024 アラネアの群れ VS 狐 ①
ムリムリムリムリッ!!
自分の前方で蠢く凄まじい量のアラネアの気配……いや、既に目視できるのでアラネアの大群と言った方がいいか、それらを見て、私は心底から恐怖する。
ほぼ癖で鑑定を発動してみたものの、あまりにも多すぎるアラネアの数にその鑑定結果で頭がかち割れそうになってすぐにやめる。
いや、ムリでしょ。
あんな、この通路を壁も天井も全部覆う勢いで迫ってくるクモの大群とか。
苦手な人が見たらそれこそ卒倒もんだよ。
いくら火魔法が有効なのがわかるとはいえ、数は力である。
戦闘における最適解の極論が人海戦術であるように、格闘における最悪の状況が多対一であるように、数は戦いにおける正答例なのだ。
当然、数が関係なくなるくらいの戦闘能力は、私には無い。
というかハイアラネア三匹と戦った時ですら攻撃くらったし、一瞬毒を盛られただけでそれなりに弱体化したし……。
うん、ムリ。逃げよう。
油断した。
いや、油断というか、あまりにも考え無しすぎた。
以前の戦闘がかなり上手くいっただけに、このクモたちなら相手にならないんじゃないかと勝手に思ってしまった。
そう思いたい気持ちに任せて、そのまま突き進んでしまった。
現実なら、いやゲームならまだそれでいい。
それで上手くいかなくても、リスポーンして装備を整えて、準備を万端にして再挑戦できるのだから。
だが、ここは現実である。
ゲームによく似ているように見えるだけで、現実なのだ。
異世界転生の、しかも人外への転生とかしちゃってるので断言はできないが……それでも。
リスポーンなんてものは、ない。
これに関しては、直感だけで断言できる。
仮にあったとしても、それを確認するために死ぬとか論外だ。
ハイリスクにも程がある。
というわけで、私はアラネアの大群を見据えてすぐ、踵を返した。
いやぁ〜、あはは、土足で家に上がり込んでしまって本当にすみませんでした…えぇ、もう今出ていきますとも。
今すぐ出ていくので、えぇ……
どうか見逃してくださいっ!!
反転。
私が踵を返しダッシュするのに僅かに遅れて、それまで私がいた場所に謎の攻撃が叩き込まれた。
一瞬振り返ってそれを見る。
まるで地面が切られたかのような、鋭利な切創を見る。
剣!?
…うそぉっ!?
さらに続けざまに、ズサッ!ズサッ!という軽い風切り音が聞こえ、同時に私が走る僅かに後ろの地面に同じような切創が出来上がる。
なんだあれぇ!?風魔法??
見て、すぐに分かった。
なんせ、薄くほぼ透明な緑色の刃が上から飛んできたのだから。
魔法に関しては初心者な私だが、あの見た目は流石にちょっと風魔法とかにしか見えない。それか、クモの中にああいう真空刃みたいな攻撃ができる特殊なスキルとか持ってるヤツがいるのか。
とりあえず風魔法のなにかだと仮定して、回避する。
こえぇ!!
必死で逃げていると、風の刃に加えて蜘蛛糸が飛んできたり、
多少は第六感のスキルのおかげで見ずとも回避可能だが、それでもちょっと怖いし、実際見て回避したり、常に回避行動をとった方が確実なのだ。
そんなわけで攻撃が当たらないようジグザグに走るのものだから、私はアラネアの大群にだんだんと追いつかれ始めた。
思わず、
攻撃が多彩すぎるっ!!
なんだそれ!?クモじゃないのかよ!!
チラリと背後を見ると、私を追いかけるアラネアの大群の先頭に、いくつか体格や色が異なる特殊な個体がいるのが見えた。
『《ウィンドアラネア Lv.8
ステータス
名前:なし》』
『《ポイズンアラネア Lv.11
ステータス
名前:なし》』
『《ダークアラネア Lv.3
ステータス
名前:なし》』
色違いかよ、レアモンスターみたいな風格漂わせやがって。
クモならクモらしく糸吐いてろよぉ!!ひぃぃ!!
───このとき、私にはまだ心の余裕があった。
もちろん、目の前に視界を埋め尽くしそうなほどのアラネアの大群が迫っていることに心底から恐怖を覚えていたが、それでも、現状自分の一番の攻撃手段である火魔法が有効であることや、糸は火で消せるから攻撃さえ避けてれば拘束もされないとなんとなく思っていたことが、私の心に余裕を生み出していた。
まだ追いかけられているだけで囲まれてない、ということも、逃げ切れるかもという希望に繋がって心の余裕を生むのに一役買っていたのだろう。
そんな、妄想と言われても仕方ないような儚い根拠を元にしていたからだろうか。
余裕が崩れ去るのは、あっという間だった。
……っ!?
上から飛来した毒の塊を避けた瞬間、第六感のスキルが凄まじい警鐘を鳴らし出した。
私はそれに従って咄嗟に体を捻って……横っ腹を鋭利な何かが掠めていくのを、感じ取った。
…なっ、なに!?
咄嗟のことだったために捻ったままうまく着地できなかった私は、急いで体を起き上がらせて、
真っ黒な外骨格に、刃のように鋭く薄く尖った四対八本の足。
そこだけが真っ赤な八つの目が、ただ無機質に私を見つめている。
『《アサシネイトアラネア Lv.17
ステータス
名前:なし》』
『《アサシネイトアラネア Lv.9
ステータス
名前:なし》』
『《コバーターアラネア Lv.11
ステータス
名前:なし》』
そんな不気味なアラネアが、私の前に十数匹立っていた。
その半分以上は私から少し距離をとって、広がって立っている。
なっ…なんっ……どこから!?
なんでっ!?気配察知で感知できなかった!!?
半分パニックになりつつも、私は咄嗟に腹の傷の具合を探る。
痛覚耐性のスキルがあるため痛みはそこまでだが、ちょっと深めに斬られた気がする。
ちょっと、目の前のアラネアから目が離せないので、感覚で傷を確かめるほかない。
……第六感がなかったら危なかった…。
気配察知で気配が分からなかったってことは、私のこのスキルより高レベルな気配を消せるスキルを持ってるってこと…?
まぁ、名前にもアサシネイトとかあるし、そういうヤツか…。
この状況は、まずい。バカでも分かる。
こいつらが出てきたせいで、
私よりレベルの高い相手が十数匹いるのだ、真正面から突っ込んでもあの鋭利な足で切り刻まれるのが落ちだろう。
そしてここは、広い空間とはいえ通路だ。
前後が塞がれれば、それ即ち────
……にげ、られない…?
…っ!!
第六感で感じた攻撃の気配に対して、咄嗟に後ろに飛ぶことで対処する。
直後、私が突っ立っていた場所にいくつもの攻撃が殺到する。
くそっ、まずい、まずいまずいまずい!!
あいつらは……
さっきと同じように私が攻撃を避けている隙を狙って攻撃を仕掛けられると思った私は、後ろに跳びつつ黒いアラネアの集団を見やる。
そして、気が付く。
は?こいつら、なんで突っ立て…攻撃してこない??
…いやそうか!!
アサシネイトアラネアなどという名前の黒いアラネアたちは、なぜか私を見るままで攻撃を仕掛けてくる様子がない。
それに一瞬疑問を抱いたものの、その狙いにすぐ気が付いた。
退路さえ塞げば、あとは大群にすり潰してもらえばいいってことかよっ!!
こいつらは別に、攻撃する必要などなかったわけだ。
私の逃げ道を塞いで囲ってしまえば、あとは迫ってきたときに迎撃すればいいだけで、向こうから打って出る必要はないと。
確かに、向こうから攻撃してくれれば、その時にできた陣形の隙間をついて逃げられるかもしれない。できるかどうかではなく、その可能性はある。
どうやらアラネアには、油断はないらしい。
くそっ!やばい!どうする!?そもそもなんでこんなっ!
あ"~っ!!くっそ!!!
鼓動が逸る。心臓が痛いほどに動く。
頭の中はぐちゃぐちゃで、どうすればいいかを考えたくても、考えられるほどの余裕がない。
───死ぬ、かも……?
その時。
私は、攻撃を避けるために再度バックステップして、その勢いのまま突如何かにぶつかった。
振り向いて、気が付く。
……壁際に……追い…こまれた…。
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