023 クモの"魔物"の巣

 昆虫食が好きなネットの知り合いがいた。

 同じチャットサーバーに入ってる人で、昆虫が美味しくて食べてるというよりも"昆虫食"という日本では物珍しい食文化そのものを面白がって頻繁に食べてる感じだった。


 もちろん美味しいから食べる側面もあったのだろうが、とにかくまずかろうが美味かろうが片っ端から食べては感想を言っていたので、間違いなく前者の理由の方が強いと思う。


 その人いわく、クモは皮がパリッとしたフライドチキンみたい、らしい。見た目に反してジューシーで、肉感があるそうな。

 正確には蜘蛛の素揚げを食べたときの感想だったけど、そう言われてみると案外美味しそうに感じる。


 では実際のお味の方はどうなのかと言うと………



 ────結構いけるな、これ。

 土魔法で作った突貫工事の洞穴拠点の中で、私はクモの魔物ハイアラネアの腹を食いちぎってそんな感想を抱いた。


 揚げるどころか焼きもせずそのままかぶりついているのだが、これが結構いける味。

 美味しいかどうかで言うとはっきり言って不味いのだが、これは現代日本の食事で完成されてしまった私の味覚が原因なはずなので、その辺の価値観を一旦無視すれば割と悪くない味をしている。


 というかここまで食べてきた虫──ほぼほぼ蜂──の中で、一番マシな味かも。


 なんというか、脂が乗ってる。

 虫なのに脂が乗ってて悪くない。

 最大の問題は生でかぶりついているということ。こういうの、踊り食いっていうんだっけ。

 あれ、踊り食いは生きたまま食べるのを言うだっけ。

 まぁいいや。


 とにかく、味が薄い。

 脂は乗ってるけど味が薄くて歯応えだけは無駄にある。

 まぁでも、その辺は言っても仕方ない。ジャンクフードに慣れた味覚もそのうち矯正されるだろう。

 調味料のちの字もない環境だし。



 …………ふぅ〜〜っ。

 食べた食べた〜。

 いや〜さすがに二匹一気に食べるとお腹も埋まるねぇ〜。


 …さて、割とのんびり食べたつもりだったんだけど…。

 まだちょっと毒が抜けきってないなぁ。

 そこまで問題はないけど、せっかく魔法で拠点も作れたし、この際だから存分に休んじゃおうかな。


 そうと決まれば、さっき食べてる時に思いついたヤツをやろうかな。


 拠点の入口まで移動し、私はそこで土魔法Lv.2、形成クリエイトを発動する。

 これは触れている箇所から一定範囲の土の形を変えられると言うもので、これを使ってパッパッと入口の形を変えていく。


 入口周りの土がぐにゃりと変形し、そのまま入口を塞ぐように伸びていく。

 徐々に入口は狭くなり、最終的にごくわずかな空気穴だけが空いた状態となった。


 ───これでよし。

 さすがに穴開けっ放しで休み続けるのは怖いし、なにか入ってきたら袋のネズミだからね。

 空気の通る穴だけ開けて、入口を塞ぐ!これでかなり安全でしょう!


 …これ、さっきパッと思いついただけのことだったけど、もしかしてかなり有用なのでは?

 行く先々で同じように拠点を作って安全確保できれば、行動の自由度の範囲もめちゃめちゃ広がるな…。

 よし。今後の探索はこの感じで拠点を作りつつやっていくか。


 さて、じゃあ拠点の改築も終わったし、休むか〜。


 拠点の奥に入り、丸くなって横になる。

 狐は眠る際に自分のしっぽを枕替わりにする、とテレビでやっていたのを思い出すが、確かにその通りらしい。

 これは寝やすいなぁ…。


 少し休んで、起きたらまた探索かな〜。クモのせいで足止めくらったし、さっき進んでたのと同じ方向に行こう。

 ……あ、でもあのクモたち私との相性最悪っぽいし、レベル上げを考えるならあえて探して戦うのもいいかもなぁ…。


 ………ちょっと………考えとこ……





 ─────白い……いや、蜘蛛の糸…?

 代わり映えのない地下樹海を歩きながら、私はそれを見つけた。


 拠点で休んでからしばらく、目覚めた私は早々に拠点を出て、元々進んでいた方向へと再度歩み出した。


 ………のだが。

 少し進んですぐの場所で、道がいくつかに別れていた。

 適当に勘でそのうちの一つに進んだのだが、これはちょっとまずかったかもしれない。


 その道を進んで少しすると、所々の草木が白くなっているのに気がついた。

 新たな植物かとも思ったが、近くでよく見るとそれは全くの見当違いだったということがわかった。


 なんせ白くなっている原因は、草木の上に被さった太く白い繊維のような何か。そしてそれに、私は見覚えがあった。

 少し前に戦ったクモたちが、これを出していた。


 そう、つまり、この辺りはあのクモたちの縄張りということになる。


 うへぇ……さすがにこれだけクモ糸が絡まってると気持ち悪いなぁ。


 その様はさながら巨大な菌糸や胞子がくっついているかのようで、生理的嫌悪感をこれ以上ないほどに刺激してくる。


 一応鑑定してみるか。


『アラネアの蜘蛛糸』


 だろうね。


 …ここまであからさまに糸を撒き散らしてるってことは、この先が巣なんだろうなぁ。


 ………いや。待てよ?

 蜘蛛糸は火魔法で焼き払える。

 前に戦ったハイアラネア三匹はそこまで強くなかったし、なんなら火魔法そのものがアラネアに対してかなり有効っぽかった。


 …これはレベル上げのチャンスでは?

 あえて巣を刺激して、戦ってしまえばいいのでは?


 糸は焼き切れるから糸で拘束される可能性は低いだろうし、高レベルの危険なヤツが出てきたらその時は逃げればいい。


 アラネアの少し上の種っぽかったハイアラネア三匹でも割と余裕で勝てたし、毒も多少痛かったけど死ぬほどではなかったし。

 …それなりの数が出てきても何とかなるのでは?


 うん、これは……やってみるかぁ?

 何事も物は試し…はこの状況下だとちょっとあれだけど、圧倒的相性有利な相手なら多少の無理は効くと思う。

 よし、いっちょやってみるかぁ〜!!




 ───このとき、私はテンションが上がっていた。

 魔法を上手く使って魔物三匹相手に圧勝したことや、巣とはいえクモはそんなに群れるイメージが無かったこと、アラネアの味が悪くなかったこと、レベルを上げて強くなりたい欲求、もっと魔法を使いたい欲求、などなど。

 様々な要素が重なって、テンションが上がり、その結果、相手はファンタジーな世界の魔物とかいうバケモンであることを失念していた。

 自分の理想ばかりを見て、不都合な部分を予想する重要さを忘れていた。

 ……相手はクモではなく、であることを、もっとよく考えるべきだったのだ。




 私はスキルを使って警戒を密にしつつ、通路を歩む。

 意気揚々とさらに通路を奥に進むと、それにつれて周りの蜘蛛糸の量がどんどんと多くなり、視界の白の割合もどんどんと増していった。


 そしてしばらく歩いた頃、遠目ではあるものの、ついにそれを見つけた。


 ──視界いっぱいに通路を埋め尽くす、白く複雑な蜘蛛糸の集合体。

 私のイメージする蜘蛛の巣とはかけ離れた、複雑怪奇なクモの魔物の巣。


 おぉ……おぉ〜、なんか、凄いな…。


 まだ少し距離があるため巣の中までスキルを使って気配を探ることはできないが、遠目に見てもかなりの威容だ。

 見方によっては、真っ白で巨大な結晶が洞窟を埋めつくしているようにも見えなくもない。


 クモすげぇ〜。……まぁ、これから燃やすんだけど。


 作戦はこう。

 そこそこの距離まで接近したあと、火玉ファイアボールで軽く燃やして巣のクモを刺激。

 私のことを追ってきたら逃げつつ、深追いしてきたヤツを各個撃破。

 ただし、レベルがあまりにも高い相手だったら素直に逃げる。


 こんな感じ。

 我ながらなかなか……いや、うん、結構雑かも。

 まぁ大丈夫でしょう。火魔法がある限り糸で拘束されるとかそういうのはないだろうし。

 毒さえ気をつければなんとかなるでしょう。


 そう思いつつ巣に向かって歩いていると、ふと、気配察知のスキルで覚えのある気配を捉える。

 前に戦ったハイアラネアと似たような気配。巣から出てきたアラネアかな?

 巣の中にこもってるわけではないのか。


 ……あれ?

 ……え??


 私はそこで、困惑のあまり立ち止まった。

 気配察知でとらえた一匹のクモの気配。

 ……一匹の、そう、一匹だと思っていた。


 一歩歩くごとに、いや、もはや歩かずとも、どんどんと。

 私の気配察知の範囲内に増えるクモの気配。

 とめどなく増える、気配。気配。気配。


 はっ…はっ!!?

 はぁあぁぁっっ!!?


 私は、クモが群れるというイメージを持っていなかった。

 あの時、三匹で連携して戦ってきたことすら、深く考えなかった。

 相手は所詮クモだと。火魔法で圧倒できると、油断していたから。


 縄張りにズカズカと入ったからだろうか。

 私に向かって接近する、指数関数的に増え続けるアラネアの気配に、私は大混乱に陥った。

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