038 骨喰い VS 狐 ③

「グオアアアァァァァ───!!?」


 真正面から炎の刃に突っ込んだボーンイーターが、悲鳴をあげながら盛大に転ける。

 そういえばゲームでも、こうやって突っ込んでくるモーションに合わせて一斉に攻撃叩き込んでたなぁ。


 顔面で火刃ファイアブレードを喰らったボーンイーターは、燃え上がる顔面を消火しようと必死に転げ回り、顔を手で叩いていた。

 叩いた手も燃えていたので、あまり賢い消し方とは言えないが……まぁ、顔が燃えたら誰だろうとパニックになるよね。


 火玉ファイアボール

 …っと、マジか、避けられた。


 燃えて転げ回っている隙にさらに追撃しようと試みたものの、なんとあのボーンイーター、転げ回るまま私が放った火玉ファイアボールを避けやがった。

 パニックになっているように見えて、意外とちゃんとこちらを見ていたらしい。

 あるいは、スキルに第六感があったのが見えたのでそれが反応したのか。


 急いでさらにもう一撃放とうとするも、火玉ファイアボールを出した段階で向こうの消火活動も終わったらしく、ボーンイーターは毛の焼け焦げた顔面でこちらを睨みながら立ち上がった。


 うぉっ、こえぇ~……。


 復活した以上、もう正面から適当に撃つのでは当たらないだろう。

 再び、引き撃ちの再開である。


「グアアアアアァァァァァァ────!!!」


 ボーンイーターが憤怒を表すような咆哮を上げ、空間がビリビリと震える。

 それが合図だった。


 私が、ボーンイーターから逃げるように走り出す。

 それをボーンイーターが追う。


 ボーンイーターの方が、体格的にも単純な足の速さ的にも速度が上で、それ故にお互いの距離は徐々に縮まっていく。

 しかし、ボーンイーターが距離を詰めてくると、それを牽制するように私は魔法を放つ。

 進路上にいくつもの土壁ストーンウォールを生み出し、視界を遮り、破壊したところや避けたところを狙って火玉ファイアボールを放つ。

 そのほとんどは避けられているが、まれに掠るものもあり、そういう数発が徐々にボーンイーターにダメージを与える。


 先ほどまでと、ほぼ同じだ。

 違いは、私がだんだんとボーンイーターの動きを読めるようになってきて、掠るだけとはいえ火玉ファイアボールのヒット率が徐々に高まっていること。

 そして、動きが読めるようになってきているということは、あからさまな動きをすれば先ほど以上にカウンターを入れられるということで……


 跳躍したなぁっ!分かりやすいやつめぇっ!

 喰らえぇっ火刃ファイアブレード!!


「グオアアァァァァ───!!?」


 ハッハーッ!!

 自分より強い相手にここまで綺麗に戦えると気持ちがいいなぁ~~!!

 ってうぅおおぉぉぉ!!?


 ……あっぶねぇぇぇっ!!

 こいつ!燃えながら突っ込んできやがった!!?

 方向転換しといてよかったぁ~!真っすぐ走ってたら噛みつかれてたところだ。

 ったくそういう悪あがきは求めてないの!!私死んじゃうから!!分かる!?


 顔面にまたもや火刃ファイアブレードの直撃を喰らい叫んだボーンイーターだったが、二度目であるためか、自分の突進によほど自信があったのか、なんとそのまま走る勢いを緩めずに突っ込んできた。


 私が直前で方向転換していたからよかったものの、危うく死ぬところであった。

 ただ、避けられたからいいというものではない。

 結局ボーンイーターは私を通り過ぎた先で転げたが、その勢いで顔の火も消えたのか、すぐに立ち上がった。今の一瞬で、かなりの距離を詰められた。

 ボーンイーターの殺意と憤怒に満ちた瞳と、私の目が合う。


 踵を返す。

 同時に土壁ストーンウォールを発動。私の姿をボーンイーターから隠すようにして生み出す。

 しかし、私の土壁ストーンウォールではボーンイーターの走る勢いをそぐことはできない。なので即座に土壁ストーンウォールを破壊して真っすぐ追いかけてきたときのために、火玉ファイアボールも発動して撃ち出せるようにしておく。


 一瞬でこれだけのことができるのも、レベルが上がった思考加速のおかげだろう。

 体の動きはともかく、魔法の発動はイメージだ。イメージさえできていれば、あとは魔力の操作がそれに追いつくだけで魔法が発動できる。

 だから、思考加速によって引き延ばされた意識の中で発動する魔法は、普通に発動するよりもずっと早く発動できる。


 これだけ備えれば、例え即加速して一気に距離を詰めてきても、即座に追いつかれることは防げるはずだ。少なくとも、突進を回避する余裕は作れるだろう。


 土壁ストーンウォールが地面から競り上がるようにして生み出されていくのを、視界の端で捉える。

 私の体をボーンイーターから隠すようにして生み出しているので、当然私からもボーンイーターの姿は見えなくなる。

 見えなくなる一瞬、私が振り向く直前。

 視界の端で捉えたボーンイーターは。


 ……走って…こない?


 大きく、息を吸い込んでいた。


「グアアアアアァァァァァァ────────!!!!!!!」


 突如、先ほどまでの怒声とは比べられないほどの凄まじい咆哮が轟いて、空間を揺らした。

 思わず耳を塞ぎたくなるような大絶叫に私は顔を顰めながら足に力を込めて────

 そのままふっと、前に倒れた。


 はっ!?あぁっ!??なんっ!?

 動け…ないっ!?


 バゴォン!と、土壁ストーンウォールの粉砕される音が聞こえたのはその時だった。

 後ろが見えない。ただ、地面を伝って、ドシンドシンと足音が響いてくる。

 気配察知が、ボーンイーターが猛進してきているのを伝える。

 第六感が、うるさいほどに背後から迫る巨熊に対する危機感を訴えてくる。


 ────それでも、私は身体を動かせない。



 ぐえぇっ!あ"っ!ぐぅっ!!


 吹き飛ばされた。

 そう理解できたのは、全身が地面に打ち付けられた瞬間だった。

 どうやら手で掬うように投げられたらしい。

 そのまま噛みつかれなかったことは幸運としか言いようがなかった。


 動かせない体では受け身など取れるはずもなく、再び襲ってくる息のできない苦しみを味わいながら、私は先の咆哮について思考していた。


 あの咆哮……なんだ……?

 アルカディア・オンラインでのボーンイーターにあんな攻撃はなかった。

 攻撃モーションと同じで、この世界のボーンイーターが新たに得た技ってこと?

 そういえば、スキルに咆哮Lv.5なんてのがあったような。


 ……クソっ!ゲームじゃなくなってスキルも取得してるんだから、ゲームのボーンイーターにはない攻撃をしてくることも予想しておくべきだった…!

 ……いや、だとしてもあの咆哮は防げるのか…?

 いや、どうにかして防がないとまずい。


 気配察知などでボーンイーターの位置を探りつつ、立ち上がる。

 呼吸は未だ喘ぐようにして苦しいが、とにかく立ち上がらなければまずい。


 ボーンイーターは、私から十数メートルほど離れた位置に立ってこちらを睨んでいた。

 追撃を仕掛けてこないのはどういう……あ、なるほど。


 ボーンイーターの右肩辺りに酷く焼け爛れ焦げたような傷が増えていた。

 咆哮によって私自身は動けなかったが、念の為にと発動していた火玉ファイアボールが直撃していたのだろう。

 それで、警戒してか痛みのためか、追撃せずにこちらを様子見していると。


 まぁ、今ので私に咆哮が効くのは分かっただろうし、アイツからすれば次はこちらが何かするよりも先に叫べばそれで終わりだ。

 これ以上余計に燃えたくないなら、カウンターでさらに何か食らうかもしれない危険性がある中で追撃なんかしないってことなのだろう。


 まぁ実際は、さっき投げ飛ばされた段階でそのまま追撃されていれば、何もできずにそれを受けてしまっていただろうけど。

 火に弱くて大いに結構である。

 すごくたすかる。


 とりあえず、あの咆哮は出させちゃいけない。

 さっき、一瞬だが叫ぶ前に大きく息を吸い込むような動きをしていた。

 恐らくあれが予備動作だろう。

 …そうだよね?あの時ただ単に大きめに息を吸っただけで、普通に叫んでも出せたりしないよね?

 ……あれが必須の予備動作で、あってほしい……。


 まぁとにかく、あの息を吸い込む動きが見えたらできる限り妨害する。

 火玉ファイアボールを撃ち込むのでも、足元に土壁ストーンウォールを生み出すのでも、新しく覚えた風魔法をぶち込むのでも………。


 とにかく、あれは防がなきゃならない。

 次にあの咆哮を食らって動けなくなったら、今度こそ、私はコイツに殺されそうだ。

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