044 生ごみは臭いが出ないように捨てましょう

 ここまで長い一本道は初めてかもなぁ~


 ゲジゲジの群れを蹴散らして…というか勝手に焼け死んでいくのを見守ってから、しばらく。

 私は半分以上が炭化した死骸の山を放置して、その先に続いていた通路を歩いていた。

 ……のだが。


 あ、また……。


 正直言ってこの通路、少し不気味だ。

 なんか今までの地下樹海の景色とは少し違う。

 まず今までにないくらい長い。緩やかにカーブを描いていること以外は、分かれ道が全くなく一直線。同じ方向に緩やかに曲がっているからいつか元の道に戻りそうなものなのだが、戻らない辺り、僅かに上下にもズレてるのかな?


 そして、通路の壁や地面の草木が剥げていて、土が露出している。ボロボロの木々がそこら中に転がっていて、草木が踏み荒らされたように枯れている。


 何よりも不可解なのが、ところどころにゲジゲジの死骸が転がっていること。

 そのほとんどは原型をとどめないほどにボロボロで、僅かに原型をとどめているものを見ると何かに溶かされたような跡があったりする。


 …………そういえばここって…。


『セントラル地下樹海上層』


 ……この通路、下層へつながる道とかそういう感じじゃないよな?

 最初に見たときから気にはなってたけど、鑑定だとこれ以上の情報は調べられなかったから放置してたんだけど…。

 まさかここにきて下層への入り口発見ってか。


 …もしそうだったとしたら即引き返そう。

 ダンジョンは下に降りるほど敵が強くなるのが定石なんだ。

 それなりに強くなったとはいえ、まだまだ死の危険があるのにさらに強い魔物がいるかもしれない場所になんていけないっての。


 まぁ単なる私の早とちりで、普通にただの通路である可能性もあるし、逆に上に繋がってるのかもしれないし。

 う~ん………どうもこの道ほぼ一直線ってくらいに緩やかだから上がってるのか下がってるのか分からないんだよなぁ。

 案外、カーブみたいに感じるだけで本当は一直線なのかも。


 ………まぁ進めばわかるか。




 ………お?

 ……おっ!

 開けてる?……いやこれ、崖か?

 というかなんか臭うな……魔物の死骸でもあるのかな。


 さらにしばらく進むと、今までになかった急な右へのカーブが見え、その先の空間が一気に開けているのを私は魔力感知で感じ取った。

 ただ道が開けているのではなく、その先の地面や壁もろもろが削り取られたみたいに突如としてなくなったような感覚。


 ……あぁ~……なるほど。

 上のほうにね。なるほどね。


 まぁ実際にカーブを曲がって近くまでいくと、それは以前にも一度見た覚えのある繋がり方だったことが分かったわけだが。

 エンペラービートルに襲われて辿り着いた川辺の狭い空間。あそこの出口と同じような感じで、広い空間の壁の上の方に通路の出口が繋がっていただけだった。


 それにしても、本当に臭いな……。

 通路の先の空間めっちゃ広いし………あのゲジゲジの巣とか?

 腐りかけのごはんはちゃんと処分しないとお腹壊すよ?


 文句半分冗談半分でゲジゲジに説教をしつつ、通路の出口から身を乗り出して開けた空間を覗き込む。

 最初は気配察知と魔力感知で慎重に様子を探ってからにしようかと思ったのだが、如何せんこの空間は広かった。


 それに、私が感じ取れる範囲内に魔物の気配を感じ取れなかったからいきなり覗き込んでも即襲われることはないだろうという考えもある。

 魔力感知は………ちょっと今の私の範囲じゃ気配察知よりもあてにならない。

 通路の出口付近の地形を把握するのに役立った程度だ。

 まるで最初に私がいたあの広間を思い出す。それくらい広そうだった。


 そんなわけで、スキルによる偵察を諦めて直接覗き込んでみたわけなのだが………。


 その光景を見て、私は息をのんで絶句した。


 どうやら私の予想は当たっていたらしい。この空間はあのゲジゲジたちの巣だった。

 薄々分かってはいたが、多分群れてないといけないタイプの魔物なのだろう。個々が弱い分群れて数でカバーする生き物がいるのは知ってる。

 あのゲジゲジも、そういう魔物だったのだろう。

 反対側の壁が霞んでみえるほどに広い広間を埋め尽くすように、膨大な量のゲジゲジがそこにはいた。


 ただ僅かに予想と違ったのは。

 当のゲジゲジたちが、広間を埋め尽くすほどのゲジゲジたちが、

 おそらくその、全てが。


 すでにむくろと化していることだった。


 形容するならそこが、ごみ処理場だった。

 広大な空間を目いっぱい埋め尽くす、巨大ゲジゲジの死骸捨て場。

 この広間に近づくにつれて強くなっていた鼻を突くような腐臭はこれか。


 う"っ!………さすがにこの景色と臭いはちょっと……。


 私の気配察知と魔力感知ではこの広間を全て把握するのは無理だが、それでも流石に、この中にまだ生きている個体がいそうだとは思えなかった。


 一体どんな魔物がこんな……ボーンイーターってマジで何体もいたのか?


 直近で魔物の群れを蹴散らしていた覚えがあるのがボーンイーターくらいなので適当に言ったが、本当にもう一匹いるなら並列思考を試してみたいな。

 ……いや、でもやっぱりちょっと怖いかも…。


 …………あ、共食いで自滅って可能性もあるのか。

 ……いやあり得ないか。それだったらこんな死骸で埋め尽くされた状態にはならないだろうし。

 食べられてるよね。生き残ったゲジゲジに。

 蟲毒かな。


 となるとやっぱり、何か超強力な魔物が来てこのぐちゃぐちゃの死骸の山を作り上げた………としか思えないけど。


 う~ん、私の気配察知の範囲内にはいないなぁ~。

 ところどころに柱みたいな魔草が生えてるから全部が見えてるわけじゃないし……。

 降りて探索したいけど、死角に魔物がいて不意を突かれて…………とか考えたくもないなぁ。

 あと臭いし………口呼吸でも臭い。

 虫の死骸って腐るとこんな臭いするのかぁ、えぐすぎる。


 ってか、何かしらの魔物に壊滅させられたんだとしたら、私がさっき焼き殺したゲジゲジの群れはここから逃げてきたやつらか。


 いや、うん、多分そうだろうな。

 そう思うとここまでの道のりで見たものも納得できる。

 剥げ上がった地面や壁は大量のゲジゲジが走った結果だろうし、転がってた死骸も仲間のゲジゲジに踏みつぶされたんだろう。

 パニックになって逃げる群衆の中で転んだりしたら一巻の終わりなのは、人も魔物も同じなんだなぁ。

 ………まぁ、推測でしかないけど。


 でも多分あってると思う。

 ちょっと心残りなのは、死骸の残ってたどろどろに溶けて途中で固まったみたいな変な損傷。

 踏みつぶされてあんな傷はできないだろうし、この惨状を作った魔物の攻撃かな。


 ………物を溶かす攻撃ができる魔物かぁ?

 なんか、心当たりあるんだよなぁ。なんだっけ。

 ……うわっ!ほんとになんだっけ!!

 なんかあとちょっとで思い出せそうなのにその"あとちょっと"が開かない!!

 この記憶の引き出し、中で引っかかってるんだけど!

 スッと出てきてくんないかなぁ!もどかしいなぁもう!!


 ……ていうかここほんとに臭いな。

 卵が腐ったみたいな最悪な臭いで鼻が逝く。

 これはダメだ。ちょっと、一回道を戻って落ち着いて記憶を整理するか。


 ………。

 …………ん?あれ、溶けたような………。

 ………腐った臭い……?

 ……………………腐った……ような!!?


 あっ!!!


 ────そのとき。

 私の気配察知の範囲内に、よく覚えのある一匹の魔物の気配が入ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る