A04 入学式

「ようこそ。アルトリア王国学園へ。今年もまた新たな生徒を迎えられたことを嬉しく思う」


 幅も天井も広々とした講堂の真正面。

 広いステージの上、壇上に立つ初老のおじさんが、魔法で声を拡声しながら話し出す。

 彼はここ、アルトリア王国学園の学園長を務めるヴァリウス・ホーエンハイム。直に見るのは初めてだが、アルトリア王国における魔法研究の第一人者としてその名は良く知っている。

 城の書庫にあったスキルや魔法に関する書物に、何度か名前を見ることもあった。


 それにしても、思ってたより若いな。

 てっきりもっと老齢のお爺さんなのかと思ったが、見た目は60いってるかいってないかくらいだろうか。

 白髪交じりの頭に白い顎髭、顔の皺と見た目の端々には老いを感じさせるものの、その鋭い眼光と服の上からでも分かる筋肉質な体はまだまだ現役そうだ。

 厳格な体位振る舞いというのだろうか。

 彼がこの学園のトップだというのは、なんとなく安心感を感じられる。


 ……ただ、話は長いようだが。

 校長ってのは話を長くしないといけない決まりでもあるのだろうか。



 俺は今、アルトリア王国学園の入学式に参列している。

 俺も今年からこの学園の生徒だからだ。


 アルトリア王国学園は、その名の通りにこのアルトリア王国に建てられた学園で、現在は"人族連盟"という、いわゆる国連みたいな組織が運営している大規模な学園だ。

 魔族領域から遠く、敷地も広大。学園内にダンジョンすら存在し、あらゆる学問と武術を学び、様々なことを研究できる場所。

 その特性から、各国から毎年多くの生徒が入学し、その中には各国の要人のご子息も多い。

 まぁ言ってしまえば、世界最高峰の学園というわけだ。


 学園は一般的に14歳から入学し、最大で20歳までの六年間をここで過ごすこととなる。

 今年で俺も14歳。リュアレも同じく14歳なので、今年から入学だ。

 まぁ、実際は入学の年齢は決められておらず、アルトリア王国が14歳で成人になることに合わせて入学する者が多かったのがそのまま定着した結果らしいが。

 なので、試験さえ合格できれば赤子でも生徒になれるとか。


「…………していくことを大いに期待する。以上。

 諸君。ぜひとも、この学園を楽しみ、努力し、励んでくれたまえ」


 お、ようやく話が終わりか。


「とてもためになるお話でしたね、お兄様!」


 唐突に、隣に座るリュアレがささやき声で話しかけてくる。

 その声音と顔はとても楽しそうだ。


 え?マジか。あのなっがい話全部聞いてたのか。マジか妹よ。

 聞く必要がないからって欠片も聞いてなかった。


「あ、あぁ、そうだな」


「続いて、新入生代表による挨拶」


 魔法で拡声された女性のアナウンスが、講堂に響く。

 生徒が座る席は自由だ。一階席に新入生、二階席に学園職員や関係者、お国の重鎮さんなんかが座る決まりがあるが、それだけ。コンサート会場のようにして広い二階席があり、そこに煌びやかな衣服に身を包んだ偉そうな人々が並ぶさまは、下から見上げても中々壮観だ。


「新入生代表、グラウス・ディートリヒ・グランバルト」


 呼ばれ、そう遠くない位置の右斜め前に座っていた黒髪に赤いメッシュの入った男子が立ち上がる。

 すぐにステージの方まで歩いていき、横に取り付けられた階段から上ると壇上に立った。


「グランバルト帝国第三皇子おうじ、グラウス・ディートリヒ・グランバルトだ。この度は、俺が新入生代表としてこの場で話せることを誇らしく思っている」


 おぉ、皇子様!すごいな。いろんな国の重鎮の子息が入学してくると知ってはいても、実際に見てみると驚きだな。


 グランバルト帝国。

 ここアルトリア王国の北西に位置し、国境も接している大国の一つ。

 長年魔王軍の侵略を押しとどめている国であり、それ故に実力至上主義の軍事国家だと聞く。

 なんでも、魔導工学という技術を研究し、独自の魔法兵器を開発しているらしい。

 最初にそれを聞いたときは正直かなりテンションが上がった。

 兵器のこともそうだが、魔法を利用した道具の制作が発展してるなら、日常生活の質も高そうだな~と思ったからだ。

 14年も生活しているからある程度慣れたとはいえ、現代日本で生まれ育った俺にはやはりあの便利な生活が恋しい。

 魔法を使ってなんとかそれを再現していけないか、結構真面目に悩んでた。


 ……それにしても。

 あのガイウスという皇子の挨拶、結構話が上手い。

 話の内容自体は、ありきたりでまぁ無難なものだと感じるのだが、声や話し方、身振り手振りに、話の中に織り交ぜた簡単な例え話や経験談が面白くて、耳を傾けようという気にさせる。

 すごいな、あの歳で。

 あれが皇子ってやつかぁ。


 …いや、俺も王子ではあるんだが。

 ただこう、なんというかこう、俺の場合はどうしても前世の記憶があるから…。

 いや、ただ単に俺にあーいう人を惹き付ける才?みたいなのがないだけなのかもしれない。

 ダンスは得意なんだけどな。

 うーん。


「………………んでいくつもりだ。以上。ここまでのご清聴、感謝する」


 などと考えている間に、皇子の話は終わった。

 学園長もあれくらい話上手ならもっと話を聞こうって気になるんだがな。


 入学式はその後、さらに何人か偉そうな人の話を聞いたあとに終了した。

 とはいえ、このまま帰るわけではない。新入生は事前に自分のクラスが伝えられ、そのクラスに行くことになる。


 クラスが決まる基準は完全ランダム…なわけがないだろうが、どういう風に決めているのかは分からない。

 まだ新入生だし、地位や爵位とかかな。

 分からないけど。


 広々とした敷地内をしばらく歩き、伝えられていた建物に入る。

 俺のクラスは~…ここか。


「ではお兄様。私はこちらですので…」


「あぁ、またあとで」


「はい!」


 そういうと、リュアレは廊下を歩いていった。

 他にも何人も生徒が散見され、今も同じクラスらしい少年二人が、俺の横を抜けて部屋へと入っていった。

 よし。俺も入るか。

 まさかもう一回制服を着て学生として勉強することになるとはなぁ。

 友達百人できるかな。


 開けっ放しの扉を潜り、クラスへと入る。

 部屋は、広々としていた。入ってすぐ目の前に教壇があり、壁はほぼ一面が黒板となっている。

 俺が入った向かい側の壁は全面窓ガラスで、陽の光が部屋の中を満たしている。

 机は階段状になっていて、八段分くらいあった。

 丁度二階の高さ辺りなのを見るに、後ろの扉は二階に繋がっているのだろう。


 …………いや凄いな。俺が前世で通ってた大学にもこんなところなかったぞ。

 強いて言うなら講堂とかがこんな感じかってくらい。

 これが世界最高峰の学園か…。

 アルトリア王国、恐るべし。


 見ると、クラス内にはもうすでに二十人くらいの生徒が散見された。

 椅子に座っているもの、窓辺に立っているもの、クラスの中を見て回っているもの。

 誰もが初々しく、また楽し気な顔をしている。

 まぁこれからはこんな凄い場所で生活できるっていうんだから、そりゃテンションも上がるよな。


 ………あとなんか、髪色がカラフルだな。

 色々いる。赤に青に緑にピンク。あ、金髪だ。おぉ、黒髪に茶髪もいる。

 なんか前世でも見た髪色があると落ち着くな…。


 アルトリア王国…っていうか王城だとこんなにカラフルな髪色はなかったから、なんかビビる。

 リュアレは綺麗な青髪だが、あれも少し珍しいほうだった。

 これが剣と魔法の世界か…。


 まぁ、髪色は気にしても仕方ないな。

 俺だって父上譲りの明るい金髪だし、人のことは言えない。


 さて、じゃあとりあえず…席に着くか。

 見知った顔がいるわけでもなかったし。


「おい」


 歩き出そうとして、突如かけられた声に振り返る。


「あ」

「お前、レオン・ザン・アルトリア第四王子だな」


 俺と同じくらいの背丈に、俺よりもいいガタイ。

 野性味はあるが整った顔立ちに、赤いメッシュの入った黒髪。


 俺に声をかけてきたのは、新入生代表だったガイウス・ディートリヒ・グランバルト第三皇子だった。

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