020 大怪獣バトルからは逃げるが吉

 新たな旅立ちというのは、開花に等しい。

 成長、卒業、巣立ち、夜明け。

 言い方は様々だが、それら全ては"開花"というその一言と繋がることを、きっと誰もが認めるだろう。


 ならば、この道は旅立ちを示すもの。

 成長した彼女が、過去の醜さから卒業し、未来のない安全から巣立ち、いつかこの暗い地下の中で夜明けを迎える。

 そういう未来を、そういう結末を示す、花開く満開の道だ。




 踏みしめる。

 自分がもう数匹は入れそうな穴の中、その地面も壁も天井も全てを覆う勢いで咲き誇る満開の花で視界をいっぱいにしながら。


 ここは樹海とも呼べる地下空間、花自体は沢山見た。だが、これまで満開に咲いているのは初めて見る。

 あまりにも唐突に咲き誇りまくっていたので、最初はそういう魔物かなにかかと警戒したものだが、通ってみればただ単に花が咲きまくってるだけだった。


 綺麗なくせに脅かすんじゃないよ…。


 これくらいのことにいちいちビビってしまった恥ずかしさを隠すように愚痴りつつ歩を進めていると、通路の先が途絶えているのが見えた。

 いや、広がっているのか。相変わらず暗くて分かりづらい。


 おっ、出口だ。

 いや待てよ。


 ここまでに横穴はなかったのでここがこの通路の出口なのは間違いないと思うのだが、だからこそ慎重にいかないと。

 出口で魔物が待ち伏せてる…ってことはさすがにないと思うけど、外に出たら魔物の巣でした、なんてことはあるかもしれない。


 気配察知と第六感のスキルを全開にしつつ、そっと出口に近づく。


 ……よし。出口近くには多分誰もいない。

 …チラリ。

 …えぇ、たか…ひろ…。


 雑な安全確認クリアリングとともに外を覗いた私は、そこで見えたものに思わず驚く。

 この出口、位置が高い。


 この地下空間の壁のかなり高い位置にあり、その上この出口より下の壁がネズミ返しのように反り立っていて、パッと見るだけでも一度降りたらかなり上りづらそうだと分かる。

 というか、実質登れないな。これは。

 しかも出口のある通路もかなり広いようで、スキルだけで視界範囲内全てを認識するのは少し難しかった。


 う~ん、これは…。


 いや、まぁでも別にそう大きな問題ではないはずなのだが、てっきり出ても戻ってこられるものと思っていたので、こうなると少し躊躇してしまう。


 …いや、でも行かないと……せっかく強くなったのに、この場所から出る前からビビっていたらなんのための修行だったんだって話だし……。

 よし。行くぞ。


 ……3……2……ッ!?


 私はそのとき視界に入ったものから、咄嗟に身を隠した。

 外に出るために身を乗り出した先、暗闇の中、ギリギリ見えた姿。それも、二体。

 目で見てもとらえるのがギリギリの距離にいるからだろう、気配察知で察知できる範囲外に二体の魔物はいた。


 あ、あぶね~!

 ……ばれてる…?

 ………ばれてないか…。


 あれ?

 …っていうかあれ───戦ってる…?


 自分のことが見つかったかどうかを確認すべく再度出口から二体の魔物を見て、気が付く。

 アイツらどうやら、戦ってるらしい。


 この距離から鑑定って届くかな……?


『《ストームマンティス Lv.26

 ステータス

 名前:なし》』


 おっ、届いた!


『《ハイグレータースコロープ Lv.31

 ステータス

 名前:なし》』


 おぉ……えぇ…??

 レベルたっか!!?


 二体の魔物は、相変わらず虫だった。

 ストームマンティスという名らしい方は、一言で言うと馬鹿でかいカマキリ。遠目に見ても私の数倍はデカいのが分かる。しかもなんか、鎌状になっている腕を振り回すたびに風が巻き起こり、周囲の地面や壁がえぐられている。


 対するハイグレートスコロープという名らしい魔物は、ムカデだった。

 うん。ムカデだ。あのムカデ。当然、そのサイズ感は小さめに見積もっても私の数倍の大きさのようだが。

 長い体を器用にくねくねさせながらストームマンティスの攻撃を避け、近づこうとしている。


 ………だ、大怪獣バトルや…。

 っていうか、あの二体の魔物両方ともエンペラービートルよりもレベル高いぞ…あいつが確かレベル20だから、余裕でこいつらのほうが強いってこと…?

 あ、いや、進化とかもありそうだし、進化してレベルがリセットされたりするならそうも考えられないか。


 まぁどのみち、レベル8の私がどうこうできるレベルでは文字通りにないので、これは見つかっていない今のうちにこの場から離れるのが良さそうだ。


 ……川を流されてこの場所に来たんだよなぁ、私って…。

 ………まさか、あのレベルの魔物がほいほい出てくる魔窟に辿り着いちゃってたちってことは…ないよね??流石にね??

 そうだったら私詰みだわ。


 …いや、もうこの際考えても仕方ないか。

 とりあえず、あの二体が戦いに集中してるうちにここから離れないと。


 ちらりと二体の魔物の様子を見る。

 うん、戦いに集中してるっぽい。…いける!


 この距離で音なんて聞こえないだろうとは思いつつ、極力音を立てないように慎重に出口から出る。

 飛び降りの勢いを相殺するために一度壁に足をつき、体をひねって跳躍。

 さらにもう一度壁を蹴り、跳躍。

 地面に着地する。


 二体の魔物を見る。

 …………よし、バレてない。

 今のうち今のうち!!そそくさ~~っと!


 僅かに駆け足で、私は広い通路を二体の魔物とは反対側に向かって進み始めた。



 出口から出て、少し。


 …………いやぁ~、それにしてもここ広いなぁ~。

 草木の陰に隠れるように移動しつつ、私はなんともなしにそう思う。


 この通路、本当に広い。

 横幅はともかく、天井の高さなどは多分、私がエンペラービートルと出くわしたあの広間くらいには広い。

 先ほどこの通路に入ってから、私はスキルで他の魔物を警戒しつつ生い茂る草木に隠れるようにして移動していたのだが、これも今までにはなかったものだ。


 これだけ広い上に、私が身を隠せる程度の高さがある植物がところどころに生い茂っている。なんなら樹木すら生えている。

 視界そのものは酷いもんだが、スキルによって周りの警戒ができるがゆえにむしろありがたいことこの上ない。常に草木に身を隠し続けられるほど生い茂っているわけではないが、背の高い草木が全くなかった広間などに比べれば格段に身を隠しやすかった。


 ……魔物の気配なし。う~ん、順調だねぇ~!

 流石に、あの二体を見た後だから他にどんな魔物がいるのかって不安が大きいけど、これだけ身を隠しやすい場所なら仮にあのレベルの魔物と遭遇したとしてもなんとか逃げられるかもしれない。

 そういう、場所の恩恵的な意味でも、今のところは順調と言えるだろう。


 さて、ここからどうしようかな。

 このままこの地下空間を彷徨ってても仕方ないし、ただ強くなろうと思っていても、もしここがさっきの二体みたいな魔物ばっかりの場所だったらまともに生きていけるのかすら不安になってくるし。


 う~ん…

 とりあえず、巣を作るか?

 狐の巣は確か…地面に掘るんだったっけ。たぶん。よく覚えてないけど。

 丁度いいことに、足が治るまでの修行で土を掘ることができる魔法は覚えている。

 地面に向かって魔力をあれこれして念じたらなんか取得できてしまった。やっぱり土をあれこれする魔法は王道なんだなぁ。

 ってまぁそれは置いといて。


 こうなると、まずはどこかに巣を作って、自分の安全圏を確保するほうがいいかな?

 これまでは都合よく細い横穴で目が覚めてそのままそこを拠点にしていたけど、今後はそうはいかないしな…。

 よし。じゃあまずは自分の巣、もとい拠点を作って、そのあと食糧確保やレベル上げについて考えよう。

 決まり!!


 やることを明確にしたためにわずかに上がったテンションに任せ、私は歩を進める。

 どこに拠点を作るのがいいかな~、などとルンルンで考えていた私は、しかし、その気分に冷や水をかけられることになる。


 頭上。私の真上から、私は、自分に襲い掛かってくる何かの気配を捉えた。

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