に身を隠した。
…いい感じの位置。
ちょうどよく通路の出口も見えるし、正面じゃないから見られづらそう。
通路から出てすぐ目の前にキャンプファイヤーがあるし、そうそうこっちに意識向かないでしょ。
ちなみにそのキャンプファイヤーはというと、既に火は小さくなっていて殆ど燻って微かに煙を上げているだけだ。
ところどころまだ燃えているが、それもまぁ、収まるのは時間の問題だろう。
そうして身を隠して少し。
一定の速度で近付いてくる魔物の群れの気配が、ついにこの空間に到達した。
同時に、通路の出口から飛び出すいくつもの影。
それは、酷く見覚えのある魔物だった。
大きさは私と同程度。少し小さいくらい。
全身が黄と紫のまだら模様に覆われ、各所に生える体毛が気味の悪さを際立たせる。
膨らんだ腹部の先には一様にして鋭利なトゲが生えていて、見た目も相まって、その先端からは毒でも滴っていそうな雰囲気があった。
そして事実、そのトゲには毒がある。
……アピスの群れ…しかも多いなぁ…。
現れたのはアピスの群れだった。
数はざっと見ただけでも二十匹以上いる。
鑑定したところ、レベルはだいたい15、6くらい。
低いヤツは10くらい。
あとレベルは低いけど、一番ステータスが高くて恐らく群れのリーダーっぽいのが一匹。
《コマンダーアピスLv.8》というらしい。図体も一際デカくて、遠目でも私よりデカそうだと感じる。
そのほかの、アーミーアピスやヴァンガードアピスを従えている様子で、多分だがソイツらの進化形なのだろう。
……あのアピスは始めて見るなぁ。
前に遠目でチラッと遭遇した強そうなアピスとは違うけど、コマンダーって言うくらいだし司令官みたいな感じなんだろうなぁ。
アピスの群れは通路から出ると、一際大きなコマンダーアピスを中心にして円状にバラけて滞空し始める。
その後少しして動き出し、もうファイアのフの字もない燻るだけのキャンプファイヤーの前で再び止まった。
……と、そのうちの一匹が、キャンプファイヤーに近づいていく。
どうやら死骸の山が燃えているのを調べようというらしい。
が、そこはやはり火に弱いのか、先程までごうごうと燃えていたそこは燻るだけの今でも熱気は中々のものであり、ある程度まで近付いたアピスはすぐに元の位置まで浮上してしまった。
その後も何度か、今度は数匹が近付くも、ある程度まで近付いて離れてしまう。
熱が苦手とはいえ、ただの熱気だけでそうも怯むほどに弱かったとは思えないが……空気中に残る熱さに困惑しているのだろうか。
結局アピスは、さらに数回死骸の山に近付こうとするも熱気で断念したようで、キャンプファイヤーから離れていった。
もう少し遅めにゆっくり来ていれば、火が完全に消えて熱も冷めたと思うのだが。
あとそうしてくれると私たちも移動出来ていたのだが。
現実はことさら冷たい。
キャンプファイヤーを断念したアピスたちは、群れをいくつかに分けて空間に散らばらせた。
おそらく、他に死骸がないか見回るのだろう。ハチなんだからそこは花の蜜でも吸ってろよと思わなくもないが、生憎とコイツらは生粋の肉食だった。
というか、この地下樹海で草食の魔物に出会った試しがない。
虫しかいないのに草食がいないとはこれ如何に。
……っと、まずいまずい。
あんまり顔を出すと見つかっちゃうな。
現在私が隠れている柱の木は、壁にほど近い位置にある周りよりも特段太いものだ。
通路の出口も見えやすく、木の根元は盛り上がった根や生い茂る植物によって身を隠しやすく、もしも全身が緋色でなければただしゃがむだけでもかなりの隠蔽力を期待できただろう。
まぁ、私は全身が緋色なので、おそらく回り込んで見られたら即バレするくらいにはしっかり目立っているだろうが。
それでも、この位置ならそうそう見られないだろうと思う。
自分の毛色を一時的に変える魔法とかないかなぁ、などと思いつつ、息を潜めて気配察知で辺りを探っていると、それなりに近くまできた数匹のアピスの気配が突如として止まる。
そして一斉に地面にまで降りたようだった。
……あぁ〜、あの位置……そういえば。
私は、そんな唐突なアピスたちの行動の要因に覚えがあった。
魔力感知で動きの詳細を感じ取ってみると、思った通り。
アピスたちは、唯一燃やしていなかったコロージョンサーペントの死骸を見つけ、それに集まったのだ。
食べるつもりもないし、最初は他のゲジゲジの死骸と一緒に燃やしてしまおうかとも思ったのだが、せっかくの戦利品だし燃やすのまではよしておこう、と思いそのままにしていた。
まぁ戦利品とは言いつつも、最終的にはその場に捨て置かれるようなものだったが。
燃やして放置か、燃やさず放置かの違いだ。
だがアピスたちからすると、唯一燃えていないコロージョンサーペントの死骸にはしっかりと価値があったらしい。
見つけた数匹のアピスは、早速とばかりにその脚でコロージョンサーペントの死骸を掴んでいく。
もしやその場で食べてしまうつもりかと思った私だったが、アピスたちはそうはせず、なんとあろうことか、その巨体を持ち上げて飛び出した。
数匹掛かりとはいえ、私の倍以上はある巨体である。
虫をそのまま巨大化するととんでもないバケモノになるという話はよく聞いたが、その話はどうやら本当らしい。
おぉ〜凄い……。
私はあんなデカい魔物は分解しないと運べないのに…。
通路の方に戻っていくってことは、巣まで運ぶつもりなのかな?
ボーンイーターの時もそうだったが、基本的に私は私よりも大きな魔物を倒して食べる時は、その場で作った拠点の中に運ぶために小さく分解する。
自分よりもサイズの大きな死骸を運ぶのは一苦労だし、それだけの大きさが入れるほどの穴を作るのも一苦労だからだ。
しかし、だからといってその場で食べていると魔物と遭遇する危険もあるので、拠点を作って食べるということをやめるつもりはない。
とはいえ、あのように自分の何倍もの巨躯でも軽々と運べるほどの力があれば、これまでどれだけ楽だっただろうと夢想してしまう。
アピスたちは複数匹だが、それでも一匹一匹の力が強いことには変わりない。
と、そのように羨望の混じる目線を木の影からアピスに向けていた私は、こちらの方向に近付いてくる他のアピスたちの気配を捉えたために頭を引っ込めて息を潜める。
どうやら、この空間の外周をぐるぐると回るようにして調べているらしい。
大量の死骸があった為なのかはしらないが、随分と熱心なことである。
もうここにはキャンプファイヤー以外何も無いので、さっさと帰って欲しい。
だが、そんな私の願いも虚しく、六匹ほどのアピスの群れはぐんぐんとこちらに近付いてくる。
見つかりたくない私は、より深く木の根の窪みにしゃがみこみ、気配抑制を全力で発動する。
さらに、申し訳程度に、ちぎった枝葉を上にかぶせる。本当に申し訳程度なので、近くで見られれば即座にバレるだろうが、まぁ近付かれないことを祈る他ない。
息を潜め、通り過ぎるのを待つ。
先程までは落ち着いていた心臓が、明らかにこちらに向かって真っ直ぐ近付いてくる気配に呼応するようにしてドクンドクンと跳ね始める。
先程のように他のものにつられてこの場所への接近をやめてくれるといいのだが、残念なことにこの周辺にコロージョンサーペントのように目立つものはなかったようだ。
バレないように、と内心で祈りつつ、ついに私が潜む柱の木の目前まで到着したアピスの群れ。
気配だけだと分からなかったが、チラリと見てみるとどうやら六匹ほどの群れで、コマンダーアピスの姿も見えた。
アピスの群れは、まるで巡回でもするかのようにして木の回りを飛んでいき、私が潜む場所にも近い位置も通っていく。
ブーン、という不快な羽音が通り過ぎていくのを、ただバレないようにと祈りながら息を潜めて、しばらく。
気配察知で、アピスの群れが木から離れていくのを感じ取りつつ、私は思わずはぁぁ〜と安堵の息を漏らしてしまった。
なんとか、バレずに済んだようだった。
ドクンドクンと、心臓は未だに早鐘を鳴らしている。
……このまま巣に帰ってくれ〜!!
盛大に息を吐きつつも同時に私は、心の底からそう願ったのだった。
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