039 骨喰い VS 狐 ④

 巨岩のような大きな黒いクマが、緋色の毛並みを持つキツネを睨む。

 その眼には強い殺意と怒気を滾らせていて、今にも襲い掛かりそうだった。

 そう。ボーンイーターと、私だ。


 …って!ちょっ!火玉ファイアボール!!


「グオゥ……!」


 いきなり叫ぼうとするんじゃないよ怖いなぁもう!!


 ボーンイーターの咆哮攻撃を喰らって殴り飛ばされてから、少し。

 私とボーンイーターは、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 …いや、正確にはボーンイーターが一進で、私が一退なのだが……。


 コイツ、咆哮で動きを止められると分かった途端にこれでもかと叫ぼうとするようになった。

 弱点を擦るのはプレイヤーの領分だろうに。天丼が面白いのはその前にちゃんとネタの匂わせがあるからだぞ?一回うまくいったネタを連続でひたすら擦っても面白いわけないだろ!!

 …まぁ、今は私もプレイヤーに狩られる側なのだが。

 ただ単に私が面白くないだけなのだが。

 くそぅ。


 今までならとにかく土壁ストーンウォールを作って進路妨害をしつつ、走る方向を誘導して火玉ファイアボールを打ち込めばよかった。

 ただ、今はこいつがいつ咆哮するか分からないので、土壁ストーンウォールで見えなくするのは無理、そうなると火玉ファイアボールで牽制するしかなくなって、飛翔速度も精度もいいわけではないこの魔法では大して当たらなくなる。


 で、そうなると必然的に、段々と距離が詰まるようになる。

 まさに、一進一退である。

 ただし、私は一向に進めない感じの。


 土魔法で耳栓を作れないかとも思ったが、耳をぴったり塞げる小さなものを全力で走りながら作る余裕は私にはなかった。

 こんなことならもっと土魔法で物を作る練習をしておけばよかった!!


 不幸中の幸いなのが、やはりあの息を大きく吸い込む動きは必須らしいということ。

 それと、走りながらだと叫べないということ。

 普通にガウガウ吠えるだけならまだしも、あの咆哮をするときは立ち止まらないといけないらしい。

 そんなに踏ん張らないと出せない叫び声なのかよ。


 だからか、妨害すること自体はそう難しくない。

 ただ、その妨害をするために、さっきまでできていた足止め戦法ができなくなっている。

 このままだといずれ追いつかれるか、その前に咆哮されてしまう。


 ボーンイーターにも、私の魔法によってそれなりのダメージは蓄積できているはず。

 未だに何事もないかのように元気に動けているが、きっとダメージは蓄積されている、はずだ。

 だから、追いつかれるか叫ばれる前に、どうにかして倒さなければならない。


 ……っ!火玉ファイアボール


 再び立ち止まったボーンイーターを見て、私は即座に火玉ファイアボールを発動。

 咆哮を妨害するべく、ボーンイーターの顔面目掛けて火の玉を飛ばす。


 なっ!?


 ……が、どういうことか、叫ぼうとしていたはずのボーンイーターは、私が火玉ファイアボールを撃つのを見てから、それが当たらない位置に悠々と移動した。

 そしてすぐに、大きく息を吸い込む。


 ……なんでっ!!いや、息を吸ってるだけなんだから、叫ばずに一旦吐き出せばそれで動けるのか!

 くそっ!呼吸でフェイントとか!

 これまで息を吸うときも動かなかったのは全部ウソってこと!?


 ボーンイーターの体がぐっと固まり、顔がわずかに上を向く。


 ヤバいっ!ファイアボ…


「グアアアアアァァァァァァ────!!!!!」


 ああぁぁぁあああぁぁぁぁぁっ!!!


 空間がビリビリと震えるような大絶叫が響き渡り、私の体もビリビリと震える。

 そして、そのまま全身から力が抜けた。


 や、ヤバい!クソっ!くそぉっ!!叫ばせちゃったぁぁヤバいぃ~っ!!


 今度はボーンイーターと向かい合うように立っていたので、アイツの動きが良く見える。

 叫べたことに満足したかのように満足げに息を吐き、そしてゆったりと私の方を見た。

 獲物を捕らえたヤツの目だった。

 心なしか、笑っているように見える。


 クソっ!なんでっ!ヤバいっ!動けっ!動けよぉっ!!ふざけんなよっ!!


 どれだけ必死に訴えても、どれだけ必死に意識しても、体は動かない。

 まるで自分の体ではないかのような、感覚はあるのに、力を入れようとしても全く入らない、もどかしくて気持ちの悪い感覚。

 その感覚が、余計に心を焦らせる。


 ────ドン、という音が聞こえた。

 音のした方を見て、私は全身の血の気が引いた。


 ボーンイーターが、跳躍していた。


 ……ひぃ!!ちょっ、うそっ!!ヤバいっ!!まっ!!やだっ!!やだぁっ!!!

 動け!!動け動け動け!!!まだっ、まだ死ねないっ!こんな奴にぃ!!


『条件を満たしました。スキル〈恐怖耐性Lv.4〉が〈恐怖耐性Lv.5〉になりました』


 えっ?


 直後、私の全身に、力が入った。

 ずっと避けることだけを考えていたせいか、困惑する思考をよそに、まるでゲームの事前入力のようにして私の体は回避行動をとる。

 ボーンイーターが空気を裂きながら私の真横を通過したのは、そのすぐあとだった。


 私の横を通り過ぎていくボーンイーターの黒い背を見つつも、私はとにかく荒れた呼吸と心臓を落ち着かせることで手一杯だった。


 はぁっ……はぁっ……はぁっ……よ、避け、れた?

 ………た、たす、助かった……。

 い、今のは……。


「グゥルルルルルル…」


 っ!


 ハッとしてボーンイーターの方を見ると、こちらを睨みながら徐々に距離を詰めていた。

 確実に当たると思った一撃が外れてご立腹らしい。めちゃめちゃ睨んでくる。


 さきほど私は、恐怖耐性のスキルのレベルが上がった。

 動けるようになったのは、その直後だった。

 ただ単に回復して動けるようになった、とは考えにくい。

 私が動けるようになったのは間違いなく、恐怖耐性のレベルアップのおかげだろう。


 ボーンイーターを鑑定する。

 咆哮のスキルは、レベル5。

 私の恐怖耐性のレベルも5。

 つまりあの咆哮は、聞いた相手を無理やり怖がらせて動けなくしていたってこと…?

 私自身は強い恐怖は感じなかったが、それは恐怖耐性があったからだろうか。

 恐怖耐性のスキルがなければ、もっと思考が錯乱していたり、失神したりしたのだろうか。


 いや、それは今考えても仕方ない。

 今考えるべきは、私はあの咆哮への耐性を手に入れたかもしれなくて……それはつまり、勝率がぐんと上がったってこと!!


 ボーンイーターが大きく息を吸い込む。

 やはり、息を吸うときも動かなかったのはフェイクだったらしい。大きく吸い込みながら普通に歩いてる。


 やばっ、火玉ファイアボール


「グアアアアアァァァァァァ────!!!!」


 避けられたことへの安堵で警戒が鈍っていたか、迂闊なことにボーンイーターの動きを注視していなかった。

 火玉ファイアボールを放ちはしたものの、時すでに遅し。弾速の大して早くないこの魔法では間に合うはずもなく叫ばれる。

 まぁ叫んでる途中に直撃したので、完全に無駄だったというわけでもない。

 で、私はというと。


 ……う、るさい…けど……動ける!!

 ちょっと体鈍くなるけど、それだけ!!

 うはっ!!おいおい弱点克服しちゃったよ!

 勝ったな風呂入ってくる。


 多少体の動きが鈍くなるように感じなくもないが、それだけ。

 動けなくなるほどではない。もはや、咆哮は問題にならない。

 ボーンイーターの方を見ると、咆哮が効かなくなっていることに驚いたのか、睨みつつも歩みを止めたままこちらの様子をうかがっている。


 …と、そんなことはなさそう?

 いや、あれ、こっち走って……あっ、跳躍した!!?

 まさか、まだ私が咆哮を克服したことに気が付いてないの!?

 …まぁあんな一瞬で克服されたとか、普通思わないだろうけどさ…。


 まぁ、気が付かれていないなら好都合だ。

 無防備に突っ込んでくるっていうんだから、ここまでのお返しも込めて、一番デカいヤツをぶち込んでやろう。

 この魔法は火玉ファイアボール火刃ファイアブレードよりも消費魔力が大きくて、まだすぐに発動できるほど使い慣れていない。

 なので、できれば私は動かないで、相手が大きな隙を見せてくれて、かつ一撃で決めきれそうな状況だけで使いたかった。


 ────今がその時だ!!


 ボーンイーターが、跳躍の勢いのまま、土と草を跳ね上げて突き進んでくる。

 開いた大口には鋭利な牙が並び、私の体を噛み切らんと威圧してくる。

 だが、口を開いて真正面から突っ込んでくるなどイイ的だ。


 私の背後、ボーンイーターからは隠すような位置に、猛然と炎が燃え上がる。

 それは質量を与えられ、形状を与えられ、私と同じほどまで大きくなる。


 目前にボーンイーターが迫り………

 そして、私はそれを横に跳んで回避した。


 火魔法Lv.6:火槍ファイアランス!!


 一切速度を緩めることなく大口を開けて突っ込んできたボーンイーターは、そのまま私の背後から飛び出した炎の槍に口内を貫かれ、轟音を立てながら地面を転がった。


 …………はぁ…はぁ…………ふぅーっ……。


 ボーンイーターを、見る。

 顔が燃えている。腹がわずかに裂け、地面に大量の血が流れている様子が遠目からでも確認できた。

 体は動かない。動きそうにない。

 ……死んだ?


 …は。

 ……はは、は。


 ハァッハーーーッハハハハハハハッ!!!!!

 いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!

 そのまま燃え尽きてろぉっ!!あっはははははははは!!!


 私は、身から溢れそうになるほどの歓喜と安堵によって、その後しばらく、ボーンイーターの死骸の周りで小躍りしていた。

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