022 どこへ行こうというのかね!!
私は、クモという虫はひたすら待ち続けるタイプだと認識していた。
お得意の糸で粘着性のある巣を作り、そこに獲物が引っかかるまでひたすら待ち続ける。そういう虫だと思っていた。
だが、その認識は改めなければならなさそうだ。
なんせ今、私の目の前では、糸を一切出さず、鋭利な足を突き立てたり噛みついたりしようとしてくる犬並みサイズのクモが二匹いるのだから。
私の背後、草むらの中から飛び出してきたクモことハイアラネアの一匹の噛みつき攻撃を、横に跳躍して回避する。
第六感と気配察知、さらに嗅覚強化と思考加速も併用した私の周辺警戒網に隙間など無く、ただ草むらに入った程度でその気配を捉えられなくなることなどあり得ない。
気配察知なんてスキルがあるんだから気配を消せるスキルもあると思うのだが、こいつらは持っていないか、あるいは私の気配察知のほうがスキルのレベルが高くて意味がないとか、そういう感じっぽそう。
噛みつき攻撃を回避されたハイアラネアはすぐさまこちらと距離を取ろうと空中で体を捻るが、せっかく接近してきてくれたのにむざむざ見逃したりはしない。
私の横を通過するその胴体を、体を捻って前足の爪で切りつける。
ハイアラネアはそれを、片側の足を出して防ぐ。
足を一本持っていけたが、胴体までは攻撃が届かなかった。
ちぃっ!毒で動きづらいってのに…抵抗なんてするなぁ!!
我ながら理不尽すぎることを言っているなと思いつつ、心中で文句を垂れる。
先ほど噛みつかれた際にくらった毒のせいで、私の体は若干反応が鈍い。インフルエンザが酷くなったときとかこんな感じだったかな、と似ているようでなんか違う気もする例えを記憶の中から引っ張り出しつつ、私はこのあとどうしようか考える。
戦闘は依然私が有利だが、相手の持つ毒は毒耐性も貫通して効果を出す結構強力なもの。
しかも、僅かに噛まれただけでこれだ。そう何度も喰らうことはできない。当然、敢えて噛まれてそこを反撃するとか、そういう肉を切らせて骨を断つみたいなやり方もリスクが高いからやりたくない。
いくつかのスキルで肉体強度を上げているはずだが、それに期待するのもよろしくないだろう。すでに一度貫通されている。魔鎧とか意味をなしてなかったが、レベル1だし仕方ないと思うほかない。
となるとここでとるべきは……
噛みつきにだけ注意しつつ、今足を一本奪ったほうを執拗に狙って仕留めること、かなぁ。
こういうのってなんていうんだろう。各個撃破?かな。
まぁいいや。
私に毒を持ってくれた一匹が奇襲で一撃入れられることを証明したので、それを狙ってか二匹とも極力私の視界から外れるように動いている。
まぁ、スキルのおかげで気配が丸見えなので意味をなしていないのだが。
これでもしこいつらが蜘蛛糸以外の遠距離攻撃手段をもっていれば、その時は私の攻撃が届かない天井とかに張り付いて一方的に撃ってたんだろうけど。
残念ながらそんな攻撃手段はないようだ。直接殴りに来てるのがいい証拠。
いやぁ~残念だったねぇ~、これまでは蜘蛛糸に頼りきりだったのかな??
──さて。
気配を探り、一撃入れたほうに向かって走り出す。
正面の草むらか。
迎撃のつもりか、真正面の草むらから蜘蛛糸が飛び出すが、顔に当たることだけを避けて無視する。
糸は私の体にくっついた途端焼けて溶け出してしまうので、顔に直撃することさえ回避すればどうということはない。
草むらに入り込み、周りの草を炙りながら逃げる気配に意識を向ける。
フハハハハハ!どこへ行こうというのかね!!
糸を射出すると同時に距離を取ろうと逃げ出したハイアラネアを、某大佐さながらに高笑いしつつ追いかけ───ようとして、私は私の横から飛び掛かってきたもう一つの気配に足を止めた。
私が草むらに入ったところを狙った、奇襲攻撃らしい。
………だが甘い!!
発動!!火魔法Lv.4、
飛び掛かってきたハイアラネアの体を、炎が包む。
燃え盛る炎の玉が、その体に直撃したのだ。
火魔法Lv.4、
球状の炎の塊を生み出し、狙った方向に打ち出す魔法。その名の通りレベル4で覚えられる魔法らしい。
というか、どちらかというと魔法のレベルアップはそれらしいことができるようになったらレベルが上がるみたいなので、レベルアップして覚えた、という言い方はなんだか違和感がある。
まぁ、レベルはレベル。実際、レベルアップした途端に炎で球状の塊を作る技術が一気に向上したし、この辺りは今後色々と試してレベルアップの条件とかを確認したほうが良さそう。
それはそれとして、流石はレベル4の魔法。
私が今使える中で一番威力のある魔法なだけあって、一撃でハイアラネアの半身を焼き焦がしていた。
でもなぁ…これは果たして私の魔法が強いのか、こいつらの体が柔なのか、ちょっと判断に悩むところ。
レベル4って言っても、所詮はレベル4だし。炎に弱いっぽいし、相性が良かったのかな。
本当なら、一撃を入れたほうに追撃としてぶち込むつもりで準備していたもので、一応このやり方も想定はしていたが、もしもう一匹が横やり入れてきたらそっちに使おうかな~、程度のものだった。
なので、まさかこんなに想定通りにいくとは思わずちょっとテンションが上がる。
これぞまさに作戦勝ち、か。
高揚した気分のままに、未だに半身が焼けたまま必死にもがくハイアラネアにとどめを刺す。
爪で傷つけた腹に前足をぶち込み、体内で
よぉ~し、これであと一匹か。
背後に向き直り、こちらを睨む最後の一匹を見つめる。
ムフフフフフフ。ここまでくれば流石に反撃をくらう心配もなし。
勝ちはほぼ確定したようなものだ。
小便は済ませたかな?神様にお祈りは?洞窟のスミでガタガタ震えて命乞いをする心の準備はオーケー?
一歩、また一歩と最後の一匹に迫る。
油断はしないが、ここにきて逆転の一手なんてないだろう。
さっさとこいつを殺して、適当な拠点を作って休もう。毒回ってるし、動けるとはいえある程度回復するまでは休みたい。
さぁ~クモちゃん、悪いとは思わないから私の腹の足しになれ!!
さらに一歩と踏み出すと同時に、後ろ足に力を込めて跳躍。
最後の一匹となったハイアラネアに飛び掛かる。
それに対してハイアラネアは、後ろに飛びつつ旋回して………
私から逃げるように、一目散に走りだした。
あっ!あ~っ!メシぃ~!
………まぁいいや。二匹仕留めたし、今は気分悪いから早く休みたいし、逃げるならそれはそれで。
それにしても、虫にも生存本能があるんだなぁ。
…あるか、生き物だし。あれだけデカければそれなりに知能もありそうだしなぁ。実際連携して戦ってきたし。
……今後は毒も警戒してもっと敵の攻撃予想を付けないとなぁ。
デカくなってるとはいえ見た目は結構前世の虫に近いヤツばっかりだし、もっと上手く立ち回れるはず。
よし、じゃあ反省会も含めて、休憩といきますかぁ。
もちろん、こんなだだっ広い草むらのど真ん中で休むつもりは毛頭ない。
ではどうするのかというと──。
ハイアラネアの死骸二つを近くの壁際まで運び、壁を覆っている植物の一部を爪で退かし、剥がす。
土魔法Lv.1、
触れた個所から一定範囲の土を掘れる魔法。土といいつつ、鉱石とかも掘れた。
掘れる範囲は込める魔力量次第のようで、それなりの魔力を込め続けながら穴を深めていくとすぐに私が寝れるくらいの広さの空洞を確保できた。
……ふぅ。
流石に、これだけ魔力を消費すると疲れるなぁ。
戦闘中も魔法をバカスカ撃ったし、その上範囲は狭いとはいえこれだけの穴を掘ったのでそろそろガス欠になりそうだ。
でも、仮とはいえ拠点の確保も完了!!
あとはぁ~、メシだぁ~~っ!!クモの素焼きってどんな味がするんだろ。
……あ、こんな狭い穴の中で焼いたら一酸化炭素中毒とかになるかな…?
…………あぁ~、うん、一応、やめとこ。
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