A02 国王
日の光が差し込む窓に、ちらりと目を送る。
そして視線を前に戻せば、長い廊下の先まで等間隔に、同じような窓が壁に並んで光を取り入れていた。
流石は王城というべきか、どの窓も大きく、使われているガラスも高品質のものだった。
「天気いいな」
「はい。晴れてよかったです」
確かに。
俺はただ単に天気がいいと思っただけだったんだが、今日が入学式ということを考えると晴れてよかったと思えてくる。
この世界は、魔法があるが技術は発展していない。
アルカディア・オンラインに似ているといったが、あれはあくまでもゲームであり、結局のところゲーム要素として不便な時代背景など存在しない。
だがこれは現実で、細かな部分で前世のような発展度合いを見せるものもあるが、全体的には"中世ヨーロッパ"といったところだった。
よく、見た目は中世ヨーロッパだけど魔法のおかげで現代並みに発展している、という設定があるが、あんなご都合主義は実在しなかった。
数少ない魔法の恩恵を受けし設備で水洗式トイレがなかったら、俺は前世の利便さとのギャップに数日寝込んだかもしれない。
まぁその水洗式トイレも、上流階級でないと使えない高級品だが。
王族として生まれてなおこれなのだ。
庶民に転生なんてしていたら………いや、むしろそこまで生活の質が暴落したら一周回って納得するか?
「お兄様!おはようございます!」
ふとしたきっかけから悪い想像にふけってしまっていたところに、聞き覚えのある声が届く。
顔を上げると、こちらに歩み寄ってくる少女が見えた。
「リュアレ。おはよう」
リュアレ・ヴィヴィ・アルトリア。
アルトリア王国第四王女であり、俺と同い年だ。
透き通るような青い髪は腰に届きそうなほど長く、幼い可愛さと凛とした美しさを兼ねる整った顔立ちをより一層引き立たせる。身長は俺よりも頭一つ分くらい低い。
俺の方が誕生日が数か月早いだけなのだが、なぜかお兄様と呼ばれる。やめてくれと言っても聞いてくれないので、今は敬意の現れとして無理やり納得している。
ちなみに俺よりもずっと年上の他の兄上たちに対しては名前に様付けで呼んでいて、それが本当によく分からなかった。
「お兄様もお父上のもとへ?」
「あぁ。リュアレも呼ばれてるんだろ?一緒に行こう」
「はい!もちろんです!」
俺がそう言うと、リュアレは俺の横について歩き始める。
「しかし、父上からの話ってなんだろうな」
「?…入学式のお話では?」
「俺も最初はそう思ったんだけど……
父上───国王陛下は、厳格な人だ。
それは単純に厳しいという意味ではなく、国王という仕事を全うする仕事人……あるいはロボットのような人だ。
智謀に長け、威厳を湛え、冷静ながら苛烈。
あのような人間が、入学式の日にわざわざ呼び出してまで労いの言葉をかけるなんて……少し想像できない。
それに、そもそも王子と王女である俺たちは、何もせずともアルトリア学園には入学するのだ。
「何かもっと別の要件があると思うんだ」
「……私はてっきり入学式に関係のあるお話かと…。流石はお兄様です!」
「そんなことないよ」
あの人のことを多少なりとも知っていれば、これくらいの想像はすぐにつく。
ただ俺にはこれ以上に察することはできない。
入学を祝うだけではないだろうとは思えるが、その先は分からない。
そうこう考えているうちに、父上の執務室の前に到着する。
ひときわ目立つ重厚な木製扉の左右に、甲冑を着込んだ騎士が二人立っている。
執務室の衛兵だ。
こちらが部屋に近づくと、丁寧に敬礼し、右側に立っていたほうの騎士が扉をノックし、わずかに扉を開いて俺たちの来訪を父上に告げる。
僅かに間を開けて、入れという声が聞こえ、部屋へと入る。
衛兵とクロエは入らず、俺とリュアレの二人だけ。
部屋の奥、背後に中庭を望む窓が付いた重厚感のある執務机の奥に、その男は座っていた。
殆ど真っ白の髪と髭はどちらとも長く伸ばされ、三つ編みのようにしてまとめられている。椅子に座っていてなお大きく感じられるその体は実際かなり大きく、太く、服の上からでも浮き出て見えそうなほどの分厚い筋肉を感じさせる。
樹木の年輪のように重なった皮膚の皺が、およそ見える肌全てに刻まれていなければ、きっとこの男を見た誰もが、彼は若き戦士だと勘違いしてしまうだろう。
だが、この男はすでに齢60を超えている。
彼こそが、アルトリア王国国王"カイウス・イェメル・アルトリア"その人である。
執務机の前まで歩き、そこに立つ。
「おはようございます、父上」
「おはようございます」
俺、リュアレの順で挨拶するのを見て、わずかに間を開けてから父上は口を開いた。
「二人とも、今日は学園の入学式だが、覚悟はできているか?」
「…はっ、覚悟、ですか?」
「あぁ。覚悟だ。お前たちはこれまで、この城の中で王族たれとして育てられ、それに見合うだけの者たちと交流してきた。…させてきた。
だが、今日からは違う。お前たち二人は学園という一つの
そうなれば必然、未だかつてない状況に陥ることもあろう。
その時お前たちに求められるものを、行うべきことを、正しく拾い上げ行っていく覚悟はできているのかと、そう聞いている」
覚悟か。
確かに、これまでの生活は王族としての英才教育がほとんどだった。
勉学も、剣術も、魔法も、そして地位と権力を持つ様々な人々との交流も。
だが、これからは違う。
王族たれとありつつも、俺の周りにはこれまでになかった様々な人々、様々な出来事があるだろう。
……いや、それはむしろ、今まで以上に王族としての矜持をもって動かねばならないか。
そんな覚悟……
俺は、もう何年も前に済ませている。
俺の憧れの人は、もっと先を行っている。
「はい。できています」
「私も、第四王女として恥じのないよう努めるつもりです」
俺が答え、それに続いてリュアレも答える。
それを、吟味するように、あるいは見極めるようにして、父上がこちらを見る。
「───良かろう。良い返事だ。俺の子として、恥じぬ行動をせよ」
「「はい!」」
「…………うむ。では本題に入ろう」
…えっ!?今のが本題じゃないの!?
「お前たちをここに呼び出したのは、入学に伴い伝えるべきことができたからだ」
「伝えるべきこと、ですか…?」
なんだろう。入学に伴い、と言っているから学園でのこと?学園では寮生活のはずだが、もしかして変わるのだろうか。それとも授業?
「……強くなれ。できうる限りな」
「………?」
「強く…ですか?」
「まぁ聞け。言っていなかったがな、ここ数年、魔族の戦力増強の勢いが増しておる。魔王が軍拡を推し進めているようだな」
「っ!」
「人族連盟からの情報によると、この二年で魔王軍の規模は二倍以上に跳ね上がっているらしい。お前たちは、この意味が分かるか」
「分かるもなにも、それは……」
「十数年振りに人族領域への大規模侵攻が再開する、ということでしょうか?」
「うむ。ここまで急速に軍拡するということは、それ以外にないだろう」
この世界の魔族は、アルカディア・オンラインとは少し違う。
アルカディア・オンラインでは、魔族というのは主に「
だがこの世界での魔族は、
"魔王に従う種族"のことを総称として魔族と呼んでいるようだが、実質的には、人間以外の全ての種族が魔族という驚異的な状態だった。
「だから強くなれと、そういうことですか」
「うむ。そうだ」
俺は、このまま学園に入り、剣と魔法の学園スローライフを送れるものとなんとなく思っていた。
気の置けない友を得て、魔法の才に目覚め、夢のようなキャンパスライフを送るものかと。
────入学早々、その期待感は砕けそうだった。
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